海外学術調査フォーラム

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    東南アジアの植物多様性を調べる ゲノム解析とアジア太平洋生物多様性観測ネットワーク

    矢原 徹一
    (九州オープンユニバーシティ)

      わが国の海外学術調査は第二次大戦後の1950年代以来の長い歴史を持っている。アジアだけでなく、ラテンアメリカ・アフリカを含むさまざまな国で海外学術調査が実施されてきた。これはわが国の学術の大きな特色である。科研費制度の改定により、海外学術調査だけを支援する枠は廃止されたが、科研費の助成による海外学術調査がさらに発展することを願って、私の経験を紹介したい。
      私が研究している「生物多様性」については、2010年に名古屋で第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)が開催されて以後、気候変動とならぶ地球環境問題として、世界の注目が集まるようになった。私はCOP10の準備段階から生物多様性国際研究プログラムに科学委員として参加し、IPBES(生物多様性と生態系サービスに関する政府間プラットフォーム)の制度設計や概念デザインの議論に加わった。IPCCと並ぶアセスメントメカニズムとして2012年に設立されて以後は、本会議に日本政府代表団の一員として参加した。アジア・太平洋地域アセスメントの実施にあたっては、章の執筆者のコーディネータとしてアセスメント文書作成に貢献した。このような「科学者外交」の一方で、東南アジア諸国で現地調査を実施し、植物多様性に関する統一的な方法による広域アセスメントを実施した。この調査では、100m×5mの調査区中に生育する植物種を現地で識別し、花や果実がなくても標本とDNA試料を採集した。2011年~19年の間に、42,753点(約3万種)の標本とDNA試料を採集した。これらの標本・DNA試料にもとづきて、DNA配列による系統樹と形態観察を併用することで、種の同定を行い、地域間で比較可能な種多様性データを蓄積した。その結果、熱帯低地ではサラワク州ランビル国立公園がアジアでもっとも種多様性が高く、熱帯山地ではサバ州キナバル国立公園とベトナム南部のビドゥープヌイバ国立公園でもっとも種多様性が高いことが判明した。このような調査をアジア各国の研究者と共同で実施し、COP10 直前の2009年に設立された「アジア・太平洋生物多様性観測ネットワーク」による国際連携の発展に貢献してきた。  
      今日のテーマは「デジタル時代のフィールドサイエンスと共同研究の可能性」であるが、「デジタル時代」という点はまったく意識してこなかった。デジタル技術であれ、ゲノム情報であれ、使えるものは何でも使って、フィールドサイエンスとしての生物多様性研究を発展させてきた。2010年以後の取り組みを振り返ると、国際共同研究の可能性がかつてなく大きくなったと思う。旅行・通信が容易になり、国際協力が大きく進み、集合知の相乗効果が加速的に増大している。さまざまな研究者の連携による「集合知」を活用することで、海外学術調査がさらに大きく発展することを期待する。