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マンガラン・グリン・ベク

テキスト提供:山川るみさん

 

ひどく暑い日のことです。木も草も燃えあがるような炎天にたまりかねて、村びとたちは、あるものは木陰に、あるものは水辺にと、ほんの少しでもすずしい場所を探して歩きました。

ある村の男が、やはり暑さにたえかねて、息子を連れて水浴びに行きました。透きとおってつめたい流れにほてった体をひたし、水玉をきらきらはねかえしてむちゅうで戯れていたので、幼い子供をさらって行くといわれている魔もの、マンガラン・グリン・ベクが物かげからねらっていることには少しも気づきませんでした。魔ものは、川の中の親子にそっと忍びより、その子供を引きさらうが早いか、森の奥の住み家をさして、逃げ出しました。驚いたのは父親です。怒った父親は、手ばやく着物を身につけると、魔ものを追って走りました。ようよう追いついて、魔もののソデをつかまえた父親は、また、びっくりさせられました。マンガラン・グリン・ベクは、あわてたようすもなく、しゃあしゃあというではありませんか。

「どうして、この子があなたの子だといえるのですか。これは、私の子供ですよ。人の子を、自分の子だなんていうと、今にバチがあたりますからね。」

「違う!この子は私の子だ。お前は人さらいのバケモノじゃないか。」父親はあきれて叫びました。魔ものはすまして答えます。

「なにをいうのです。なんといわれようと、この子は渡せませんよ。どうしてもというなら、確かな証拠をお見せなさい。」

父親は、魔ものをなぐろうとしてウデを振りあげましたが、争いごとを見てかけつけて来た村びとたちに引き止められてしまいました。ところが、争っている二人が、どこからどこまであまりそっくりなので、村びとたちは驚いてしまいました。さらわれた当の子供でさえ、どちらが本当の父親なのか見分けがつかないのです。悪がしこい魔ものは姿を変えていたのでした。

「これは私の子だ!」

「いいかげんなことをいうな。」

村びとたちは困り果て、とうとう王様にお願いしようと相談がまとまりました。王様ならば、この難題も解決してくださるに違いない。マンガラン・グリン・ベクも、人々の取り決めにさからうわけにはいきません。

さて、顔も姿もまったく同じ二人の男が、一人の子供をあいだにして、どちらも自分の子であると主張するのですから、王様でさえ、ほとほと困ってしまいました。そこで、国中のすべての部族から長老を集め、裁きをつけることになりました。きめられた日がきて、長老たちが集まってくると、子供をさらわれた父親は、しきたりに従って、めいめいにカプールとシリをささげ、その後で、事件のいちぶしじゅうを話しました。

そのあいだに、王さまは、家来に命じて、二人の男には知られないように、子供を大きなタイコの中に入れておいたのです。そして、父親を呼び、そのタイコを遠くに見える丘までかついで行き、ふたたびもとの場所へ持ってもどるようにいいつけました。なんのことやらわからぬままに、父親は重いタイコを肩にして、王様のいいつけどうりに丘を目ざして歩いて行きました。

「なんて重いタイコだろう。いやいや、しかしこれで息子をあの魔ものから取りもどせるなら、ちっとも苦にならないぞ。」

その声は、タイコの中の子供の耳に届きました。やがて父親は、滝のように汗を流しながらもどってきて、タイコをおろしました。こんどは、マンガラン・グリン・ベクの番です。

「ばかばかしく重いタイコだ。村びとたちがおおぜい見ているのでどうすることもできなかったが、なんの因果でこんな重いものをかつがにゃならないんだ。しかし、あのまぬけな父親にせっかくつかまえた子供を取り返されるわけにはいかないからな。」

これもまた、タイコの中の子供にすっかり聞こえてしまいました。やがて、マンガラン・グリン・ベクが汗びっしょりになってもどってくると、王さまは、二人を別の部屋に連れて行かせておいて、タイコの中から子供を出しました。そして、道中、二人の男がどんなことをいったかをたずねました。子供は、聞いたことをすっかり話したので、二人のうちのどちらが人さらいのマンガラン・グリン・ベクであるのかが、今は明白になりました。さて、王様は、待たせておいた二人を呼び出して、もう一度、試験をするといいわたし、一本の吹矢の筒をゆびさして、なんとかくふうして、この筒の中へからだを入れてみるように命じました。

「王様、長老様がた、普通の人間には、そんなこととてもできるものではありません。本気でそんなことをお命じになっているならしかたありません。この身を切り裂かれるような思いだけれど、息子のことは諦めましょう。だが、こんな裁きはムチャクチャだ。」

マンガラン・グリン・ベクはこ踊りして叫びました。

「皆様がた、このばかな男が今わめいたことをお聞きでしたね。この裁判にけちをつけたりして。それでは、私がいまからお裁きの正しさを証拠立てて、お目にかけましょう。」

そういうと、小さなハチに姿を変えて、筒の奥深くへもぐり込んでいきました。その時、王様は、家来に命じ、す早く筒の両はしにセンをさせました。マンガラン・グリン・ベクは、こうして、とうとう筒の中に閉じ込められ、賢い王様のおかげで、子供はぶじに父親の手もとにもどされたということです。

 


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