海外学術調査フォーラム

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  • II 島嶼部東南アジア・太平洋
  • II 島嶼部東南アジア・太平洋

    座長梅崎 昌裕 (東京大学医学系研究科)
    髙樋 さち子 (秋田大学教育文化学部)
    話題提供者中村 浩二(金沢大学環日本海域環境研究センター)
    タイトル「インドネシアにおける多様な環境と生物の季節現象:昆虫類の長期調査から」

    ■発表要旨

     報告者は、熱帯の環境(季節)変動と昆虫の生活史との関係に関心を持ってきた。1980年〜2000年まで、西スマトラ州パダン周辺をフィールドに調査してきた。この地域は赤道直下の熱帯であり、年間を通じ高温で日長も一定、また雨量が多く、乾雨季の交代が不明瞭であるという気候的特徴を持っている。通常、温帯では、昆虫類の繁殖期間が限定され、世代がはっきり分かれている。一方、パダンのような非季節的熱帯では、常時繁殖し、定常齢構成を持つと予想される。しかし、熱帯から温帯まで広く分布する食葉性テントウムシ類の個体数を、成虫をペイントマーカーで個体識別し、食草の葉を1枚ずつめくりながら卵・幼虫・サナギをカウントするという直接的方法で、週1〜2回ずつ、3年間継続的に調査したところ、48日周期できれいに世代が分かれて、年中連続繁殖していることが明らかになった。

     その後も1990年代には、西スマトラ州パダン周辺の高地、ジャワ島西部や東部など多数の場所で、植食性テントウムシ類、ジンガサハムシ類、バナナセセリ、アゲハチョウ類などを対象として、同様の調査を行った。これらの研究を総合すると、(1)インドネシア各地の環境下(強い乾季のある東ジャワ以外)で昆虫類は通年繁殖しているが、世代が分かれていること、(2)個体数の増減の同調性を近辺に生息する同一種、異種間で調べた場合、同調、非同調の両ケースが見られた、(3)昆虫の個体数と雨量の季節変化には、一般に単純な関係は見られなかった、(4)天敵は温帯よりも種類相が豊富で、大きな死亡原因であった。

     昆虫の長期間にわたる個体数調査は地道な作業を必要とし、研究蓄積も決して多くない。こうした研究を今後も深化させていく上では、分類学者の養成を含め、地元の研究者(カウンターパート)をどう育てていくかが大きな課題のひとつであろう。


    ■質疑応答

    Q. 現地で昆虫標本を採取するときに問題はないか?

    A. 外国からの調査チームが来ると、通常はカウンターパートが案内してくれるので問題はないが(ただし、一方的に外国チームが標本も持ち帰るケースが問題になっていたこともある)、90年代からは自国の資源管理についての意識が高まり、標本を含むサンプル等の国外持出しが難しくなっている。ただし、調査内容やカウンターパート次第では、さほど困難でない場合もある。


    Q. 長期継続的調査をする上では、現地のカウンターパートの協力が不可欠だが、一定の水準を保って調査ができるようどのようにルール作りを行なったか?

    A. 現地では大学教員、農試研究員などがカウンターパートになってくれるので、調査はスムーズに進んだ。ただし、相手が研究内容に本当に深い関心を持って、野外調査に取り組んでいるか、また最新の学術情報を集めるような意欲を持つレベルに達するのは簡単ではない。自国での野外調査を学位取得につなげるのはひとつの大きなモチベーションとなる。


    Q. 学位取得という目標を持っている人以外の協力者に、謝金はどうしているか?

    A. 一応規定はあるようだが、長期継続調査ではそうした規定に沿って支払うのは困難。事前に交渉する必要があるだろう。また、調査は何年にもわたって行なうことが前提なので、現地にある程度の調査用ファンドを残しておくことも必要である。留学生などの形で積極的に現地研究者、大学院生を招くことも行なっている。


    Q. 次世代に教育していく上で困難はないか?

    A. 次世代教育は確かに困難。標本を作り、それを自国で自力で管理する必要がある。野外調査のためには、肉眼で識別するようないわゆる「旧式」の分類学のトレーニングが必須である(分子生物的な方法も重要ではあるが)。しかし、これは日本でも起きている困った問題である。


    この他、現地の人を雇用したり、謝金を払う場合どうすればよいか、ビザを取得するにはどうすればよいか、サンプルを輸送するための具体的方策などについて、参加者の間で意見交換がなされた。


    (報告:津田 浩司(AA研))