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ヤシの木ひとりっ子のおとぎ話

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

   
 昔むかし、あるところに夫と妻がいて、ふたりの間に息子が生まれた。たったひとりの子どもだったので、夫婦はこの子にアナク・トゥンガル、つまりひとりっ子という名まえをつけた。子どもが大きくなったころ、両親が死んでしまい、子どもはたったひとりこの世に残された。

 ある日のこと、アナク・トゥンガルは仲間といっしょに水牛の放牧に出かけた。おひるごろ、水牛の放牧をしている山の斜面からあまり遠くない谷を流れている川で水浴びをはじめた。

友人たちは川の深いところまで泳いでいったが、ひとりっ子は川のまんなかへは行かず、川っぷちでパチャパチャと水浴びをして草にしっかりつかまっていた。それで子どもたちがこう言った「おいでよ、みんなでひとりっ子をもぐらせてやろう!」

 子どもたちはひとりっ子を川のまんなかへひっぱていこうとしたが、ひとりっ子はこわがって、草にしっかりつかまった。けれどもしまいに草が抜け、ひとりっ子はつかまるものがなくなって、子どもたちに川のまんなかの、流れがつよいところへひっぱっていかれてしまった。

ひとりっ子は抜けた草のかたまりを手に握ったまま、流されていった。やがてひとりっ子は流れの強いうずのなかにひきこまれ深みへはいってしまった。そして川の底にあった穴にはいり、やがて突然ある家の井戸の中に浮かびあがった。

ひとりっ子はこの井戸の中でいつまでも遊んでいたので、井戸の水がにごってきた。この井戸の持ち主が水をくみに来て井戸水がすっかりにごっているのに気がついた。「おまえはだれの子どもだ? 見ろ、うちの井戸水がにごってしまったじゃないか!」とその男は言った。

ひとりっ子が答えた「ぼくはさっき友だちに川の中へもぐらされて、川の流れにさらわれてしまったんです」。井戸の持ち主には子どもがなかったので、このひとりっ子を家へ連れ帰り、食べ物を与えてよくめんどうをみてやった。

ひとりっ子は大きくなると養父の命令で水牛の放牧に出かけた。子どもは毎日三度の食事をもらった。もうひとりで水牛の放牧ができるようになった。

 ある日のこと、ひとりっ子が友人たちといっしょに市場へ行くことになった。それで養父に小銭を三文くださいと言った。養父はこうきいた「おまえは金をもっていってどうするのだ?」 ひとりっ子は答えた「市場へ行こうと思うんです」。

市場へ行ってみると、人びとが蛇を一ぴき殺そうとしているのに出くわした。これを見てひとりっ子が叫んだ「その蛇を殺すのはやめてくれ! ぼくにこの小銭三文で蛇を売ってくれないか!」

 人びとは蛇を売ってくれた。ひとりっ子はその蛇をうちへ持って帰り、家畜小屋の中へ置いてやった。

その後また市場へ行くときに、養父から小銭三文をもらって行った。市場へ行くと人びとが犬を一ぴき殺そうとしているのに出くわした。ひとりっ子は叫んだ「その犬を殺すのはやめてくれ! ぼくに小銭三文でその犬を売ってくれないか!」

 人びとはその犬を三文で売ってくれた。それでひとりっ子は犬をうちへ連れて帰った。

それからまたしばらくしてひとりっ子は小銭三文を持って市場へ行った。市場では人びとがねずみを一ぴき殺そうとしているのに出くわした。「そのねずみを殺すのはやめてくれ! そのねずみをぼくに小銭三文で売ってくれないか!」

 人びとはそのねずみを売ってくれた。それでひとりっ子はねずみを連れてうちへ帰った。

ひとりっ子は四度めにまた小銭を三文持って市場へ行った。そこへ着くと人びとが白さぎを一羽殺そうとしているのに出くわした。「その白さぎを殺すのはやめてくれ! その白さぎをぼくに小銭三文で売ってくれないか!」 人びとは白さぎを売ってくれた。それでひとりっ子は白さぎを連れてうちへ帰った。

 ある日のこと、ひとりっ子に救われた蛇が、金の指輪を口からはきだしてそれをひとりっ子にくれた。蛇はこう言った「ご主人さま、この金の指輪でご両親の家と財産をさわるとすべて黄金にかわりますよ」。ひとりっ子は両親の家へ行ってその金の指輪で家をなぜてみた。すべては黄金にかわった。

 ひとりっ子が木の家を黄金にかえたといううわさが、この国の王さまの娘の耳にも達した。王女はそのひとりっ子をよびよせて結婚した。それからひとりっ子は義理の両親の家へ行ってその家を金の指輪でさわった。するとすべては黄金にかわった。

これを見て王女は考えた「すべてのものがこの人の金の指輪でさわられれば、この世にはもう貧乏人はいなくなるわ」。それから家来たちに穴を掘らせた。そしてその穴がじゅうぶんに深くなると、ひとりっ子にこの穴へ降りてどれくらい深いか測ってこいと命令した。ひとりっ子が穴の中へ降りると王女はすぐに上から土をかけさせてひとりっ子を埋めてしまった。

 蛇とねずみと白さぎと犬が相談した「ぼくたちのご主人が土の中に埋められてしまったぜ。あそこへ行って助け出さなければいけない」。

その穴に着くと蛇がこう言った「わたしが穴を掘るから、ねずみさん、あんたは土を上へかぎあげてくれ。そして犬さん、あんたは土を足でけってくれ。そして白さぎは羽根をバタバタ打って土をとばさなければいけない」。

四ひきの動物がこうやって働いたおかげでひとりっ子は穴の中から出ることができた。外へ出るとひとりっ子はまっすぐ義理の両親の家へ行き、その家を木炭でさわった。すると一瞬にしてすべてはまた木の家になってしまった。

 ひとりっ子とその四人の友だちは父親の家へ帰っていった。帰りながらひとりっ子がこう言った「ぼくの金の指輪は女房にとられてしまった。今は女房の家においてある。どうかあれをとりもどしてきてくれないか」

 蛇とねずみと犬と白さぎはいっしょに指輪を取りもどしに出かけていった。王女の家に着くと犬が言った「ぼくはここで待っているから、君たちは指輪を家の中から投げ落としてくれ。そうしたらぼくがそれを受け取るから。蛇は水おけの中に入って水を飲めないようにしてしまえ。白さぎは台所へ行って人びとが火をおこしたら、それを吹き消してしまえ。そしてねずみが指輪を捜しにいきたまえ」。

ねずみが家へ入っていって、大事なものを入れる箱の中を捜してみたが、そこには指輪はなかった。それで枕の下を捜してみた。すると指輪がそこにあったのでねずみは指輪を持って降りてきた。

それからみんなで川岸までやってきた。そのとき蛇が言った「その指輪ってどんな指輪だい? ちょっと見せてくれよ」。白さぎが言った「そうだ、その指輪はどこにあるんだい、ぼくにもちょっと見せてくれよ!」犬が言った「ぼくにもちょっとでいいから見せてくれよ」。するとねずみがこう答えた「この丸い前足じゃどうだかね? この指輪をはめられるかしら?」

 ねずみは犬に指輪を渡そうとした。けれども指輪は水の中へ落ちてしまった。すると一ぴきの魚がそれをのみこんだ。蛇とねずみと白さぎはうちへ帰っていった。だが犬だけは、岸辺にすわりこんで釣りをしている男をじっと見ていた。その男が言った「犬よ、さっさとあっちへ行け!」

 けれども犬はそこをどこうとしなかった。そして「うちの主人の魚の見張りをさせてくれよ」と答えた。しまいに犬は、主人の指輪を服にもっている魚を見つけだした。そしてその魚をうちへ持ち帰った。うちに着くと白さぎが魚の体の中から指輪をつつきだし、ひとりっ子に渡した。

 蛇と犬とねずみと白さぎはひとりっ子の家に住むことになった。蛇のためにはかえる、白さぎのためには魚を捜してきてあたえられた。犬とねずみはおかゆをもらった。

 


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