海外学術調査フォーラム

連続ワークショップ 『フィールド・サイエンスと新しい学問の構築』第二回 まとめ

司会:田島 和雄(愛知県がんセンター研究所疫学予防部)

 日本学術振興会科学研究費・海外学術調査総括班連続ワークショップ「フィールド・サイエンスと新しい学問の構築」第2回「フィールド・サイエンスと実験科学」ワークショップでは、3名の演者の研究報告があり、その後で2名のコメンテータが各研究の意義や問題点などを指摘した。

 第一演者の塚谷助教授は、遺伝子研究の植物モデルとも言えるシロイヌナズナを研究対象とした植物の環境適応と形質の変化について、細胞遺伝子の変異を指標としながら葉の形質変化について説明された。実験室で分析した遺伝子形質の変異を各地域のフィールドで採取した野生のシロイヌナズナの解析に応用しようと試みている。

 第二演者の福嶌教授はモンスーンアジア気候研究の一環としてネパールとシベリアの異なった地域における氷河について野外調査を繰り返すことにより、実験室における机上の理論値と実測値が高い信頼性をもって一致することを示した。また、このような実践的野外調査が若手の人材育成に効力を発揮したことを力説された。

 第三演者の山内助教授は、中国における慢性砒素中毒の原因解明と予防の実践活動を介して、全地球の普遍的問題として自然地下水の含有物質による中毒症を指摘し、その予防対策が国際貢献に大いに有用であることを紹介した。同時に、世界各地域における健康問題はその地域の人々自身によって解決されるべきであり、それを手助けするために海外学術調査研究が重要な一翼を担ってきたことを力説した。

 それらの報告に対してコメンテータの内堀教授は、文化人類学者として人文社会科学の立場から認知的研究、臨床的研究、文献研究、実験研究の考え方を紹介し、同時に野外調査におけるフィールドの選択と得られた情報のNoiseについての問題点を指摘した。

 一方、佐藤助教授は各研究者を研究姿勢からGeneralistとSpecialistに大別し、それぞれ研究の過程において両者の立場性を越えることに意義があることを提示した。

 さて、本ワークショップは海外学術調査総括班の立場からフィールド・サイエンスの意義とその重要性について話し合うために開催されていると認識している。各野外調査を通じて研究室では得られない貴重な情報を得ることにより、実験室における研究活動を充実化させることができる。当然の事ながら、自然科学と人文社会科学では野外調査の方法、対象、地域、および研究成果は大きく異なる。一般に自然科学においては帰納的理論に基づき、物を研究対象とするために研究内容の実態を明確に示しやすい利点があるが、限られた地域で収集した材料による研究結果を普遍化できない欠点は避けられない。一方、人文社会科学においては物の収集以上に概念的情報の収集が多くなり、従って野外調査で収集された研究対象の解釈が研究者により異なり、客観性と再現性に問題がある。しかし、演繹的理論により研究成果の展開を普遍化できる可能性は大きい。しかしながら、両者に共通して言えることは野外調査で得られる情報と研究室で構築する理論との間に必ず整合性が存在しなければならない。まさに論語にも言われているように、「フィールドを歩いて情報を得ても理論構築がなければ暗く、いくら高邁な理論でもフィールド現象と整合しなければ危うし」、ではなかろうか?

 最後にフィールド・サイエンスの意義について討論された内容と私見を交えてまとめてみると、
 1)個性的フィールドから得られる情報の重要性
 2)フィールド情報を用いた新理論の展開
 3)研究室で構築した理論のフィールドでの実証
 4)フィールド活動を介した国際協力
 5)フィールド活動の場を利用した若手教育
などであろう。さらに、福嶌教授の講演内容から情報の経時間的累積が極めて重要であることを再認識した。

 今回のワークショップの演者は自然科学系に偏っていたことは否めない。また司会者も自然科学に傾倒しているので総合討論も物を対象とした帰納的理論の展開に偏ってしまったことを反省している。第三回目となる次年度のワークショップでは、自然科学系と人文社会科学系の研究者を演者としてバランスよく配置し、フィールド・サイエンスの意義についてさらに議論を深めていかれることを期待している。