<スマトラの昔話> 前のお話 次のお話

りこうなオウム

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

アチェというところにムスキンという名の若者がおりました。ある日、彼は森へたき木をとりに行きました。そこで一本の木にたくさんの鳥の巣があるのを見つけました。よく見ますとそれはオウムの巣だということがわかりました。「ははあ、これはいいや。この鳥をぜんぶつかまえれば、いい値で売れる。その金でおふくろに着る物やシリやビンロウジュを買ってやれるぞ。」と思いました。

つぎの日、ムスキンはとりもちを持って、また森へ出かけました。例の木のところに着くと彼はすぐその木に登り、とりもちを巣のひとつひとつに置きました。そして心もうきうきと家にもどりました。「ああ、あしたはあの鳥がぜんぶおれのものになるんだなあ」ムスキンはそう思いました。

さて、ひるま食べものを探しに遠くまで行っていたオウムたちはどうしたでしょう。夜になると鳥たちはすみかに帰ってきました。それぞれ自分の巣にもどりましたが、美しい鳥たちは目をパチクリさせました。なにかがからだにくっついたのです。一羽がいいました。「ねえ、みんな、なにかからだにくっつかない?」

「ええ、そうなのよ。なんだか動けないのよ」ともう一羽がいいました。

「ぼくもなんだ」とまたべつな一羽がいいました。

王様オウムがいいました。「諸君、われわれは人間のワナにかかったのだ。ひるま人間がここにやってきて、われわれをつかまえようとした。だから巣にとりもちが置いてあるのだ。そうすればかんたんにわれわれをいけ捕りにできるからな。だが諸君、心配しなくてよい。わしにいい考えがあるんだ。聞きたまえ。明日の朝とりもちをしかけた人間がやってきたら、われわれはみんな死んだふりをするんだ。じっと声をたてずに動かないでいる。そうすればわれわれがほんとうに死んでいると思って、人間はわれわれを下へ放り投げる。それでだ、諸君はそれぞれ、九十九羽が放り落されるのを数えてから、いっせいに飛び立つんだ。わかったかな、諸君。」

「はい、わかりました。」オウムたちは答えました。

翌日ムスキンはやっぱりやってきました。ぜんぶの鳥をもうつかまえたかのように胸をときめかせて。彼は木に登りました、がそこに見たものはなんだったでしょう。鳥はみんな死んでいるではありませんか。身動きすらしません。ムスキンの悔しがること。うらめしい気持で鳥を地面に放り投げました。王様オウムは巣が一番上にあるので、一番さいごにムスキンの手にかかりました。さきに地面に落されていたオウムたちは王様オウムが落ちたのかと思い、すぐに空へ飛び立ちました。

まもなく王様オウムがまだ巣にいることを知って鳥たちは驚きましたがもうあとのまつりです。ムスキンのほうは死んだと思っていた鳥がいっせいに飛び立ったのでびっくりしてしまいました。ははあ、鳥のやつだましたな、と気づきました。ムスキンは腹がたちました。「もう二度とだまされないぞ」とぶつぶついいました。彼はあちこち見わたすと、「あれ、まだ一羽残っているぞ。お前は逃がすもんか」といいました。

彼はまたうれしくなって王様オウムの巣にちか寄りました。「うわあ、きれいだなあ。これは王様らしいぞ。」

「もうお前を手放すもんか、持って帰っておふくろに焼いてもらおう」と彼は王様オウムにいいました。王様オウムはすっかり恐ろしくなりました。ああ、これで運命がつきるとは、人間にしめ殺されてしまうなんて。イヤだ、イヤだ、死にたくない。オウムはバタバタしましたが、からだにくっついたとりもちははがれません。「なんということだ」と嘆くのでした。オウムはぐったりしました。もうどうしようもありません。ムスキンに捕えられ、持ち帰られることになりました。

とちゅう、王様オウムはやさしい声でムスキンに話しかけました。「あなた、私を殺さないでください。私を飼いなさい。そうすればいいことがたんとありますよ。幸せにもなれます。」

「それは本当か?」ムスキンは聞き返しました。

「私はあなたをだましたりしませんよ。」王様オウムは答えました。ムスキンは信じました。

家に着くとオウムは緑と黄色に美しいカゴに入れられました。すると王様オウムの召使いたちがどこからともなく飛んできて、ムスキンの家の屋根にとまりました。王様オウムはたいそう美しかったので、たちまちその美しさは国中に知れわたりました。何百人、いや何千人もの人が王様オウムを見にムスキンの家にやってきました。

王様オウムは美しいばかりか、きれいな声で上手に鳴くのでした。その声を聞いたものはみなオウムを好きになってしまいました。毎日あちこちからオウムを見にやってくるのです。彼らはおいしい食べ物をもってきたり、お金を持ってきたり、すばらしいきるものを持ってくるものさえいました。もちろんそのぜんぶが王様オウムのものになったのではありません。大部分ムスキンのものになったのです。あっというまにムスキンは金持になってしまいました。

その国に王様がおりました。王もまた美しくじょうずに歌をうたうオウムのことを聞きました。王は召使をムスキンの家に行かせ、ムスキンに鳥を持って宮殿に来るように命じました。そしてムスキンは念入りに身なりを整え、鳥をきれいなカゴに入れ宮殿に向かいました。

宮殿に着くと王は鳥を鳴かせるよう命じました。王様オウムはきれいな声で鳴きました。高く低く、やさしく波うつように、時にはかすかにそよ風のように鳴くかと思うとまた激しく強く、美しい笛のねのように鳴くのでした。王様はじめ聞いたものはみなうっとり幸福を感じるのです。このように美しい鳴き声を聞いたことはありませんでした。

聞き終ると王様はムスキンにオウムを売ってくれいいました。ムスキンが当惑していますと、オウムが話しかけました。「あなた、私を王様に売りなさい。けして損はありませんよ。むしろもっと金持になるでしょう。」ムスキンはオウムのことばに従って、王様に千ルピアで売りました。彼はその大金と王様からもらったほうびの品を持って村に帰りました。それからというものますます運が向いて、彼は大金持ちになりました。

さて王様オウムは宮殿で楽しく暮しました。鳥カゴは金で作られ、おいしい食べ物がたくさん与えられ、ようするになにもかもすばらしいものでした。とはいえオウムは仲間のところへもどりたくてたまりませんでした。オウムは鳥カゴからぬけ出す方法をあれこれ考えました。

そしてある日、前のように死んだふりをして、じっと動かずにいました。王様は鳥が死んだことを知るとたいそう悲しみました。涙をこぼしてながいこと鳥をみていました。「ああ、もう美しいお前の歌が聞けなくなってしまった、」と王様はがっかりしてつぶやきました。愛する友を失ったように思いました。でもなにをいっても神のさだめ、しかたがありません。王様は死んだ鳥をてあつく葬るよう召使に命じました。

召使はオウムを花がいっぱい咲いているところへ持って行き、そこに埋めようとしました。ところがオウムは召使が自分を地面に置いて、穴を掘り出すや、大空めがけて飛び立ちました。

こうしてオウムは賢かったためにふたたび自由を得ました。

 


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