展示品
99 アフカー(アフェカ)のアドニス川水源
 [ベイルートに戻る]第1日目の間中ずっと前方の小道を白くしている雪は,我々がまだかなりの高度にいることの証拠である。しかしアークーラ村に着くには海抜4500ピエ[約1460メートル]まで降りなければならない。巨大な切り立った岩山が,村とかつてのアドニスであるイブラーヒーム川の上流域の上に張り出しており,川の水源のひとつがこの場所から流れ出ている。もうひとつの水源ははるかに大きなもので,南にさらに2里のところにある岩山の奥から湧き出ている。そこは,峡谷に沿って点在するアル=ムネイティーラとアフカーの二つの村落から遠くないところで,その峡谷の底を水源の水が流れている。水源は洞穴からだけではなく近くの岩山の下からも激しく流れ出て(図版99),すぐに滝となって峡谷に流れ落ちており,「レバノンの峡谷」の特徴を如実に示している。この急流は海までその激しい流れを止めることはなく,ジュベイルとケスラワーン湾の間で海に注ぎ込む。我々は洞穴のそばで巨大な建築物の廃墟に気づいた。アフカーのムタワッリー派の住民たちはそれをアル=カラア(城砦)と呼んでいるが,旅行家たちが信じているところによれば,有名なアフェカのウェヌス(ヴィーナス)の神殿であり,アフェカという名前はアフカーに残されている。まさにそこが,ギリシア神話で猪に殺されたアドニスが死んだ場所とされているところである。神話が付け加えているには,彼の血はその名が付けられた川の水を時折染め続けている。神殿はビブロス(今のジュベイル)の王キニュラスによって建てられたのだろうと言われている。それよりも確からしいのは,皇帝コンスタンティヌスが忌まわしい崇敬に終止符を打つためにこの神殿を打ち壊させたということである。
ムタワッリー派とはシーア派のこと。現在、レバノン山地中部における同派人口は少なく、レバノン南部とベカー高原に集中しているが、当時はまだ一定数いたことがわかる。ギリシア神話の美少年アドニスのみならず、竜退治で有名な聖人ジョージも、レバノンにて活躍したとされる。