海外学術調査フォーラム
II 島嶼部東南アジア・太平洋
座長 | 徳留 信寛(名古屋市立大学医学系研究科) 梅崎 昌裕(東京大学医学系研究科) 髙樋 さち子(秋田大学教育文化学部) |
話題提供者 | 古澤 拓郎(東京大学国際連携本部) |
タイトル | 「ソロモン諸島における開発・環境保護・健康とフィールドワーカーの関係」 |
ソロモン諸島における目下の課題として、開発・環境保護・健康が重要なテーマであると言えるが、それらは同時に、調査で訪れるフィールドワーカーにとっても重要なファクターとなっている。このような観点から、調査の中で直面する課題についてご紹介したい。
まず、私の調査における「不幸の始まり」からお話ししたい。2001年、初めて調査でソロモンを訪れたとき、ビザや調査許可を入念に準備したにもかかわらず、空港でパスポートを取り上げられた経験がある。その後、数次にわたって渡航をする中で、手続き面での試行錯誤を繰り返してきた。一般に医学調査は歓迎されるが、すぐには役に立たないと見なされる研究のために訪れる外国人に対して、現地からの反発のニュアンスを感じることがある。
ソロモン諸島は、民族対立に由来するクーデターや地震、経済悪化など、さまざまな困難に直面してきた。一方、私が調査してきた村は比較的安全で、むしろ村人が調査者の私を危険なことから守ってくれることもあった。
調査で経験した困難さのいくつかを紹介する。森に入るときは、行政上の手続きのほか、現地での慣習的な手続きが必要であった。植物を同定しようとしたとき、植物園の標本庫が内戦のために廃墟となっていたり、標本が海外に持ち出されていたりした。標本を日本に持ち帰るときには、日本における植物検疫や税関の壁があった。
資源に対する考え方が現地でさまざまに異なることも軽視できない。村では森における法律上の所有権は設定されていないが、都市部では伝統的な土地利用の慣行が変容しており、都市住民からは「うちの土地から木を切ったやつがいる」などの発言も出るようになった。
住民以外の関係者との関わりも欠かせない。情報や燃料を得るために、伐採企業と良好な関係を保つようにしているが、近づきすぎると住民の信頼を裏切るおそれがあるかもしれない。
自然保護のプロジェクトが提案されたとき、それを受け入れるかどうかについて住民から相談を受けたことがある。調査者が地域にもたらす影響力に関し、責任が持てるのだろうかと、思いまどうこともある。
そのほか、過去の訴訟記録を閲覧していたところ、当の住民にその場面を見られて気まずい思いをしたり、自分だけが高価な抗マラリア薬を所有していることに関わる居心地の悪さなど、住民との関係を考えさせられる体験が多かった。
科学史における捏造問題が反省的に論じられ、学会が倫理綱領を策定することも増えてきた。ほかのある地域では、研究者が収集したデータを目的外に用いたと見なされ、データ提供者が訴訟を起こすというケースもあったとされる。
今日では、調査者が配慮するべきことが変化していると言えるだろう。以前は、地域社会に受け入れられれば何でもできたのかもしれないが、現在では、政府の許可のほか、インフォームドコンセント、進出企業との関係、倫理、環境破壊・保護、自分自身の影響力や価値観などについても考慮しなければ調査を進められなくなった時代になったと言えよう。
【自由討論】
古澤氏の問題提起の触発を受けつつ、以下のような議論がなされた。
(1) 当該地域におけるビザ取得手続きについて
(2) カウンターパート探し、関係作り、調査対象国の省庁との関係について
(3) 謝金の相場、価格調査、その効果的な情報交換のありかたについて
(4) 予防接種、抗マラリア薬、そのほか持参すべき薬についての情報交換
(5) フィールドワーク教育の一貫として、学生を同行させるときの留意点について
(報告:亀井 伸孝(AA研))
