展示品
88 シャーム(ダマスクス)

我々はアイーターの先の岩山や,趣のあるワーディー・アル=クルン(その雑木林は山賊たちの隠れ家となっている),白く輝くサフラー,そしてダマスクスの平原に沿うジャバル・アル=メッゼのまだ眩い岩山をかなり急いで通り過ぎた。道程の暑さとうんざりするような単調さで参ってしまいそうになる時,ようやく広大な平原が突如として目の前に広がる。それは緑の大洋にも似ており,その真ん中でダマスクスが嬉しげに漂っているようである。ダマスクスは人口16万人の町で,数え切れないほどのモスクや優雅なミナレットを有するイスラーム伝統の楽園である。我々はこの画(図版88)を,数百歩ほど降りた墓地の傍らで描いた。とは言え,前景は別としてこの眺めは,我々が高所から楽しんだものとほぼ同じものである。言い伝えによれば,マホメットはこの眺めにいたく感銘を受けて,ダマスクスを武力で抑えるために進軍しようとはせず,自発的に降伏するまで待つことにしたという。我々を取り巻くむき出しの無味乾燥な岩山と,その麓を飾る密生した植生との対照がこの風景の美しさを一層際立たせている。また,かくも賑やかで,かくも人の多いこの町と,あたかも砂の大洋に撒き散らされた緑の小島のように,ダマスクスの周囲に四方八方散らばっている果樹園や村々を越えて地平線まで続いている眼前の砂漠の厳粛な静謐さとの対照も,それに勝るとも劣らない。

■カシオン山からダマスクス中心部遠望, 2000年3月(撮影:新井勇治【愛知産業大学】)
※88番シャーム(ダマスクス)の写真は、愛知産業大学教授・新井勇治さんよりご提供いただきました。ここに記して感謝申し上げます。