<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

つの坊

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

むかし、ある村のみすぼらしい家に夫婦が住んでいた。夫婦には娘がひとりいて、その娘をたいそうかわいがっていた。長いこと望んでいるのにまだ男の子が生まれないことだけがふたりの悩みだった。朝も晩もふたりはお祈りをし、男の子が授かるようにとお願いした。

二、三年するとついにその家族に男の子が生まれた。夫と妻は、はじめのうちはうれしがって自分たちの息子の誕生を喜んだ。ところが生まれた坊やの頭の上に、ちょうど水牛や牛によくあるようなつのが生えているのを見て悲しくなった。息子がほかの赤ちゃんにはないような変わったものをつけて生まれたばかりに、ふたりは隣近所や友だちにどんなに恥ずかしい思いをしたことだろう。

そこでふたりは、つのの生えた子どもを隣近所に絶対に気づかれないように川に投げ込んで片づけるにはどうしたらよいかと、いろいろ考えた。そして赤ちゃんをじゅうぶんに隠せる大きな箱を作った。そして卵を一個とお米を一升、中に入れた。ふたりは箱を閉じて川に投げ込んだ。箱は流れていった。

 赤ちゃんの姉にあたる娘は、自分の小さな弟が川に投げ込まれたのを見てとてもかわいそうに思った。娘は岸に沿って川の流れを追いかけ、流されていく箱についていった。小さな弟が川に沈んで死んでしまうのを放っておくことはできなかった。弟のはいっている箱が流れていく先、どこまでも岸に沿って追いかけていった。

しばらくすると箱の中から弟の泣き声が聞こえた。小さな弟がおなかをすかせているのだと思って姉は歌をうたって弟をなぐさめた「ああ、わたしのかわいそうな弟。ああ、つの坊、泣かないでね。おなかがすいたなら、お米をひと粒食べなさい。飢え死にしないように」。

二、三日たつと卵が箱の中でかえり、ピョピョ鳴く声が聞こえた。娘はその声を聞くとうたった「ああ、わたしのかわいそうな弟。つの坊、おなかがすいたのなら、お米をひと粒食べなさい。それからもうひと粒はひよこにおやり。飢え死にしないように」。川岸に沿って追いかけながら、娘は小さな弟をくり返しくり返し歌でなぐさめ、元気づけた。自分のことは全然気にとめなかった。娘の注意は全部、弟のつの坊に向けられていた。

何週間かたつと、水が箱を岸に押し上げた。娘は急いで駆けよって、箱をかわいたところまで引き上げて、ふたをあけた。そこからは丈夫そうな、体格のよい坊やが出てきた。坊やが外に出ると、りっぱなおんどりが後を追って出てきた。そしてふしぎなことに、坊やは生まれて数週間しかたっていないのに、もう笑ったり、走ったり、話したりすることができた。そのうえ、もっとふしぎなことに、頭の上に生えていた二本のつのはとれてしまっていて、もう影も形もなかった。坊やは今ではどこもほかの子どもと違ってはいなかったので、坊やの体がどんなにしっかりしていて美しいか、顔だちがやさしいかがわかった。

 さて、姉と弟は手に手をとって、もう大きくなったおんどりを連れて村へ向けて歩きだした。ある村の入口のところでふたりはその村の住人に声をかけられた「おい、子どもたちや、どこへ行くのかね」。

「この村で何か食べ物を分けてもらおうと思って」とふたりは答えた。「それじゃあ、おまえさんたちはこの村の習慣を知らないのだな。もしおまえさんたちがこの村にはいりたいのなら、ここの習慣に従わなくてはならんぞ」。「はい、わたしたちここの習慣に従うつもりです。どんなところにいるときでも天の神さまを信じてますもの」とふたりの子どもは答えた。

「それなら、よし」と村の住人は言った。そのうちにもう二、三人の村びとがこの新入りのまわりに集まってきた。時がたつにつれてふたりの子どものまわりにはますますたくさんの人が集まってきた。「おまえらはそのおんどりを、おれたちのおんどりと戦わせなければいかん」と今度はひとりが言った。「そうだ。そうだ。もしおまえらのおんどりが勝ったら村へはいることを許してやるし、おれたちが賭けた財産はみんなやろう」。

「いいよ」とふたりの子どもは答えた。「おまえらのおんどりが負けたら、おまえらはおれたちの奴隷になってもらわにゃならん」。ほかのひとりが言った。「それでもいいかい。もしそれがこわければ、この村へはいりたいという望みはあきらめるんだな」。「いいよ、わたしたちやります」。子どもたちはそう答えると、今度は村びとにきいた「あなた方は何を賭けるのですか」。

「もしおまえらのおんどりが勝てば、この村の住人の財産全部をおまえらに引き渡そう」。そしておんどりを戦わせた。つの坊のおんどりが勝った。村びとはふたりの子どもを村へ連れてはいり、ご馳走や飲み物でもてなして、たくさんの宝物を渡した。

つの坊と姉はたくさんの宝物を受け取って村から村へと旅を続けた。訪ねた先の村むらでふたりは自分たちのおんどりと村びとのおんどりを戦わせた。いつもふたりのおんどりが勝利をおさめた。そうするうちにふたりの子どもの財産はどんどんふえていった。

とうとうつの坊と姉はある大きな村に着いた。村の入口まで来るとふたりは腰をおろしてひと休みした。すると村の住人が二、三人近づいてきてたずねた「おまえらは何者だい。どこから来たんだね。両親はどこのだれだい。何をしにこの村に来たんだい」。

つの坊と姉は答えた「わたしたちは不幸せな子どもなんです。どこで生まれたのか、どこのだれが両親なのか知らないんですもの」。「おまえらそれでも人間なんだろうな。自分の生まれたところも両親も知らないとは、どういうことかね」。村びとはかさねてきいた。

姉はつけ加えて説明した「わたしたちは普通の人間です。ただどこで生まれたのか、だれが両親なのか知らないだけなんです」。「どうして知らないんだい」。「それはこういうわけなんです。まだわたしが小さかったころ、弟が生まれました。弟が生まれたとき、みんなはこの子の頭につのが二本生えているのを見つけました。それでこの子のことをつの坊と呼ぶんです。おとうさんとおかあさんはつのの生えた子がいるのを恥ずかしがって弟を川に捨ててしまいました。わたしは弟をあちこち追いかけて、とうとう助けることができました。ここにいるこの子がわたしの弟のつの坊です。つのはとっくのむかしにとれてしまってもうありません」。

娘のこの話を聞いた人びとは以前に起きたある事件のことを思い出した。前に、この村のひとりの女が頭につののあるふしぎな男の子を生んだのだ。両親はその奇妙な男の子のことを秘密にしておこうとして川に捨ててしまった。ところが秘密にしておこうとしたのにそのことはもう知れわたってしまっていた。この村びとたちもそのことを聞いて知っていた。なにしろこのふしぎな事件の知らせはすぐに広まったものだから。

つの坊と姉が生まれたのは、たぶんこの村だったのだ。ふたりは再び故郷にたどりついた。このふたりの到着の知らせは、つのの生えた子が生まれたというあのときよりも早く、すぐに村じゅうに広まった。苦境を脱してふたりは豊かに、りっぱになって帰ってきたのだ。

 そのときふたりの子どもの両親はまだ生きていた。そして子どもたちかものすごい財産を持って帰ってきたという知らせを聞くと、とても喜んで、ふたりに会うために急いでやってきた。けれども、子どもたちの前へ行っても、子どもたちが話を聞いてくれないのでがっかりしてしまった。

「わたしたちふたりにはおとうさんもおかあさんもありません」とつの坊の姉が答えた。「小さいときから、両親の愛なんかない遠いところで生きてきました。わたしたちの両親は、わたしたちがまだ小さかったころに死んでしまったんです。それからわたしたちはとても不幸せでした。あのときからもう両親はいないのです」。

何回か父親と母親はあのときの事情を説明して、やさしい言葉でなだめようとしたが、その苦労もむだだった。子どもたちは決してふたりを両親と認めようとはしなかった。父親と母親はとても悲しんだ。そしてまもなく悲しみと後悔に押しつぶされて病気になってしまい、長らえることができずに、ついに死んでしまった。

 けれど、つの坊と姉は平和に豊かに、その村で暮らした。

 


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