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    平成13年度研究連絡会(南・西・中央アジア・北アフリカ分科会)提供情報

    [情報提供者]杉本央 (大阪大学医学系研究科)

    破傷風という病気

     破傷風は破傷風菌と呼ばれる細菌が外傷によって傷ついた皮膚から侵入しておこる病気です。破傷風菌は嫌気性菌の一つで、酸素が周りにあると増えることができませんので、通常は芽胞と呼ばれる分裂しない特別な形で土や埃の中にひそんでいます。また皮膚の表面だとやはり酸素のために増えることができないので、皮膚の下のかなり深いところに入り込まないと病気を起こすことができません。つまり、深い傷の中に土や泥が入りこんだり木片や金属片が突き刺さったりすると感染の可能性が生れるのです。


    破傷風菌


     さて、傷から皮膚の下に侵入した破傷風菌は傷口が閉じるとともに増殖を始め、破傷風毒素と呼ばれる蛋白質を作ります。この蛋白質は大変強い致死活性を持っています。致死量は体重1キログラム当り約8ナノグラム、つまり1グラムで約200万人の大人を殺すことができます。治りかけた傷の奥で作られた破傷風毒素は運動神経線維を伝って中枢神経系(脊髄)に上っていきます。中枢神経系ではたくさんの神経細胞が互いに連絡をとりあって興奮の程度を調節しているのですが、破傷風毒素は興奮を抑える働きを止めてしまいます。つまり神経細胞が強く興奮したままになります。中枢神経系での神経細胞の興奮が筋肉に伝えられるので全身の筋肉が強く収縮したままになるのが破傷風という病気です。


    破傷風兵士の絵(クリミア戦争に従軍したSir Charles Bellによって描かれた。
    破傷風の症状を良く表している。


     体じゅうの筋肉という筋肉がこむら返りをおこすと考えていただければ想像できるはずです。そうなれば動くことも話すことも食べ足り飲んだりすることもできなくなります。もっと重大な事は息ができなることです。全身痙攣を起こしている患者をそのまま放置していると息ができずに死んでしまいます。そこで麻酔のときに使う神経筋遮断剤という薬をつかって、神経の興奮が筋肉に伝わらないようにするのですが、するとやはり呼吸ができなくなります。そこで人工呼吸装置をつかって機械的に呼吸をさせることになりますが、それが1ヶ月ときには数ヶ月間続くことになりますので途中でいろいろな合併症を起こす原因になります。つまり、破傷風は治療が非常に難しい病気であり、予防が一番大切であるといえます。

    破傷風の疫学

     破傷風の原因である破傷風菌は土や埃に混じって世界中のどこにでもいます。つまり破傷風菌に感染する機会は世界中どこに居ても大体同じぐらいと考えられます。破傷風による死亡数はアフリカ・南アジア・東アジア・中南米地域、すなわち開発途上国に多いのですが、これはこれらの地域で破傷風ワクチンの普及率が低いことと、発症後に有効な救命処置がとれる施設が不足していることが原因と考えられます。また牛などの家畜の糞にも破傷風菌が多量に混じっているので、家畜と共同生活をしている人達がこの地域に多いことも関係しているかもしれません。これらの地域では出産が医療機関で行なわれることより家庭で行なわれることが多いこと、および誕生後の宗教的儀式などによって、衛生管理が行き届かないことなどの結果、新生児の破傷風が成人に比べて非常に多い特徴があります。


    破傷風世界地図(1990年代にWHOへ報告された破傷風死亡者数を基に作製した。一部未報告の国や報告数が実数を反映していないと思われる国もある。


    わが国では1964年にジフテリア・百日咳・破傷風三種混合ワクチンが導入され、予防接種法に基づいて義務接種を受けているので30歳代より若い人達の大部分は高い抗体価を持っているので破傷風に罹る心配はほとんどありません。一方高齢者では事故等によって医療機関で破傷風トキソイドワクチンを接種したことのある人を除いて、抗体価が低い人が多いので破傷風に罹る可能性をもっています。欧米の先進国でもほぼわが国と同じ状態で、破傷風患者の大部分は高齢者です。



    WHOが発表した1999年の疾患別推定死亡者数


    Both sexes
    Number
    %
    Male
    Number
    %
    Female
    Nmber
    %
    Infectious and parasitic
    9986000
    17.84
    5178000
    17.76
    4809000
    17.94
    Tubercilosis
    1669000
    2.98
    1003000
    3.44
    666000
    2.48
    STDs excluding HIV
    178165
    0.32
    83458
    0.29
    94707
    0.35
    HIV/AIDS
    2673000
    4.78
    1302000
    4.47
    1371000
    5.11
    Diarrhoeal diseases
    2213080
    3.95
    1119481
    3.84
    1093599
    4.08
    Childhood diseases
    1553527
    2.78
    798225
    2.74
    755302
    2.82
        Pertussis
    294986
    0.53
    156775
    0.54
    138211
    0.52
        Poliomyelitis
    1710
    0.00
    657
    0.00
    1053
    0.00
        Diphtheria
    4415
    0.01
    2188
    0.01
    2227
    0.01
        Measles
    875209
    1.56
    450845
    1.55
    424364
    1.58
        Tetanus
    377210
    0.67
    187762
    0.64
    189448
    0.71
    Meningitis
    170832
    0.31
    89753
    0.31
    81079
    0.30
    Hepatitis
    123757
    0.22
    73943
    0.25
    49814
    0.19
    Malaria
    1085509
    1.94
    553316
    1.90
    532193
    1.99
    Tropical diseases
    170527
    0.30
    93687
    0.32
    76840
    0.29
    Leprosy
    3422
    0.01
    2191
    0.01
    1231
    0.00
    Dengue
    13135
    0.02
    6307
    0.02
    6828
    0.03
    Japanese encephalitis
    5677
    0.01
    2751
    0.01
    2926
    0.01
    Intestinal nematode infections
    15561
    0.03
    8167
    0.03
    7394
    0.03

    破傷風の予防

     破傷風は破傷風菌が作り出す毒素によっておこる病気ですから、破傷風毒素に対する抗体を持っていれば防ぐことができます。この毒素に対する抗体を作るための処置がワクチンの接種です。乳幼児期に三種混合ワクチンを接種しているかどうかは母子手帳に記録があるはずですので一度確認されておく方がよいでしょう。また極まれにワクチンを受けているにもかかわらず、毒素に対する抗体の量が少ない人がいますので、機会があれば自分の抗体価を測定してもらっておけばさらに安心です。40歳代から上の人たちは子供の頃にワクチンを受けている人はほとんどいないと考えられますので、機会を見つけてワクチン接種を受けておかれるべきです。1994年の予防接種法改正によって三種混合ワクチンの接種が集団義務接種から、勧奨個別接種になりました。国としては接種を勧奨するだけで良いとの判断を下していますが、私は全員ワクチン接種を受けるべきであると考えています。破傷風ワクチンの接種に伴う不都合としては、ときに接種部位が赤くはれて痛みを伴うことがありますが、命にかかわるような重篤なものはありません。しばらく痛くて腕を動かしにくいのはガマンして、破傷風に罹らないようにワクチンを接種されることをお勧めします。


    Last updated: 16 Aug, 2001
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