1. コーランにおける女性関連規定(ただし、遺産相続規定を除く)
  1. 男女平等:「帰依する男女、信ずる男女、従順な男女、誠実な男女、忍耐する男女、謙虚な男女、喜捨する男女、断食する男女、貞節を守る男女、常に神を念ずる男女、神はこれらに対して、必ずお赦しと偉大な報酬を準備したもう」(Q33:35)
  2. 隔離:「もしおまえたちが預言者の妻女にものを頼むときには、カーテンの裏から求めよ。それが、おまえたちや彼女たちの心のためにもっとも清浄なことである。おまえたちは、神の使徒を苦しめてはならない」(Q:53)
  3. ヴェール:「それから女の信仰者にも言っておやり、慎み深く目を下げて、陰部は大事に守っておき、外部に出ている部分はしかたがないが、そのほかの美しいところは人に見せぬよう。胸には蔽いをかぶせるよう」(Q24:31)
  4. 一夫多妻〜5人妻、10人妻を持つ男に対する戒めではなく、複数妻の勧め:
「もし汝ら(自分だけでは)孤児に公正にしてやれそうもないと思ったら、誰か気にいった女をめとるがよい。二人なり、三人なり、四人なり、だがもし(妻が多くては)公平にできないようならば一人にしておくか、さもなくばお前たちの右手が所有しているもの(女奴隷を指す)だけで我慢しておけ、その方が片手落ちになる心配が少なくてすむ」(Q4:3)
→ 隠された、もうひとつの意味〜妻に対する複数夫の禁止
《背景》7世紀のアラビア半島=母系制から父系制への移行期
男性による訪問婚、一妻多夫状態(父親が誰か、は重要でない)
but 男性私有財産の成立〜男は財産を「自分の」子供に継がせたい
(父親が誰か、の確定が重要になっていく)
cf.)「孤児」=未婚の少女?:財産管理者の後見人は娘の結婚を妨害しかねない
→ 一夫多妻ならすべての娘が結婚できる?

2. イスラームの女性観(フェミニスト研究者による3つの説)
  1. 歴史文献学的方法に基づく説:“女性抑圧は一種の偶然による”

    《預言者ムハンマドの時代》
    ・父方同居婚の推進 → 妻が他の男と付き合うことを禁ずる権利が夫に
    ・コーラン33章53節の影響〜本来は預言者の妻たちだけを対象にした規定
    → 預言者の妻はムスリマの範となったため、隔離が進行:「女は家庭に」

    《イスラーム法学確立期=アッバース朝全盛期》
    ・女奴隷で溢れたハレムに暮らす上流階級男性によるコーラン解釈
    → 女は売買可能なモノである → 男女平等主義の棚上げ
    (安易な離婚を戒める章句などは良心の問題とされる)

  2. 精神分析学・人類学的方法に基づく説:“女性抑圧はムスリム社会の必然”
    ・イスラームの女性観を理解する鍵は、コーランではなく、ムスリムが男女混在を拒む精神構造(確信)そのもののうちにある:男は女の誘惑に抗しきれない。男女が同じ場を共有すれば、男は間違いなく女の誘惑に負け、社会規範・宗教規範をおろそかにする
    (「女性=社会秩序を破壊する潜在的な脅威」という発想)

  3. マルクス主義に基づく説:“抑圧は父権制の要請に従って構築されたイデオロギー)
    ・あらゆる男女関係の思想は社会構造によって決定される文化に過ぎず、社会が変われば思想も変わる。注目すべきはむしろ社会構造の方:
    「前近代には女性抑圧は世界的現象だった」
    農業・遊牧社会一般に存在する父権制に由来
    (家族ユニットが生産単位となるため、男性血縁に基づく大家族制が発展し、家長が絶大な権限を持つ)
    ・他の成員は家長に絶対服従
    ・女性は主要な労働力でありながら労働を正当に評価されず、一種の動産扱い
(女性搾取によって成り立っていた社会 → 女性を管理する差別思想の必要)
イスラームの名のもとに

3. 現実社会における女性
  1. 〜19世紀:庶民の場合、隔離は徹底せず:農作業、買物、公衆浴場、医者などへ
    (上流階級の女性が隔離されれば、家に商売に行く女性が必要になる)

  2. 19世紀〜20世紀前半:改革思想(「真のイスラーム」は女性を差別しない)の登場
    学校教育の普及、洋服の普及、一夫多妻や夫による一方的離婚・早婚の禁止運動
    ただし、政治参加や労働参加は進まず〜「良家の子女は労働などすべきでない」

  3. 20世紀後半:工業化・都市化・貧困化・教育の一層の普及
    → 労働力不足と一家の収入不足を補うため、女性の賃金労働が増大

《中流下層階級の問題》
     ・家事と労働の二重苦、夫のストレス
・「家庭第一」の価値観を周囲に示す必要〜「ヴェール」の意味
・交通機関の混雑→男女の分離が求められる状況(女性専用車両など)
・就職や昇進における男女格差

4. イスラーム主義の女性論
《背景》西洋によるイスラーム攻撃
〜イスラームが抱える本質的「後進性」の象徴として攻撃され続けてきた女性関連規定
→ 帝国主義による陰謀を疑う猜疑心の固まり状態に
(女性を堕落させて、ムスリムの社会と文化を破壊しようとする西洋の陰謀?)
     ―――→ イスラーム独自の女性「解放」思想の構築へ:西洋化は「堕落」であるが。
・家庭を犠牲にしなければ女性の社会進出はOK
→ ただし公共の場は男女別に。家族以外の男性の前ではヴェールを!
     cf.)“西洋の女性解放は「性の商品化」に過ぎない。真の解放は女性が人間性や内面によって評価されることである”(Ali Shariati, Fatima is Fatima!
中東政治論地域研究(中東)中東・中央アジアの社会と文化宗教学A地域文化研究A
これまでの研究活動TOP最近5年間のその他の研究・教育活動