海外学術調査フォーラム

連続ワークショップ 『フィールド・サイエンスと新しい学問の構築』第一回 講演(レジメ)

人類学におけるフィールドワーク批判とその反批判
 松井 健(東京大学東洋文化研究所)

 人類学におけるフィールドワークは、おそらく、体験することによってのみ明らかにできる経験的知識の獲得をめざす科学的なものではなりえない。そこには、生身の人類学者が、フィールドでの生活をとおして、生身の人たちとつきあうことに由来する、多くの感情的情緒的な物語りが必然的にともなう。さらに、人類学者がもっている、フィールドの人たちに対する特権的優越的な立場や、人類学者の活動する場とフィールドの人たちの生活する場の決定的な経済隔差、書くことによって「支配する」人類学者の権のありかたなどは、今日よく批判されるフィールドの問題点である。

 フィールドワークの問題点は、しかし、フィールドワークそのもののもたらすことのできる、時間的空間的に限定された体験と、人類学という学の要求する普遍的な理論の「さけ目」に存在するのではないだろうか。それでは、フィールドワークは、せいぜい、地域研究や民族学(きわめて、否定的な意味で)にとってのみ有効なのであろうか。私見では、むしろ、この「さけ目」をより巧妙に、戦術的に用いるところに、人類学の存在意味があるように感じられる。人類学は経験主義にもとづくフィールドワークを主要な方法として選びとりながら、この「さけ目」を跳び越えるために、人類学者により洗練した技を要求しているようにみえる。