展示品
74 ワーディー・ファイサル(ケリトの奔流)(本書口絵)
 アル=ゴールを取り囲む山々の切り立った稜線と我々とを隔てているのはほんの数歩の幅である。長く骨の折れる小道を通って岩場の下に到着したが,野生のイチジクときれいな泉に陰を落としている低木の茂みの中で,我々は道に迷ってしまったのかと一瞬思った。ガイドが言うにはそれがファサエリスの泉である。というのも,かつてその町が支配していた場所を潤しているからである。しかし我々は,ブルヒャルト(1283[ドイツ人のドミニコ会修道士])やマリヌス・サヌトゥス(1321)[ヴェネチア人の地理学者・旅行家]を通して,彼らの時代にこの泉(図版74と口絵)は,テシベ人のエリヤが大旱魃の時に隠棲し,神が鴉たちに彼をそこで養うよう命ぜられた(「列王の書上」17章1-7節)ケリトの奔流であるとされていたことを知っている。この隠れ家がヨルダン川に近いことや,それが秘密であったことは,ワーディー・ケルト(棕櫚の町[エリコ]に近いためにそこで人知れず長く生活することは出来なかった)よりも,預言者の避難所について伝えられていることと確かに一致している。アラブ人たちはエリヤの隠遁のことを知らないまま伝統に従って,ファサイルの泉とそれを取り囲む木々(彼らは「ラッカ」と呼んでいる)までをも崇拝していたのである。
ヨルダン川両岸に広がる渓谷地帯は、アル=ゴール地方と呼ばれる。夏場は気温が40度近くにまで上がる過酷な環境のためか、隠遁や篭城の場に使われてきた。紀元前にはローマ軍に追われたユダヤ軍が、マサダの要塞に立てこもり、現代のイスラエル軍はその悲劇を教訓に学ぶ。