<スラウェシの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木わしにはわかっているという学問

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

  
 ある国に兄弟の王子がいた。王子たちの父親である老いたる王がちょうど亡くなった。

新しい王として国民は、広い心をもって政治のしかたを心得ている兄の王子を選んだ。王はすでに大臣や顧問官よりも多くの知識と知恵をもっていたけれども、それでも新しい王はなお自分の知恵に満足していなかった。

それで王はある有名なイスラム教の学者であるウラマのところへ行き、もっと知識と知恵を得たいと思った。けれどもこのウラマは王さまが知恵と理性をそなえた人間であること、そしてすでにじゅうぶんな知識と知恵と統治力をそなえていることを知っていた。

王がこう言った「わたしはあなたのもとで学びたい、パク・ウラマよ!」 「王さま、どのような学問を学びたいとおっしゃるのですか?」「あなたが知っておられるすべての学問を知りたいのです、ウラマよ」。

するとウラマは自分の知っている学問はもう王はすべて知っていると言った。けれどもそれでも王はウラマの言うことを信じないで教えてくれとせきたてた。それでしまいにウラマはまだ残っているただひとつの学問はひとつの文からなっている、つまり「わしにはわかっている」。この言葉を王さまはしっかり頭のなかに入れておいて、いつか困難な立場になったときに使わなければいけないと言った。

 王さまの弟は兄が支配者になったので、たいへんねたんでいた。弟の心のなかには兄を殺し、自分が王にとってかわろうという計画がうまれた。そこで弟は宮廷理髪師のところへ行って、ふたりで、王さまの髪をかるときに殺す悪い計画をねった。弟は床屋にこう言った「あさって王さまが髪をかりに来たら首を切るのだ。そうしたらおれはおまえを顧問官にしてやろう。なにしろおれが王さまになるのはもうきまっているのだから」

 ついに王さまが、弟とともに王さまを殺す計画をねったその床屋へ髪をからせにやってきた。床屋は計画どおり実行しようとした。ひそかにはじめから用意しておいた刀に手をのばそうとした。けれども王さまは自分の前にある鏡でそれを見ることができた。とっさに王さまはあのウラマからおそわった学間のことを思い出し、こう言った「わしにはわかっている。わしにはわかっている。わしにはわかっている」。

床屋は王さまのこの言葉を聞くと、すっかりおそれをなした。なにしろ王さまが自分の秘密を見すかしているように思えたからである。そしてすっかり降参して言った「お恵みをたれたまえ、王さま。お恵みをたれたまえ、王さま」。

それから王さまの弟が企てた卑劣な計画のことを全部話して聞かせた。王さまは弟を法に従って処刑し、この床屋を牢屋にぶちこんだ。

 


前のお話  ▲トップ▲   次のお話