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ヤシの木捨て子

テキスト提供:山川るみさん

 

あるところに、夫婦が暮していました。やがて二人の間に女の子が生まれ、ヤティムと名づけられましたが、夫のほうは少しもうれしそうではありません。男の子が欲しかったからです。

がっかりした夫は、ヤティムをすててしまおうと考えました。ある日、夫は赤ん坊を抱いて森の奥深く入ってゆきました。そして、高いやぐらを組み、その上に赤ん坊を置いたまま立ち去ってしまいました。

しばらくすると、一匹の大きなサルがやって来ました。やぐらの上から聞えてくる泣き声に首をかしげ、するすると登っていって赤ん坊を見つけたサルは、哀れに思って果 物を取ってきて食べさせてやりました。ヤティムはこうしてサルに育てられ、歳月とともに、すこやかな美しい娘に成長しました。

ある日のこと、サルはヤティムに親を探してやろうと、森から出かけてゆきました。村から村へと歩き回り、やがて一軒の鍛冶屋に着いた猿は、屋根のはりにすわって、下でせっせと働いている鍛冶屋の職人たちに向って叫びました。

「おおい、職人衆、わしの孫娘を一ぺん見ればごきげんだよ」

サルは長いことすわっていましたが、職人たちは振り向きもしません。日が暮れると、サルは森に帰ってうゆき、ヤティムにいいました。

「ヤティムや、食事のしたくをしておくれ、腹がすいた」ヤティムはやさしくうなずいて、食事の用意をととのえ、サルをよぶと、二人仲よく食べました。食べ終ると、ヤティムは床の上に敷物を広げて眠り、サルは梁に4本の手足でぶら下って眠ります。次の日も、サルは鍛冶屋に出かけていって屋根の上からよびかけました。

「おおい、皆の衆、わしの孫娘は、そりゃごきげんな娘なんだ」

職人たちは、ちっともサルを問題にしません。

鉄を打つ音が、とんてんかんと、それはやかましく響くだけでした。サルはじっと待っていましたが、やがて森へ帰ってゆき、ヤティムと食事をして眠りました。サルは、毎日のように出かけます。七日めになって、サネパという若い職人が屋根を見上げていいました。

「あの猿は毎日孫娘のことをいっている。きっと孫娘というのを、見せたいのじゃないかな」

その夕方、サルはやぐらに戻るといいました。

「ヤティムや、明日の朝はうんち早く食事のしたくをしておくれ。もっと早く出かけるのだからね」

次の日、まだ暗いうちからヤティムは食事の用意をし、夜の明けきらない前に、サルは出かけました。とちゅうで、シュロの葉でカゴをあみ、鍛冶屋に着くと、炭の燃えカスをそのカゴにいっぱい拾い集め、さて、いつものように職人たちに向ってよびかけました。

「わしの孫娘を一目見たらなあ」

サネパは、やがてすたすた戻ってゆくサルのあとをつけて、こぼれた炭の燃えカスをたどりながら、森の中へ入ってゆきました。炭の燃えカスは、深い繁みやトゲのある藪を抜けて、森の奥深くサネパを導いてゆきます。二日二晩歩いて、とうとうヤティムの住むやぐらの下に着きました。やぐらはとても高く、どこから登ってよいのかわかりません。サネパは困ってぱたぱた足を踏み鳴らしてみました。

「下にいるのは誰かね」サルが上からたずねました。「私です」「私?私って誰のことだね?」「私はサネパというんです」

「登っておいで」とサルはいいました。「ハシゴが無いから登れませんよ」とサネパが答えます。

サルは、ヤティムをよんでいいました。「お前のかんでいるシリー(噛みたばこ)を飛ばしておやり。登ってくる所がわかるように」

ヤティムは小さな声で答えました。「恥ずかしいからイヤよ」

「そんなら、わしは、森の、もっとずっと奥へ帰ってしまうよ。わしのことを恋しがったって知らないよ」

ヤティムはしかたなくくちびるをまるめて、シリーを飛ばしてやりました。落ちてきたシリーを見て、サネパはハシゴに気づき、それを登ってやぐらの上に着きました。サルはまたいいました。

「ヤティムや、サネパにシリーを出しておやり。疲れがとれるように」ヤティムはか細い声で答えます。「恥ずかしいんですもの」「そんならわしは行ってしまうよ」おどかされて、ヤティムは、シリーをきざんで出しました。サネパが、そのシリーをかみ終えるころ、サルはまたいいました。

「ヤティムや、ごはんを作っておくれ。お客人は腹がすいている」ヤティムはやっと聞こえるほどの声でいいました。「今は、恥ずかしいから」「わしが行ってしまってもいいのかね」食事の用意が出来て、三人が食べ終ると、サルは眠くなりました。

「ヤティムや、床にゴザを敷きなさい。お客人も眠たかろうから」「そんなこと恥ずかしくて……」ヤティムがいい終らないうちにサルはいいました。「わしは今すぐ行ってしまうよ」

ヤティムは、とうとう床にゴザを広げ、そして、サネパの妻になりました。

しばらく、サネパは森の中で暮していましたが、やがて、自分の家に帰ってみたくなりました。そこで、ある日サルにいいました。

「村を出てから、ずいぶん日がたちました。私は親の顔が見たくなりました」

「それならば、わしと、ヤティムもいっしょにお前の親御を訪ねて行こう」

猿にはふしぎな力がありました。口の中でかんでいたシリーを飛ばすと、空に、たちまち大きな虹がかかりました。虹は、遠いサネパの家の前まで続いています。虹に乗った三人は、ほんのまばたきするほどの間に、サネパの家の前に着きました。

サネパの母は、家の前に虹が立ち、そこから人が降りて来たので、はじめ、びっくりして逃げ出そうとしました。けれども、その中に、行方の知れなくなった息子の姿を見つけてたいそう喜びました。その日、サネパは大忙しで、ニワトリをつぶし、飲み物や、食べ物を用意して、サルとヤティムをもてなしました。親の家で一夜を過して、次の日三人は再び森へ帰ってゆきます。それから四日たってから、猿は若い夫婦にいいました。

「別れる時が来た。わしがまた戻ってくるかもしれぬなどということは考えぬ ことだ。三日たったらこの谷間のまん中にある、ロンキダ(Longkida)の木の下を探すがいい」

サルは、二人に別れを告げ、立ち去ってゆきました。三日が過ぎ、いわれた通 りロンキダの木の下を探した若い夫婦は、サルの死体を見つけました。けれども、その手足は、武具に、頭は、兜に、骨は、金銀、織物、陶器、真珠その他さまざまの宝に変っていたのです。サネパとヤティムは、財宝となった猿の遺体を集めて持ち帰り、幸福に暮したということです。

 


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