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ヤシの木心を開く鍵

テキスト提供:渡辺(岡崎)紀子さん

 

パンダン・ルバルというところは、ある時、深刻な不況にみまわれました。家畜はたくさん死に、作物は実りませんでした。住民たちは飢えに苦しんでいました。わずかでも米をもっているものは「まだある」という気やすめを長続きさせたいばかりに、ちびりちびり食べました。空き腹をこらえながら、盗まれないように米倉に鍵をしっかりかけておきました。 ネコもイヌもほとんどたべものにありつけませんでした。

ところが、ネズミだけは食べる物に困らないでいました。鋭い歯で米倉の壁に穴をあけては一族を引きつれて腹いっぱい食べていました。その中でもマンチタイのネズミ一家などは一人暮らしの金持ちの米倉に住みついていましたから、食糧危機どこ吹く風でした。

マンチタイ一族の住み家からそう遠くないところにネコのクリンチンが息子のミオと暮らしている小屋がありました。その家の主(あるじ)は米がもうありませんでしたし、たいていは留守にしていました。クリンチンはあちこちにできものができ、毛が抜けて、声もかすれ、ぐったりしていました。栄養失調のためなのです。彼女は思いました。死ぬ まえにごはんを腹いっぱい食べたいわ。そして子どもを呼びました。

「ねえ、ミオ。米倉のネズミさんのところへお行き。戸口のところで一合か二合お願いするんだ。洪水で魚が食べられませんし、お米もございません、というんだよ。いいかい、お前。きちんとしてね。ネズミさんは礼儀がうるさいんだからね。それにお米や稲を大事にしているんだから。」

小ネコのミオは最初とても恐いし、恥しい気がしました。だって不況でなかった時はネコ族がネズミ族をふるえあがらせていたんですから。ネズミ族はネコ族を第一の敵と思っているにきまっています。ミオは自分が残酷だったことを認めています。ネズミに飛びかかる。ネズミが疲れきって悲鳴をあげ、泣いて助けを求めるまでもてあそぶのです。鋭いツメでたっぷり遊んだ後、ネズミの頭にかみつき、脳みそを吸い、そして肉を食べたものでした。ネコ族の残酷さは、ざっとこんなものでした。もちろんミオだってそうしました。親ネコに教えられたんですから。それに生まれた時からそれを見てきたのです。いま、彼はネズミに物乞いに行こうとしているのです。あーあ、ネズミにどんな悪口をあびせられるでしょう。しかしこれは母の死ぬ 前の頼みなのです。悔いが残らぬように勇気をふるうしかないでしょう。彼は答えました。

「はい、お母さん。ぼくはりこうだよ。ボクは小さい時から教わってきました。偉い人とつきあう方法をね。」

こうして小ネコはカゴをくわえて下に降り、ネズミの大きな住み家に向って歩き出しました。でもだんだん米倉に近ずくと怖さと恥しさがこみあげてきました。

ネズミの住み家に着くと、ちょっと考えこんで、勇気をふりおこすかのように毛並みをなめました。

ついに彼はネズミの小さな穴の前までやってきました。ネズミは子どもに米粒を取り出してやっているところでした。ミオはそれを見てよだれが流れてきました。

ふいにネズミのおばさんは戸口の方を見ました。部屋が急に暗くなったからです。そしてネコの顔を見るとびっくりして逃げようとしました。するとネコが話しかけました。

「ネズミさん。聞いてよ。
お母さんはいまお米がなくて困っています。
ねずみさん助けてくれないかな。
食べるものがないんだ。肉も魚も。洪水は田んぼの稲をだいなしにしてしまった。下の人は困っているんだ。」

ネズミはそれを聞いておかしくてふき出してしまいました。だって今までいつもネコにいじめられないよう、食べられないよう哀願していたのは自分たちだったのです。ところが時代はめぐり、代わったのです。今はネズミが力をもっているのです。この世は車輪のようです。上がる時がある、下がる時がある。今はまさにネズミ族の時代なのです。このチャンスにネコに恨みをはらし、罪ほろぼしをさせるのに有効に利用すべきです。ネズミは言いました。

「誰だね。そんなこというのは?
ずうずうしくも庭で大声あげて、
名のったらどうだね。」

ミオはネズミの軽べつを含んだいいかたに驚き、耳に血がのぼりました。彼はおどおどした声で答えました。

「わたしです。ネズミさん。
ミオ・バグスです。ルラビンタンに住んでいるクリンチンの子どもです。
お米を少し借りたいのですが。」

ははは、チュチュチュ。ねずみは大声で笑いました。敵が頭を下げて哀願するのを聞くとうれしくなってしまいました。

「ネコなどみな消え失せろ。くたばれネコめ。この地上から滅亡してしまえ。そうなればわれわれネズミ族の天国になる。」

これがネズミの本音でした。胸をはり、きっぱりいいました。

「稲はない。お米もない。
休暇で帰ってくる私の子どもに、とっとかなくてはね。」

そういうと荒々しく穴をふさいでしまいました。

ミオは泣いたりわめいたりしましたがネズミからはもう返事はありません。ミオは仕方なく引きさがったもののお腹はますますペコペコになっていました。

親ネコは窓ぎわにうずくまって小ネコの帰りを待っていました。ミオが出て行ってからずいぶんと時間がたっているような気がします。お米が手に入るかと思うと、だんだんとうれしさがこみあげてきます。息子がネズミから米をもらってくるなんて!。ネコはにんまりして満足げにのどを鳴らしました。うとうとしていると焼き魚でご飯を食べている夢を見ました。

不意に驚いて目を覚ますとミオが空カゴで帰っているではありませんか。がっかりしてしまいました。

ミオはネズミに侮辱されたことを詳しく話しました。母は嘆きました。

「何とまあ、ミオ。
お前っていう子は。
手ぶらで帰ってくるなんて、お腹がよけいに痛み出したよ。」

ミオはもう一度ことこまかにいいわけをしました。あのにくたらしいネズミがどんな仕打ちをしたかわかってもらいたかったのです。

母親は息子がいたらなかった点がやっとわかりました。

「ねえ、ミオ。
よくお聞き、ものごとを頼んだり、ものを借りたりするにはね、大事な鍵を知らなくては。」

母親は子どもによおく話して聞かせました。そしてミオは再び意気ようようと米倉へ向いました。米倉の戸口までくると、彼はおだやかな声で話かけました。

「こんにちわ。ごきげんよう。
はるばるやってきたのですよ。こちらに天女がお住いだと聞いて。」

それを聞くやネズミさんは顔をほころばせて、そして答えました。

「いったいどなた?
庭先で、家の主に会いたいですって、どうぞおあがりなさいな。」

これこそミオが待っていた瞬間です。すばやく飛びあがると身をよじってネズミの穴をくぐりぬ けました。

ネコとネズミは一瞬視線を交し、ネコが言いました。

「あなたのお城のなんとすばらしいこと。
どこに行っても有名ですよ。
住んでいる方は親切だし、暮しも豊か。」

この言葉はネズミの耳にうっとりとひびきました。子ネコはにんまり笑うと、カゴを打ちながら歌いました。

「ああ、マンチタイ。ハスの花、かれんに咲いた。
蜜蜂のあこがれ、飾ってあげよう、花わを作ろう。」

ネズミさんはあっけにとられていましたが、今日まで他の生き物に、それもネコ族から甘い言葉をかけられたことなどなかったので、いい気持でもありました。そしてその歌に答えるのでした。

「いやな、ぼうや。
からかうのはよして、
そんなにほめたってだめよ。
私は子も孫もある老いぼれなのに。」

するとネコは身をかがめて、歌を続けました。

「金星のようなひとみ、
描いたような眉の下に光り輝く、
ざくろのような赤いくちびる、
首飾りのようにそろった歯ならび、
誰でもうっとりしてしまう、
波打つ黒髪、
まれにみる頑丈な耳、
長くとがった指、
親切な女人のしるし。」

メスネズミはただもううっとりしていました。ミオのいうことばはみな胸にしみました。男のほめ言葉に酔うのが女心です。ミオが敵であることを忘れているばかりか、素晴らしい詩人であるかのように思うのでした。

長いこと二ひきはニャーニャー・チュウチュウとやっていましたが、ミオが帰ろうとしました。母親が病気で彼の帰りを待ちわびているのですから。それから稲や米を探さなくてはならないのです。芸術家の生活は確かに楽ではないのです。重労働して、人の情で生活しているのです。

メスであるネズミは感激して、こういいました。

「好きなだけ、いくらでも、持っておいき、ミオ。払いはどうでもいいですよ。」

ミオはちょっと頭を下げると、カゴを調子よくたたきながら、美しい声でいいました。

「マンチタイさん、
あなたの好意ありがとう。」

こうしてミオは何度も何度も母親に稲を運びました。母親はすっかり機嫌がよくなりました。毛並みもふさふさし、つやもでてきました。ミオは米倉と自分の住み家を行ったり来たりし、それ以来、ネズミを捕ろうとしなくなったのです。そして彼は考えました。いがみあうよりも平和なやり方のほうがききめがあるものだと。

 


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