海外学術調査フォーラム

III 東アジア

座長深澤 秀夫(AA研)
三尾 裕子(AA研)
話題提供者西谷 大(国立歴史民俗博物館)
タイトル「中国海南島リー族と雲南省の9民族が暮らす者米谷の生業調査から」

 東アジア班では、まず話題提供として西谷大氏(国立歴史民俗博物館・研究部・考古系)による研究発表「中国海南島リー族と雲南省の9民俗が暮らす者米(ジャウミー)谷の生業調査から」が行われた。報告者が中国の最南の島・海南島と雲南省者米谷で行った2つの調査について、そのフィールド調査の具体的方法と調査結果を紹介する報告である。

 「中国のハワイ」と言われる海南島では、海岸部のリゾート開発が、山間の村落に暮らす少数民族リー族の伝統生活にさまざまな影響をもたらしている。継続中の「海南島プロジェクト」は、このような変化に対し、リー族の村にどのような戦略的な生業の変化が生じているのかを明らかにすることを目的としている。中国側のカウンターパートの獲得は困難であったが、日本側と中国側カウンターパートの研究者が同人数、同条件のもとリー族の4村に数ヶ月間に住み込むかたちで行われた調査の結果、3村において1980年代以降起きた異なる戦略的な生業変化が明らかになった。70年代以前は水田・焼き畑・狩猟採取を主要な生業としていた3村は、いずれも焼き畑禁止・ハイブリッド米の導入による変化を蒙ったが、水満村は水田経営とともに観光化へ向かい、保力村は水田を畑に転換して換金作物で成功し、初保村は換金作物導入に失敗して狩猟採取に回帰するという、異なる生業形態の変化を見せていたことが紹介された。

 雲南省・昆明市南の者米谷は、8民族と民族に認定されていない1集団が居住する。中央民俗大学をカウンターパートとして4年間行われている者米谷調査は、それぞれの村・民族が環境知識に基づいて立てている生業戦略と、それらの生業の市を介した交易のありようを通し、持続的な環境利用・生計維持システムを考えることを目的とする。者米谷では、アールー族は精緻な灌漑システムを利用した棚田と斜面畑による多様な作物栽培、ヤオ族は森林を利用した草果畑経営と、生態的環境の知識に基づいた生業を持つ。そして、生業の異なる村々は、特化された生産物を市で交換し、谷がひとつの生業複合体を形成していることが、衛星GISによる土地利用の分類調査や定期市の調査を通して明らかにされた。

 西谷氏の話題提供に基づき、討論では、中国での調査に共通する調査の手段や手続きのさまざまな課題が議論された。まず、現地の協力者であるカウンターパートと調査地に対する調査経費・謝礼をどのように渡すか、研究費・科研費の使用規則に即しながら、現地研究者・調査地の住民に望ましい支払い方法について、さまざまなアイディアが出された。調査のためのビザや許可の取得方法については、地域・調査期間によっては観光ビザで調査が可能であること、雲南省では特定の地域は調査許可を取ることで調査が円滑に行えるようになるが、調査地の人びとはかならずしも許可の必要性を理解せず、混乱の原因となること、届出をすることのプラス面・マイナス面が話し合われた。

 次いで、調査データの扱いや使用方法の問題が議論された。気象データや土壌など、データによっては法的に持ち出しが不可能なものがあり、カウンターパートの研究者のしっかりした協力がないと、問題が生じる。衛生GPSは中国政府により使用が禁止されているが、中国の研究者と協力して中国側にGPSを使用してもらい、共同研究として論文を発表することは可能である。いずれにせよ持ち出したデータは使用すればいずれ明らかになり、後から問題が生じる。行政側の規則と、カウンターパートとの共同研究の関係を正しく把握し、慎重を期す必要があるなど、活発な意見交換が行われた。

 最後に、西谷報告に関する専門的な質疑が行われた。全体として、議論はいかにして現地の規則を尊重し、調査地・公的機関・カウンターパートと信頼関係を築き、誠意のある調査を行うか、という問題に集中し、参加者から貴重な情報・ノウハウが提供、交換される場となった。


(報告:渡部 良子(AA研))