海外学術調査フォーラム

III 東アジア

座長窪田 順平(総合地球環境学研究所)
蓮井 和久(鹿児島大学大学院医歯学総合研究科)
情報提供講師福士 由紀(首都大学東京 都市教養学部)
タイトル「近現代中国における感染症の歴史研究」

 平成27年度海外学術調査フォーラム・地域別分科会「III 東アジア」には情報提供講師の福士由紀氏をはじめとする10名が参加した。

 まず福士氏が「近現代中国における感染症の歴史研究」と題して情報提供を行った。

 情報提供の前半部において、福士氏は、近現代中国における感染症や医療・公衆衛生のあり方の歴史的変化と、それにともなう社会変容に関する、これまでの研究内容を紹介した。1842年の南京条約によって開港地となった上海は、その後中国最大の貿易港となり、周辺諸省から人口が流入するとともに、外国租界が設けられた。国際的な貿易港となった上海では各種感染症の流行が問題となり、それらに対する対策は、地方当局のみならず、中央政府、さらには国際社会の関心を集めた。福士氏は、19世紀半ばから20世紀半ばにかけての上海における公衆衛生事業の展開を、近代的制度・技術・観念の導入と普及の過程、公衆衛生の制度化と社会管理という2つの側面に着目しながら解明し、その成果を著書『近代上海と公衆衛生:防疫の都市社会史』(御茶の水書房、2010年)にまとめており、その概要の解説がなされた。

 上海における公衆衛生というテーマに次いで福士氏が行ってきたのが、中華人民共和国成立後の中国農村における感染症対策に関する研究である。この研究は、アジア・モンスーン地域における環境変化の人々の健康への影響を検討することを目的とした総合地球環境学研究所「熱帯アジアの環境変化と感染症プロジェクト」(2008~2012年)の一環として実施されたもので、福士氏は雲南省における日本住血吸虫症対策についての調査を行った。本研究は、上海交通大学をはじめとする国内外の機関・団体との共同プロジェクトであり、雲南省における日本住血吸虫症の流行推移の歴史的展開、疾病認識、1950年代から1970年代にかけての対策史の解明をテーマとし、史資料分析、インタビュー調査、GISを用いて研究が行われた。

 情報提供の後半部において、福士氏は、これまでに実施してきた中国での資料調査・現地調査の手法等について紹介した。公共図書館、档案館の利用方法のほか、「熱帯アジアの環境変化と感染症プロジェクト」における上海交通大学等の協力を得て行った、地方档案、各種資料集、医案、地方志、著作物といった各種資料の調査について解説がなされた。

 質疑応答においては、資料収集などを海外の機関・団体に委託する場合の謝金の支払い方法・支給基準、フィールドワークを実施する際の行政機関との折衝方法、共同研究において収集した資料・データの公開方法、政治情勢の悪化がもたらす研究活動への影響などについて質問が寄せられ、福士氏と出席者との間で活発な議論が交わされた。


(報告:石川 博樹(AA研))