<スラウェシの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木ポロパダン

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

 
 むかし、あるところにポロパダンという名の男が暮らしていた。あるときとうもろこし畑をあっちこっち歩いていると、まっ白な汚れない体をした美しい女が立っているのが見えた。

この女は虹をはしごにしてちょうど今、天から降りてきたところだった。その名はデアタナといった。ポロパダンはデアタナがそうやってとうもろこし畑に立っているのを見ると、後をつけていってしっかり捕まえた。

デアタナはこわがってこう叫んだ「地上の住人よ。わたしに何をするのですか。わたしは天の人間なのよ!」

ポロパダンはすっかりのぼせあがってこう答えた「あんたはたいへん美しいので、あんたをぼくの女房にしようと思うんだ」。

けれどもデアタナはこう答えた「わたしはなりません。なぜならわたしは女神であり、あなたはただの人間ではありませんか」。

けれどもポロパダンはこの女を放そうとしなかった。女はポロパダンに長いこと放してくれとたのみ、おだてたりしたがどうしても放してもらえないので、しまいにこう言った「よろしい、ではあんたの妻になりましょう。けれどもあんたは決してきたならしい言葉は使わないという約束をしてくれなければいけません」。

ポロパダンはまだ前後の見さかいもなくほれこんでいたので、それを約束し、もし自分がきたならしい言葉を使うようなことがあったら、デアタナは自分を捨てていってもいいと言った。

 デアタナはポロパダンのこの約束を聞くと男についてその家へ行った。そしてふたりは夫婦になった。しばらくしてデアタナが男の子を生み、パイルナンと名をつけた。

 男の子が大きくなると、父親は黄金でできたこまを買ってやった。ある日のことパイルナンがそのこまで夢中になって遊んでいるとき、強くまわっているこまが突然父親のひざに命中してしまった。父親ははげしい痛さのために約束を忘れ、思わず「ボンドク、ディボヨン」と言ってしまった。これはトラジャ族(注)の人びとにとってたいへん悪い言葉だった。

デアタナは女の耳にはたいへんきたなく聞こえるこの言葉を聞くと、すぐに息子を呼びよせてこう言った「息子よ、おまえの父親はきたない言葉を使いました。だからわたしたちは今、この家とこの世を去りましょう」。デアタナがこう言うとすぐに虹ができて、デアタナはパイルナンを背中に負って、天へ昇っていった。

ポロパダンは急いで女房の後を追い、自分も後からのぼっていこうとしたが、地上へ落ちてしまった。ポロパダンはたいへん悲しかった。その後悔のつらさは口に言えないほどだった。あらゆる方法で女房と子どもに会おうとしたが、いずれも失敗した。ポロパダンの目はたえず天を見つめているために、しだいに白くなっていくばかりだった。それほど見つめていてもデアタナと息子の姿は見えなかった。ポロパダンは女房と息子が、どこかの雲のかげに隠れていて、また降りてくるのではないかと思ってよく気をつけていたが、だれも降りてはこなかった。

 ポロパダンは別の方法を考えた。天の端をつたって昇っていけば昇れるだろうと思ったけれども、やはり失敗した。海岸まで着いたがそれ以上先へは進めなかった。それでポロパダンは海岸に腰をおろし、悲しくなって泣いていた。

そうやって泣いているとテドン・ブランという名まえの白い水牛がやってきた。たった今、森の中で狩人たちに命中させられた竹やりがまだ肩にささっていた。水牛はポロパダンにきいた「なぜあなたは泣いているのか?」

 ポロパダンはこう答えた「わたしは天に住んでいる女房と子どもを訪ねたいのだが天の端まで行かれないのだ」。

「もしあなたがわたしの背中からこの竹やりを引きぬいてくれたら、あなたをそこへ連れていってあげよう」。

 「よろしい」とポロパダンは答えてそのやりをテドン・ブランの肩から引きぬいてやった。それからこういう取り決めをした。ポロパダンとその子孫はこれ以後決して白い水牛の肉を食べてはいけない。もし食べるものがいたら、そのものは疥癬を病むことになるであろう。
 (そのとき以来、トラジャの人びとは白い水牛の肉を食べなくなった。そしてそれは今でも禁じられている。)

 ポロパダンはその水牛に天のふもとまで連れていってもらった。けれどもポロパダンはまた泣きはじめた。なにしろ天のこの険しい高い絶壁を登ることはとうていできなかったので。

ポロパダンがそこに悲しく座りこんでいると、太陽が昇ってきた。そしてポロパダンにこうたずねた「おまえはなぜ泣いているのだね?」

 ポロパダンはこう答えた「わたしは女房と子どもたちが今、天に住んでいるので迎えにきたのです。わたしは女房と子どもを地上へ連れ帰りたいのですが、ここの天へ昇る絶壁を登れないでいるのです」。

太陽が言った「わたしはおまえを助けてやりたいが、わたしは熱すぎる。おまえが近くへ来たらわたしはおまえを焼いてしまうだろう。じきにわたしの弟である月が昇ってくるから、そうしたら月がおまえを助けて天へ連れていってくれるだろう」。

太陽が行ってしまうとポロパダンは泣いた。月がやってきた。「人間よ、おまえはなぜ泣いているのかね?」

 「わたしは天に住んでいる女房と子どもを捜しにきました。けれども天へ昇ることができないのです」。月は気の毒に思ってポロパダンを天へ連れていってくれた。

 天に着くとポロパダンはある泉のわきに腰をおろした。するとまもなくひとりの召し使いが水くみにやってきた。ポロパダンがきいた「若者よ、君はだれのために水をとりにきたのだ?」

 すると召し使いはこう答えた「デアタナとその子どものためです」。するとポロパダンがこうきいた「わたしに水を一杯飲ませてくれないか」。「いいですよ」。

ポロパダンは水を飲んでいる間に、召し使いに気づかれないようにこっそり、息子のむかしの遊び道具だったこまをその竹の水おけの中へ落とした。召し使いがうちへもどってパイルナンの水浴のためにおけをあけると、突然黄金のこまがころがり出てきた。すると子どもがこう叫んだ「ぼくのこまだ、ぼくのこまだ!」

 すると母親がこう言った「そんなはずはないわ。わたしたちが地上を離れてここへ来たときにあなたはそのこまを地上に置き忘れて、持ってこなかったじゃないの」

そしてデアタナはそのこまをくわしく調べてみてはじめて、それが本当に地上に置いてきた子どものこまであることがわかった。そこで水をくんできた召し使いを呼びだして泉のところでだれかに会ったのかとたずねた。

召し使いは泉のところで起きたことをすべて話して聞かせた。「それはきっとポロパダンだわ。地上からここへ昇ってきたのだわ」とデアタナは心のなかで思った。

 つぎの朝、ボロパダンは女房の家へ行った。女房の召し使いたちがたずねた「なんのご用ですか」。「わたしは女房と息子のパイルナンを連れ帰りたいのです」。召し使いたちはうちの中へはいっていって、デアタナを隠してこう言った「あなたの奥方とお子さんに再会するためにはひとつの条件があります。それはあなたが今日必要な水をざるにくんで持ってこなければならないのです」。

ポロパダンはざるで水をくんでこようとしたが、それはとてもできることではなかった。まずざるに水をいっぱいにして、急いで引き上げてみても、上へ上げるまでにはざるはまたからっぽになってしまっていた。それでポロパダンはある小さな川岸へ行って、そこで泣いていた。すると突然うなぎが水の中から顔を出してこうたずねた「なぜ泣いているのですか?」

 ポロパダンが答えた「わたしはこのざるに水をくんで持ってこいと言われたんだ。けれどざるを水から上げるともうからっぽになっているんだ。だがこれがうまくできなければ、わたしは女房と子どもを失うことになるのだ」。うなぎはポロパダンのことが気の毒になった。それでざるの中にすべりこんで、ぐるぐるとぐろを巻き、うねってまわった。それでしまいにはざるの目がすべてうなぎの皮の粘液でつまってしまった。(語り手が説明したところでは、このとき以来トラジャ族のいくつかの村では、うなぎを捕まえてその肉を食べることが今でも禁じられている。)

ポロパダンは水をくみに行ってざるに水を入れて、女房のうちへ持っていった。それからまた女房と子どもを返してくれとたのんだがデアタナの召し使いたちはこう言った「あなたが泉の水を家の前の庭までひくことができたら、奥方とお子さんをとりもどすことができるでしょう」。

ポロパダンはみぞを掘りはじめた。けれどもこの仕事はとてもできるものではなかった。それで腰をおろして泣きはじめた。ちょうどそこを通りかかったかにが、人間が泣いているのを見てこうたずねた「人間さん、なぜ泣いているの?」

 ポロパダンは自分が今ぶつかっているむずかしいことと、自分の悲しみを話して聞かせた。かにはすっかり同情して力になってあげようと約束してくれた。その晩のあいだにかにと仲間は一生けんめい働いて、泉からデアタナの庭まで水道を掘ってくれた。

翌朝、人びとはその泉から家まで小さな川が流れているのを見てびっくりしてしまった。けれども、それでもまだポロパダンに女房と子どもを会わせることを許しはしなかった。人びとはポロパダンの愛がどれほど強いか試してみようと思ったのだ。人びとはポロパダンにとうもろこしの茎で作った四つのざるにとうもろこしをひと粒ずつ拾っていっぽいにしなさいと言った。

ポロパダンは苦労してとうもろこしをひと粒、ひと粒集めてみたが、また悲しくなって泣きだした。幸いなことにねずみの大群が通りかかって、またたくまに四つのざるをいっぱいにしてくれた。

けれども人びとはポロパダンに女房と子どもを返してくれようとはしなかった。ポロパダンが畑一面の山いもを全部食べてしまったら、そのねがいをかなえてやろうというのだった。ポロパダンは山いもを食べようとしてみた。けれども全部食べることはとてもできないことだった。それですっかり絶望して泣きはじめた。そうやってポロパダンが泣いているといのししの群れが森から出てきた。そしてポロパダンを助けて畑じゅうの山いもをたいらげてくれた。

 さいごにもう一度、ポロパグンは試された。その晩、村じゆうの人たちが男も女も子どもたちもみないっしょになってデアタナの大きな家に集まった。このたくさんの人のなかからポロパダンは自分の女房を捜しなさいといわれた。しかも一度で見つけなければいけないのだった。もしまちがえて別なひとをつかまえたら、手ぶらで地上へ帰らされることになった。女房を見分けることはとてもむずかしかった。なにしろ家の中はとても暗かったので。

悲しく、そしてもの思いにしずんでポロパダンは家の前に腰をおろして泣いていた。するとねことほたるがポロパダンの泣くのを見て助けてくれると言いだした。このねこはデアタナのことを知っていて、ポロパダンの女房を捜してニャオと泣きながらその女房の前に座ると約束してくれた。それからほたるはデアタナの結った髪のなかにとまるといってくれた。ポロパダンは暗い家の中でほたるが飛ぶあとをどこまでもついていった。ねこがその女房の前に座りこんでニャオとなき、ほたるがその婦人の髪のなかにとまると、ポロパダンはこれが自分の女房だということがわかった。

そしてその女を抱きしめてこう叫んだ「わが妻デアタナよ、わが妻よ!」 すると人びとはみないちどきに叫び声をあげた「ランプをつけて正しく選んだかどうかみようじゃないか!」家じゅうが明るくなってみるとポロパタンはまちがいなく自分の女房を腕に抱いていた。それでポロパダンはやっとデアタナを正式に自分の妻とした。天の人びとももはやさからうことはできなかった。

 ポロパタンとデアタナと息子のパイルナンは三人そろって地上にもどり、美しいトラジャ・サダン族の国でいつまでも幸せに暮らした。

 

 注 「トラジャ族」 スラウェシの一種族。

 


前のお話  ▲トップ▲   次のお話