海外学術調査フォーラム

連続ワークショップ 『フィールド・サイエンスと新しい学問の構築』第四回 講演

「フィールドワークでの文と理」
  日高 敏隆(総合地球環境学研究所長)

  1. はじめに

     京大の吉井良三先生の定年退官に伴なって、先生が代表になっていたマレー地域の動植物相の研究を引き継いだのが、ぼくの海外学術調査の始まりである。その後、研究課題を動物と植物の二つに分け、ぼくの班は熱帯林 小動物の生活戦略の研究をテーマとすることになった。

     吉井先生がJICA専門員としてボルネオ北部のマレーシア連邦サバ州の森林研究センター昆虫学部長をされていたことと関連して、サバ州での研究許可はサバ州森林局から得ることになった。それがわれわれのフィールドワークの性格を決めたといえる。


  2. 害虫の調査と解明

     クロツヤムシその他の多くの昆虫の研究は研究協力者である大学院生が受けもち、系統分類学における多くの業績を生んだが、代表者であるぼくは、森林局から依頼された植林地害虫の生活の解明に専念せざるを得なかった。

     ラワンのような有用樹種の伐採の結果荒れてしまった森林を焼き払って、利用可能な樹種の一斉植林をおこなったブルマス(Brumas)のような植林地では、単一樹種の林に次々と害虫が発生する。その害虫の生活を調査して対応策を考えるのが仕事であった。

     調査を依頼された害虫の最初は、ユーカリのリング・バークボーラーであった。これはコウモリガという原始的な蛾の幼虫であって、その生活はわれわれと海外青年協力隊の一員として派遣されていた京大の阿部健一氏によって、ほぼ解明された。けれどユーカリが経済の上であまり有用な樹種でないことがわかってきて、のちにユーカリの植林は中止された。


  3. アフリカ農業の実態を知る

     次は、有望な換金作物と見なされるようになったカカオの果実を食害するココアモスという小さな蛾の研究を依頼された。

     この蛾の産卵を防ぐ方法を探ったが、当時イギリスで開発されたココアモスの性フェロモンの応用にも時間をさかざるを得なかった。結局、ぼく自身はいろいろと勉強になったけれど、害虫を防ぐ上では何の成果もあげることはできなかった。

     次に依頼されたのはアルビジア(モルッカネムノキ)という成長の早い木材用樹種を枯らすアルビジア・ボーラー(アオスジカミキリの幼虫)であった。

     4年前の調査でこの害虫の出現を報告し警告しておいたのに、森林局はまったく関心をもたず、被害がここまで大きくなってからの依頼だった。

     毒ヘビを警戒しながらの毎晩の調査で、オスが性フェロモンによってメスを呼ぶことはわかったが、アルビジアの全面伐採という事態になって、それ以上の研究はできなかった。

     アフリカでは日本学術振興会がらみの調査を国際昆虫生理生態学センター(ICIPE)の活動の一環としておこなった。農薬を使わず、混作などの方法も含めて、水のない土地での農業にたずさわっている農民と話し合ったり、助言したりする中で、アフリカ農業の実態をよく知ることができた。


  4. フィールドワークで痛感したこととは

     10年以上にわたるこれらのフィールドワークの中で痛感したのは、ぜひいわゆる人文社会系の人、とくに経済とか政治に関わることの研究者、と一緒にやるべきだったということである。

     フィールドワークによって個別のケースはよく理解でき、いろいろな発想も得られたが、それを現実の問題への対応に結びつけることができなかった。少なからぬ研究費を使わせてもらっていたのだから、それがじつに残念であった。