本企画展示「静謐なる聖地—多才なオランダ人元将校が踏査し、描いた地域の風貌」は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)の4基幹研究の一つ、「中東・イスラーム圏における人間移動と多元的社会編成」が中心となって行うものです。AA研が所蔵する稀覯資料 『Le Pays d’Israël』(イスラエル地方、1857年刊)の100点に及ぶリトグラフ(石版画)のうち、三分の一に当たる33点について、高精度デジタル撮影し、高品位の複製を作成してご覧に入れます。また、各画の解説に相当する部分もフランス語原文から訳出いたしました。
本展示に供される資料は、きわめて写実的で詳細な風景画であり、歴史的な画像資料として第一級の価値があります。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラームにとって共通の聖地ですが、それは世界人口の過半数の人々にとっての聖地であることを意味します。その周辺にも三宗教にとって重要な意味をもつ町が散在し、古来多くの人々を惹きつけてきました。また今日もなお、パレスチナ問題の舞台として、世界中の注目を集める地域であり続けています。
本年はAA研の創立50周年に当たります。その節目の年に、アジア・アフリカをつなぐ位置にある本地域の約160年前の姿を、一部現在の写真とも比較しながらご覧いただき、本地域の宗教・政治・民族・文化に思いを馳せていただければ嬉しく存じます。
みなさまのご意見・ご感想を頂戴できれば幸いです。
基幹研究 代表 黒木英充

スタッフ
[主催] [企画・実施] |
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[制作協力] [修復・複製] [WEBサイト制作] |
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緒言(ファン・デ・フェルデによる巻頭言)
読者諸氏の思いやり深い眼差しに委ねるこのデッサン集は,その題名が示しているように,1851年と1852年にパレスチナで行われた地理調査の旅の間に描かれた風景画から成っている。観察記録並びに我々が受けた感銘の詳細については既に他所で公にしてある(『シリア及びパレスチナの旅行記』2巻,蘭語,英語,独語版)。さらにまた,我々の科学的研究の成果を概括するであろう地図(『聖地の地図と地理学的報告』英語版)も,まさに現在大々的に刊行しているところである。従ってこの画集は,それらの書物の補遺として位置付けられることになる。それ故,風景画の配列に際しては『旅行記』の中でそれらの場所が挙げられている順序通りにすることとした。変更を行ったのは,重複の恐れがあるために変更せざるを得なかった箇所のみである。これらの風景画に伴うテキストについては,それを旅行記風の文体にすることで,『旅行記』をお持ちでない人々の手にもそれをひと揃い渡すことが出来るように,同時にまた『旅行記』を既にご存知の人々であっても関心を抱くような新たな細部を付け加えるようにした。
この旅から得た感銘の中に,取り分け共有したいと切に願うものがひとつある。巷間によく知られたパレスチナの荒廃の只中にあって,大きな街道から遠く離れ,一般の旅人には知られていない人里離れたところで,自然が驚くべき壮麗さを見せている場所を我々はひとつならず探し当てた。そこではしばしば,生い茂る草木自体が,それが覆い尽くしている廃墟の光景の一部と化し,イスラエルの地の過ぎ去った栄華と同時に未来の復興をも物語っていた。それが実現されるには「永遠なる神」の御徴のみに期待するだけである(「第二法の書(申命)」30章1-15節,「エゼキエルの書」36章22-38節,37章12-28節)。
イスラエル地方の現状への関心を失わせることなく,さらにまた,神の確たる約束がこの地に取り置いた未来への注視に資することが出来得れば,我々は所期の目的を達することとなろう。