海外学術調査フォーラム

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    概念を規定し、事例を読みとく
            ―鵜飼研究、中国から日本、そしてマケドニアへ

    卯田 宗平
    (国立民族学博物館/環境民俗学)

    講演1

     本発表の目的は、ウ類(ウミウ・カワウ)を使って魚を捕獲する鵜飼い漁を対象に、①カワウを繁殖させる中国江蘇省の現場でえた観察結果を踏まえて動物と人間とのかかわりを問いなおす概念を提示し、②その概念を日本においてウミウを繁殖させる現場に展開することで、ウ類に対する鵜匠たちの働きかけを整理し、解釈することである。

     動物と人間とのかかわりに関する研究は人類学や民俗学の分野で数多くの蓄積がある。そうした研究の多くは、ヤギやヒツジ、ブタといったいわゆる「生業の対象」としての動物を取りあげ、搾乳や去勢、群れ管理に代表される家畜化の技術に注目しながら、それら動物をいかに人為的な環境に取り込んだのか、人間の都合のよい性質をどのように獲得させたのかといった点が議論されてきた。ただ、現代社会において人間が利用する動物は「生業の対象」としてのそれだけではない。なかには、人間の目となり、手となり、足となり、耳となる動物もいる。いわゆる「生業の手段」としての動物である。

     先行の研究では、そうした「生業の手段」としての動物と人間とのかかわりが体系的に問われることはなかった。そこで発表者は、手段として利用される鵜飼い漁のウミウやカワウを取りあげ、そこでみられる動物と人間との関係が「生業の対象」としての動物と人間との関係とどのように異なるのかを検討することにした。

     鵜飼い漁は、上記のように、ウ類を使って魚を捕獲する漁法である。この漁法が成り立つには、人間側からの何らかの介入によりウ類が漁に適した行動特性を獲得していることが前提である。その一方で、鵜飼い漁ではウ類という動物を漁の手段として利用しているため、人間がウ類に過度に介入することで「従順さ」や「おとなしさ」、「飼い主から離れない」、「攻撃性が減退する」といった家畜動物特有の性質を手段としてのウ類が過度に獲得されても困る。

     実際、中国江蘇省で鵜飼利用のカワウを繁殖させる漁師たちは、カワウが家畜動物特有の性質を過度に獲得されては困ると考える。そして、彼らは繁殖に関与させるメスをすべて外部から調達してくることで異系交配を積極的におこなったり、特定の種雄のみを繁殖作業で過度に利用することを回避したりする。つまり、鵜飼い漁師たちは、ウ類の家畜化や馴化を進める一方で、手段として利用するウ類を馴化させすぎず、「野生性」をも保持させようとしていたのである。この事実を踏まえ、発表者は人間による動物の馴化と反馴化(「野生性」の保持)とのバランスを調整する働きかけを「リバランス」という概念で規定した。今回の発表では、まずリバランスの概念を発想した事例として中国江蘇省のカワウの人工繁殖の事例を取りあげた。そして、手段としての動物を飼育する人たちがみせるバランスを調整するというかかわり方は、生業の対象としての動物とそれを飼育する人間とのかかわり方と異なるのではないかと指摘した。

     つぎに、このリバランスの概念を日本においてウミウを繁殖させる現場で展開し、鵜匠たちによるウ類への働きかけを整理し、解釈することを試みた。対象としたのは、宇治川鵜飼において2014年より続けられているウミウの人工繁殖の技術である。これまでの記録によると、日本の鵜飼の現場においてウ類を産卵させ、それを飼育し、鵜飼で利用したという事例はない。鵜匠たちは前例のない状況で鵜飼利用のウミウを育てているのである。今回の発表では鵜匠たちのウ類への働きかけをリバランスという概念で整理できることを明らかにした。そして、最後にマケドニア共和国における鵜飼い漁(カワウを利用することで魚を刺し網に追い込む漁法)について紹介し、日本や中国の鵜飼い漁との相違点や今後の研究の展開を説明した。