海外学術調査フォーラム

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    フィールド医学と海外調査―海外の共同研究の経験から

    坂本 龍太
    (京都大学東南アジア地域研究研究所)

    講演1

     東北大学学生時代、ボリビアで栄養失調児に関する調査を行った。渡航前、ボリビアにおける五歳未満死亡率が日本に比べ十倍以上に及ぶという数字に衝撃を覚えた。現地栄養失調児収容施設を訪問して貧困が貧困を生む厳しい状況を認識した一方で、満点の星空、夕暮れ時の露店での近隣の人々の団欒、子供や犬も参加する和やかな村の集会など彼らの生活の場に魅了された。卒後、新宿の救急病院でホームレスや抗争事件などで搬送される患者さんの診察に携わり、医療は病院では完結しないことを痛感した。その後、京都大学大学院で出会ったのがフィールド医学である。フィールド医学は、疾病、老化のありさまを、自然環境、文化背景との関連でもう一度、捉えなおそうとする研究領域である。松林公蔵氏らは、平成2年より高知県において町役場、社会福祉協議会、保健師、看護師、ホームヘルパー、地域ボランティアの方々と協力して高齢者に対し健診を柱とする包括的ケアを展開した。その活動は寿命の延伸に大きく貢献し、医療費の抑制にもつながった。私が特に興味を持ったのが、このチームが当時から高齢者自身の主観的な生活満足感を評価していたことである。大学院後、総合地球環境学研究所の奥宮清人氏率いる高所プロジェクトの研究員となった。このプロジェクトは当初エチオピア、チベット・ヒマラヤ、アンデスという世界の三大高地とも言うべき場所で老いと文明を考えるという壮大なものであったが、評価委員会よりチベット・ヒマラヤ地域に絞るよう勧告がなされた。そこで対象地域として私が希望したのがブータンであった。当時、ブータンで滞在型の研究は稀であったが、栗田靖之氏の力添えで可能となった。そこで釘をさされたのが、知的収奪型のプロジェクトにはするな、ということである。背景には日本とブータンの国交樹立前の昭和32年からつらなる友好の系譜があった。基礎的な医療をあまねく届けることを目標とし、東部カリン地区で現地の方と話し合いを重ね、高齢者に対して現地の方自身で持続可能な項目を選び健診及びフォローアップを行った。地域診療所が自らの地域住民の健康に関する知見を蓄積していくことは非常に意味があると考えている。カリンの高齢者は我が国の高齢者に比べ、視力障害、膝関節痛、腰背部痛、眩暈など様々な身体症状が多く、重症高血圧を放置している率が高いなどの結果が得られた一方で、独居は少なく、主観的な生活満足感は高かった。日本側の研究者が一方的にブータンに行くのではなく、毎年ブータンよりスタッフを日本に招き、我が国の高齢者が抱える課題も共有いただき、自国の高齢者ケアの仕組みの構築に生かしていただくことを促している。プロジェクトは保健省の協力のもと、カリン地区から全土に広がろうとしている。しかし、地域医療を担う現場にとって、山々に散在して暮らす方々にあまねく医療を提供することはたやすいことではない。生活の場に即した医療を今後も模索していきたい。