海外学術調査フォーラム

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    座長星野 洪郎 (群馬大学医学系研究科)
    床呂 郁哉 (AA研)
    話題提供者黒田 景子 (鹿児島大学法文学部)
    タイトル「タイ=マレー境域のフィールド調査事情について, 南タイと北マレーシア」

    ■発表要旨

    研究の概要 : 発表者は地域研究および歴史学の立場から現地調査を行って来た。近年は基盤研究「マレー境域世界におけるタイ仏教徒コミュニティの研究」 (2007‐2009)で,マレーシア北部のクダー州にあるタイ仏教寺院44全ての訪問調査を行った。クダー州のタイ仏教寺院は,タイのサンガ(僧団)に統制されておらず,建築の様式もバラエティに富む。500年~100年あまりの歴史を持つが,現地の人々のオーラル・ヒストリーでは,日本軍の話がリアルに聞けるかどうかぎりぎりの段階である。


    地域の事情 : マレー境域世界という1つの地域を区切る国境の存在が,調査者の視点に制約を産み出し,また両国の置かれた状況の違いが調査の仕方に影響を与える。南タイは以前は比較的自由に調査できたが,2004年以降危険な状況が続く。一方,北部マレーシア西海岸のクダー州は安全である。タイには正式購入不可とはいえ詳細な国内地図が存在し,関係機関から入手できる可能性もあるが,マレーシアでは5年前の地図が普通に市販されている状況である。統計資料の信頼度にも隔たりがあり,単純に両国の統計を比較することはできない。


    調査手続き : 正式調査の場合,タイではNRCT(National Research Council of Thailand),マレーシアではEPU(Economic Planning Unit)に調査許可を申請し,許可が下りた段階で調査ビザを申請して国外で取得する。ビザ申請から取得までに半年を要する。申請に際しては現地カウンターパートや訪問地の申告が必要であり,申告しなかった機関の資料は利用できない。帰国前に報告書を提出し,マレーシア(EPU)の場合には帰国後論文の提出が義務づけられ,未提出の場合新たな調査は許可されない。
    実際には,大学関係者のカウンターパートに協力を依頼して,観光ビザで動く場合の方が多い。


    現地生活 : 調査の様態には(1)ホテルに滞在してそこから村落に通う,(2)村落に家を借りるか住み込むかして調査を行う,のいずれかが考えられる。前者の場合,電源は確保されるが,移動手段が必要となる。特にマレーシアはタクシーが少なく,レンタカーの利用が普通である。現地生活には,イスラーム圏に特有な,女性の生活や服装に関する制約がある。また,調査対象者との間にアナンカット(養子)関係が成立し,帰国後に「親」への経済的援助を行う事態が生じることもある。アナンカット関係は永続的で,「親」が亡くなった後もその子供と関係が継続する。


    資料の持ち出し : 文書館史料の複写費は高額な複写費がネックとなる。考古学資料の持ち出しの際には,大学関係者に一旦保管を頼むしかない。書籍資料のうち,マレー語やタイ語で書かれ,日本から入手できないものは郵送する必要がある。


    人権・倫理問題 : オーラル・ヒストリーの調査の場合、記名が条件であるため、本人の承諾を得てから記録する。一方,文化人類学の調査の場合は、仮名がほぼ常識である。
    調査者が行ったことは,いろいろな意味で滞在地の評判へとはね返る。白人なら許されることも,アジア人なら許されないことがある。


    科研制度の改定とその問題点 : 複数のフィールドで並行調査を行う場合,書類上のやりくりが大変である。


    移動日指定の困難 : タイの博物館は月・火が休み。


    調査時期に関して,大学事務関係者が理解を示してくれない。日本の夏季休業は,東南アジア大陸部では概して,移動や体調管理に難のある雨季である。


    ■質疑応答(一部)

    Q. 言葉の問題(方言が通じないなど)はあるか?

    A. 普通は通訳をつける。大学関係者に頼むことになるので,現地の学年暦とのかねあいの問題が出てくる。


    Q. 養子の関係についてもう少し説明していただきたい。

    A. 聞き取り調査である家を訪問して話が長くなると,泊っていくように言われる。逗留してその家の家族のことをよく知るにつれ,その人の「子供」扱いされる。


    Q. 戸籍は作られているか?

    A. 人間についてはきちんと届け出るが、土地の登記はむちゃくちゃで,所有者が亡くなっても土地の名義を変えないままにしておくことが多い。


    Q. マレーシアでは年々調査手続きが煩瑣かつ許可が出にくくなり,また宗教問題・民族間関係など,人類学者が調査したい項目のほとんどがセンシティヴ・リストに入っている。タイに関してはどうか?

    A. センシティヴな項目というものはある。例えば,19世紀中頃の歴史資料で内務省に入っているものは閲覧不可能。


    (報告:澤田 英夫(AA研))