海外学術調査フォーラム

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  • II 島嶼部東南アジア・太平洋
  • II 島嶼部東南アジア・太平洋

    座長髙樋 さち子(秋田大学教育文化学部)
    床呂 郁哉(AA研)
    話題提供者高木 正洋(長崎大学熱帯医学研究所)
    タイトル 「東南アジアにおける熱帯病の現地調査から-蚊媒介性感染症について-」

    (a)研究の概略(環境と病気の関係)

     発表者は環境変化が疾病媒介蚊に及ぼす影響に関して、主にインドネシア、タイ、ベトナムで調査を行っている。アジアの自然環境は複雑で、かつ、社会環境の変化が著しい。蚊媒介性感染症には、媒介蚊、宿主、病原体の三者が関与するが、いずれも環境変化の影響を受けやすく、また、このうち一つが影響を受けると、全体に影響が及ぶ。

     蚊が媒介する主要な感染症、マラリア、デング熱、日本脳炎のうち、マラリアは森林発生性のハマダラカが媒介する病気なので、森林がなくなれば、流行もなくなると思われる。しかし、森がなくなると種々の悪影響が生じる。要するに、感染症対策に関して言えるのは、「あちら立てればこちら立たず」(=痛み分け)ということである。マラリアをなくすことだけ考えて、森林がはげ山になっては困る。(とはいえ、このように環境と病気のバランスを取る、という考え方が医学界で受け入れられるようになってきたのは最近のことである。


    (b)実際の調査内容

     調査の際は、カウンターパートと事前に細部を詰め、権限を持つ人のお墨付きを受けた後フィールドに入る。調査には幼虫調査と成虫調査があり、幼虫調査では、川や水田、人工の小容器などから水を採取し、ボウフラの数を数える。成虫調査では、おとりの水牛などをテントに入れ、蚊を採集し、数を数える。かつては人を囮にすることもあったが、最近は倫理上難しくなっている。


    (c)調査実施に伴う困難・問題点

    • 調査には夜間の私有地、住居内への立ち入りが伴うため、怪しまれることが多い。また、囮調査の場合など、調査に興味を持つ住民による人だかりにデータがかく乱されることもある。また、住民から医療行為や治療をせがまれる場合もある。
    • 現場で水牛や土地の借り上げ、人囮の雇い上げなど小額の現金授受が伴うのが煩わしい。
    • 人囮採集の倫理的問題。人間の病気を評価するためには、人間への反応を調べることが必須であるが、今日では難しい。

    上記のような問題はあるものの、幸い、現在まで、成果を台無しにするような事態は経験していない。強調したいのは、あらゆる意味で、マネージャーとしてのカウンターパートの同道が必須であるということである。


    (d)調査許可、ビザ等

     カウンターパートを通して、NRTC(タイ), VAST(ベトナム), LIPI(インドネシア)などに申請する。時間がかかるのが問題で、ほとんど見切り発車となるが、幸い今まで問題となったことがない。


    (e) 資料の持ち出し

     現地で処理を行うことを原則とする。現在は相手国側の設備も充実しているので問題はない。


    (f) 質疑応答:

    Q : マラリア汚染地域に行く際、予防薬を飲んだ方がよいか?現地の人に、予防薬によって虫が耐性を持って、余計に感染が広まってしまう可能性があると指摘されたのだが。

    A : その地域のリスク次第であろう。パプアニューギニアの海岸沿いなど、特に危険な地域にいくときは、現地情報を集めた上で、自分の身を守るために飲んだ方が安全。理屈としては予防薬=耐性というのは正しいが、実際のところ、外部者が飲んでいったくらいで、現地の状況がかわるということはありえない。

    Q : 夜の行動を避ければ、蚊媒介感染症は避けられるか?

    A : デング熱媒介蚊は昼でもいるため、避けようがない。大切なのは感染したときの初期治療である。

    Q : インドネシアの都市部などでの、デング熱対策の遅れ(蓋をした排水溝など)は何とかならないのだろうか?

    A : 全体的な環境が変わるまでは変わらないだろう。また、デング熱の流行には気候的要因が大きく、東京のような都市でも、そのまま熱帯に持っていったらデング熱が流行するだろう。


    自由討論

     新型インフルエンザ、大学の事前立替、現金の持ち出し、調査許可、相手側に都合の悪い研究結果の公表の是非等について情報交換/議論を行った。


    (報告:塩原 朝子(AA研))