海外学術調査フォーラム

  • ホーム
  • next_to
  • 過去のフォーラム
  • next_to
  • 2006年度
  • next_to
  • ワークショップ 講演1
  • 連続ワークショップ 『フィールドサイエンスと超域的ネットワーク』第二回 講演1

    「スペース・エイジ・テクノロジーは海外学術調査に寄与するか?
      -GIS/GPS/リモートセンシングの利用」
      梅崎 昌裕 (東京大学大学院医学系研究科助教授)

    <要旨>

     途上国における人口急増により人間―環境系の持続が危機に瀕している現在、人間活動による土地利用・土地被覆への影響を詳細に解明することは緊急の課題である。ランドサットなどの衛星によって記録された地上情報分析を利用した土地利用・土地被覆推定の研究はリモートセンシングと呼ばれる新しい研究領域の重要な一分野として急成長しつつある。しかし、この方法論は都市空間のように詳細な情報が得られる場合や、地球全体の植生変化を把握する場合には成果をあげているものの、地球環境変化に重要な影響を及ぼす発展途上国の農村部における土地利用の変化や環境破壊のモニタリングには、基本的な地上情報の欠如のために十分に応用されていないのが現状である。

     リモートセンシングとは、直訳すれば遠隔探知であり、非接触の計測技術である。広義には写真測量や天文観測も含まれるが、一般には人工衛星からの地球観測技術に対して用いられている。衛星を利用したリモートセンシングの分野では、マクロなレベルで、森林の減少、土地被覆パタンの変化、バイオマスの変動などを分析する方法が確立しており、たとえば地球上の熱帯林の減少のモニタリングでは大きな成果をあげてきた。しかしながら、村落のような小地域を対象にした衛星画像分析がなされた例はほとんどなく、どのような分析が可能で、なにがわかるのか、という具体的なイメージはいまだ明瞭になっていない。

     リモートセンシング衛星のなかで、光学センサーを搭載するランドサット(Landsat)やスポット(SPOT)などは、植物や土壌に反射した太陽光を波長帯別に測定することが可能である。したがって、極相林と二次林の識別、水田と畑の識別など、かんたんにいえば色のちがうものを識別する能力をそなえている。また、可視光線以外の波長帯についてのデータも収集できるため、たとえば熱赤外線に対応するバンド(ランドサットTMであれば10.4-12.5マイクロメートル)のデータから、地表温度の推定も可能である。ただし、このような衛星データを、村落を対象とする詳細なフィールドデータで得られたデータと対応させるには、地上解像度が不十分である。また、人類学者をはじめとする、土地利用について豊富なデータをもつ研究者が、専門的で高価なソフトウェア操作を必要とするリモートセンシングの領域に越境することは、現実には困難であった。しかし、この数年間に、超高解像度の商業用のリモートセンシング衛星データが入手できるようになり、分析ソフトウェアの操作性の改善や適正価格化も進んでいる。このような状況のなかで、リモートセンシング技術は、やっと人類学を含む応用領域の研究に本格的に活用する条件が整った段階にあるといえる。

     一方、GISは、コンピュータに取り込んだ地図データや属性データを、効率的に蓄積・検索・変換して、地図出力や空間解析、さらには意思決定の支援ができるように設計されたツールである。端的にいえば、リモートセンシングなどで作成したデジタル地図を格納し分析するソフトウェアである。 GPS(geographical positioning system、汎地球測位システム)とは、カーナビゲーション・システムにも利用されている測位システムで、地球全体をカバーするGPS衛星と交信することによって、地球上のほとんどの場所で測位をおこなうことができる。ただし、正確な位置情報を得るには、測位誤差を取り除くための補正をおこなう必要がある。

     農村部で調査をおこなう研究者にとって、地図は重要な情報であり、プラットフォームともいえる。ところが、さまざまな縮尺の地図が整備されていて入手できるという点で、日本は数少ない例外であり、ほとんどの国や地域では、目的とするような情報と縮尺をそなえた地図をみつけるのはむずかしい。演者がパプアニューギニアの農村部でおこなった調査では、家屋と耕作地の分布をプロットするために、1km2四方の村落の領域の詳細な地図が必要となった。ところが、パプアニューギニア国で入手可能な地図は10万分の1の縮尺のものに限られており、それ以上の詳しい地図が必要なときは自分で作成するしかなかった。近くの山の上から写真をとり利用することも考えたが、山の上からは畑のまわりに生えているモクマオウの木に視界が妨げられ、全体を見わたすことはできなかった。そこで、村のなかの主要な道と川を、目盛りをつけた40メートルのナイロンロープとコンパスを用いて測量した。つづいて、ひとつひとつの畑を地図にプロットする作業を繰り返した。地図としての精度は低いものであったが、この作業に2ヵ月近くを費やすことになった。

     その後、この地域を対象に世界銀行が主導して1970年代におこなわれた開発援助プロジェクトのさいに撮影された、縮尺が9,000分の1の航空写真を入手することができ、それを目視で判読することで比較的正確な土地利用図を作成した。これは、航空写真によるリモートセンシングである。その後、調査のたびに村落内の土地利用情報を、この地図に記録することで、経時的な土地利用パタンの変化を明らかにすることができた。さらに、このデータを地図に投影し緯度・経度などの座標情報を与えることによって、GISを利用した管理が可能になった。

     現在では、超高解像度の画像データを提供する商業衛星が打ち上げられたことで、リモートセンシングによる、耕作地のような小区画のモニタリングは現実的な技術となった。たとえば、イコノスは、白黒データで1メートル、マルチバンドデータで4メートルの解像度をもつ。このことによって、商業衛星データが航空写真に匹敵するほどの地上情報をもたらすことになり、世界のほとんどの地域で地図作製が可能になった。

     人類学にとってリモートセンシングは個別の研究を時間的・空間的に一般化する方法論として意味をもっているといえるだろう。土地利用分類における調査者の主観的判断に起因するバイアスは、バンド間演算などの客観指標と組み合わせて解釈することにより、ある程度の妥当性を確保することができる。具体的には1972年より今日までに入手可能なリモートセンシング衛星の分析結果をGISで分析すること、対象集団をとりまく環境条件・地理情報を統計的に分析することにより、フィールドワークによる村落研究をより普遍的なコンテクストでとらえなおすことが可能となるだろう。

     近年、コンピュータ・GISソフトウェアともに性能の向上と低価格化が著しい。リモートセンシング衛星データの解像度は飛躍的に改善されつつあり、代表的なリモートセンシング衛星であるランドサットTM(マルチスペクトル:解像度30メートル)に比較すると、超高解像度衛星イコノス(マルチスペクトル:解像度4メートル)の単位面積あたり情報量は50倍以上に達している。それにともない、1辺が20メートルの畑、村の小道、家屋などランドサットでは考えられなかったような詳細な地上情報の識別が現実となりつつある。また、安価なGISソフトウェアが入手できることで、GIS導入における経済的障壁はとりはらわれつつある)。

     もちろんリモートセンシングで判別できるのは基本的には土地被覆であり、それを人間がどのように利用しているか、すなわち土地利用についての情報を得るためには、詳細なフィールドワークが不可欠なのはいうまでもない。地理情報がデジタル化され、それぞれの地理情報間の空間的な相関関係、あるいは分布パタンの空間的特徴を定量化する作業は簡便化していくにしても、その解釈にはやはりフィールドワークが必要である。その意味において人類学の研究は、広義の地理情報システムをさまざまな分野に応用するにあたってのメディエーターとして機能することが期待されているともいえるであろう。