<スマトラの昔話> 次のお話

じゃこうじかと猿

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

猿を友だちにしているじゃこうじかがいて、お互いにずいぶん親しくしていた。二ひきはどこへ行くにもかならずいっしょだったし、なにをするにもカを合ゎせてやったものだ。

ある日、猿がじゃこうじかに言った「ぼくたちもいよいよ暮らしにくくなるような気がするね。ぼくたちがなにか食べていると、人間どもがぶっ殺そうとして、いつも追いかけてくるんだよ」。

「そりゃそうさ。だってぼくたちが食べるときといったらかならず人間の農園から失敬するんだもの」とじゃこうじかは答えた。

すると猿がこうきいた「それで、人間に殺されそうな恐ろしい思いをしないで安心して暮らしていくには、どうしたらいいものだろうね」。

「ぼくらの手で作れるものはなんでもぼくらで作ることさ。そして穀物を自分たちの農園から収穫するようになれば、ぼくらが人間どもに驚かされたり追いかけられたり、殺されたりってことはきっとなくなると思うよ」とじゃこうじかは答えた。

すると猿はこう言った「それがいい。さあ、仕事にとりかかろうよ。なにか植えるとしよう。だけどいったい何を植えたらいちばんいいだろうね」。

「最初はバナナの木をそれぞれ一木植えるのがいちばんいいな。バナナの木は植えるのにかんたんだし、育てるのもむずかしくないよ」と、じゃこうじかは答えた。

「そうだね、じゃ、はじめよう。ところで、ひとつ考えがあるんだけど。木は力を合わせていっしょに植えることにして、なった実も仲良く均等に分けて食べようよ。それがいちばんいいと思うよ」と猿が言った。

するとじゃこうじかはこう言った「もちろんさ、さあ、はじめよう」

 いよいよじゃこうじかと猿がバナナを植えはじめた。じゃこうじかが一本植え、猿もまた一本植えた。だけど、猿の植えた木にはひとつも実がならなかった。若葉が芽ばえるたびに猿が木に登って葉を食いちぎってしまっていたからだ。とうとう猿の植えた木は枯れてしまった。

ところがじゃこうじかが植えた木はというと、こちらは大きく伸びて葉が繁り、ついには実をならせた。いよいよ実が熟しはじめたころ、じゃこうじかは、あとでバナナをいれるかごを編んだ。

だけど、じゃこうじかは木登りができないので、バナナをもぎ取るのを手伝ってくれないか、あとで公平に分けるからといって、猿に木登りをたのんだ。じゃこうじかがかごをさし出して、これにもいだバナナを入れてくれとたのむと、猿はよしと言ってそれを受け取った。そしてそのかごをもって上へ登っていった。

 ところが、目の前に熟したバナナが鈴なりになっているのを見たとき、猿の頭にさもしい考えが浮かんだ。熟したバナナを一本一本もぎ取ってはそれを食べてしまって、かごには皮だけを残したのである。

そしてすっかり食べ尺くしてしまうと、木からおりてきてじゃこうじかに皮の入ったかごを渡した「これが君の分け前ね。もう上で公平に分けてきたよ。ぼくの分は上ですぐ食べてきちゃった。ここにあるのは全部君の分だよ」。

じゃこうじかはかごを受け取ったが、中にはバナナじゃなくバナナの皮ばかりはいっているのを知ると、かんかんになっておこった。そして怒りがつのるのをとめることができなかった。じゃこうじかはこんなにずるい猿と今まで親しくしていたことを悔やんだ。けれども猿に向かって思いっきり怒りを爆発させることができなかった。なにしろ猿はすばしこく木に登っていってしまったものだから。

 二、三週間して、じゃこうじかの植えたバナナの木の根から新しい若枝が伸びた。それを見るとじゃこうじかはたいそう喜んでこう思った「このまえは猿のやつにのせられちまって、ぼくは自分のバナナの木から一木も収穫できなかったけど、またこうして実がなりそうだ。これでこのまえ損した分もとりもどせるな。こんどは絶対にあのいまいましい猿のやつになんかだまされるものか」。猿がまた横取りする心配があったので、それからは夜も昼も目をこらして木を見張り、番をした。

 ある日、じゃこうじかのバナナが熟したころ、猿がやってきた。「なんの用で来たのさ?」 じゃこうじかが怒りに燃えてきいた。「君のバナナが熟しているのが見えたから」。猿はこう答えてしばらくバナナを眺めていたかと思うと、生つばを飲みこんだ。「ぼくのバナナが熟したって君なんかと関係ないぜ」。「君だってまだぼくたちのむかしの約束を覚えてるだろう、収穫を公平に半分にするって、あれ。それで、ぼくの分をもらいに来たんだ」。「いやだよ、ぼく君になんか一本だって渡すもんか。君あのときぼくをだましたじゃない。バナナをすっかり食べちまって、ぼくには皮だけだった。ぼくは、ほんのちょっぴりだって君にやらないよ」と、じゃこうじかはうなり声をあげて言った。

「つまりあのときのことをまだ根にもっているってことだな」。猿はがっかりしながらこう言った。「もちろんさ、生涯忘れるものか」。「それじゃあ、ごめんって、あやまったら?」  「いやだ、ぼくは許さない」。「じゃあ、全然、ちょっぴりでもやっぱりくれない?」 猿はお情を乞うばかりにこうたずねた。「ああ、たとえどうあっても、君には何もやらないつもりだ」。じゃこうじかが断固として言った。「それなら、もうすっかりわかったさ、ぼくはすぐおいとまするよ」。猿はがっかりしたようすでそう言った。

ところが、このとき急にある考えが浮かんできて、猿はその場をたち去りながらこう言った「会わない間に君はきっと木登りを習って、もう登れるようになったんだね。それならそれでもう問題はないわけだ。さあ、自分の木に登るといい。ぼくはこれ以上君をわずらわせないよ。さよなら、せいぜい収穫を楽しんでくれたまえ」。

「おい、ちょっと待ってくれよ」とじゃこうじかが叫んだ。猿に手伝ってもらわなけりゃ、木に登れないし、バナナをもぎ取れないのを思いだしたのだ。「なに、ぼくのこと引き止めるのかい? だって君、ぼくには何もくれないって言ったじゃないか、なんでぼくを引き止めるのさ、君の木登りの腕を見て、君がバナナを全部食べちまうのを眺めていろっていうの?」

 「そんなこと言うなよ。木に登ってもらって、バナナをもぎ取るのを手伝ってもらいたいのさ。だってぼく木登りなんかできないもの」。「ああ、いやだね、やらないよ、なんにもくれないんだろ」。「それじゃあ、君にも分けてあげる」とじゃこうじかは言った。実際のところ猿をバナナの木に登らせることは、危険だったし心配だった。だけど、自分で木に登れないのだからいったいどうしたらいいんだろう。猿にたのむよりほかに方法はなかった。

 「手伝ってくれよ。バナナの木に登ってくれよ。あとで半分あげるからさ」。じゃこうじかはそう言いながらかごを猿に渡した。猿はそれを手にして登りはじめた。上まで登ると、熟したバナナが鈴なりになっているのを目の前に見て、猿の頭にまた例のさもしい考えが浮かんだ。そしてバナナを一本一本もぎ取っては皮をむいて食べはじめた。じゃこうじかはそれを見て腹を立てた。これをそのまま許していたら、きっとまた一本もバナナにありつくことができなかったろう。

ところが、卑劣な猿のうらをかく名案かうかんだ。そして、じゃこうじかは猿の悪口を言ってののしりだした。「おーい、猿くん、君の頭にはバナナを食べることだけしかないんだ。ぼくはもう前から知っていたさ、君が大食いで欲張りでわがままだってこと。ぼくは君の大食いを知ってたから、登らせてやったんだぞ。君はずるいよ、さもしいよ、ぼくはきっと分け前をもらえないだろうね、卑しい奴、この悪党め」。

猿はこの悪口やののしりを耳にすると、かんかんになっておこった。そしてまずじゃこうじかめがけてバナナの皮を投げつけてきた。じゃこうじかは皮を投げつけられてもあざ笑っているだけで、悪口を言い続け、ののしることもやめなかった。すると猿はますますかんかんにおこりだして、じゃこうじかめがけてたて続けに投げはじめた。

そのうちに猿はすっかり頭にきて、皮ばかりでなくバナナをまるごと投げつけてくるようになった。じゃこうじかは投げつけられてもあいかわらずあざ笑っているだけで、いよいよさかんにののしり、悪口を言い、そうしながらバナナを一本一本拾いあげては食べた。とうとうバナナは一本もなくなった。猿がすっかりもぎ取って、じゃこうじかに投げてしまったのだ。

こうして、じゃこうじかは猿の裏切りの仕返しに成功した。猿のほうは、バナナの大部分をじゃこうじかめがけて投げつけてしまったので、ほとんど食べられなかった。バナナがすっかりなくなってしまったとき、猿は今度は自分がだまされたことに気づいた。それで恥ずかしくなり、そこから逃げ出した。それからというもの、猿とじゃこうじかはもう友だちではなくなった。

 


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