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ヤシの木ナラウとじゅずかけばと

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

    
 むかし、ナラウという名の若者がいた。この若者は農夫として働いて食いぶちをかせいでいた。

その地方のひとのあいだでは、お米の収穫が終わると、陸稲のために新しい畑地を捜しまわることが習慣になっていた。それでナラウも両親から陸稲を植えるために適当な土地を捜すように言われていた。

ラウはこれまでの畑からほど遠からぬところに偶然に美しいよく肥えた土地をみつけることができた。ナラウの両親はもうそうとう年をとっていたのでナラウひとりで木を倒して根を掘りおこす仕事をした。

何週間も精いっぱいの力で働いて木を倒し、たくさんのやぶをどかしたが、自分の片づけた仕事をふりかえってみて、びっくりしてふしぎに思った。というのは自分が働いた量と目の前に見える開墾の成果とがどうも合わないような気がしたのだ。

何週間も働いたのに、ほんの二日分ぐらいの仕事しかなかった。それで若者はなぜ植物がいわばまた立ちあがって以前と同じようになれるのかとその原因を考えてみた。

午後も終わりに近くなり、太陽の光が弱まり自然がもはや灼熱した太陽でこがされなくなって、夕方の風が吹きはじめたころ、ナラウはうちへ帰る支度をした。ところが畑のあぜ道まできたとき、若者は突然大きな木のかげに身を隠した。その目は自分が今まで働いていた場所にじっと向けられてなにかを観察していた。若者は何度もあちこち見まわしてみたが、何もかわったことは起きなかった。

ところが目を上にあげたその瞬間にじゅずかけばとの一群が見えた。そのはとたちは若者のまんなかに立っているとても高い木にとまった。ナラウは心臓をどきどきさせながら、そのじゅずかけばとたちがいったい何をするのだろうかと見ていた。

するとはとたちはその木にとまったまま、ナラウがさっきまで働いていたその場所をたえず眺めていた。明らかにはとたちはそこにまだ人間がいやしないかと心配しているのだった。ところがそこに人間がいないことを確かめると、はとの大群は地上へ舞い降りた。地上へ舞い降りると鳥たちは歌いながらあちこちとびまわった。

その歌声はとてもやわらかかった。ナラウはこれまでの生涯でまだこんなにやさしい歌を聞いたことがなかった。その歌はこう聞こえた「クイト・クイト・ククユク。この開墾地はだれのもの。わたしたちの兄弟のナラウの畑だよ。植物たちよ以前のように立ちあがれ」。

これを見てナラウはとても驚いた。ところが鳥の歌声につられて木々が一本一本つぎつぎに立ち上がったのを見るとますます驚いてしまった。このふしぎな光景はしばらくのあいだ続いていたが、やがて太陽が西に沈んだ。太陽の光が消えるとともに鳥たちも姿を消し、遠くへとび去った。

ナラウはこの奇妙な光景のことをもう一度思いだして考えてみながらため息をつき、それからうちへ帰っていった。

うちに着くとナラウは両親にこのふしぎなでき事のことを話してきかせた。ナラウの両親もこれを聞くとひじょうにふしぎがった。もちろん両親もそのようなことはまだ見たことはなかった。

それから父親はナラウに向かって言った「あしたおまえはよく注意をして、いったいぜんたいどういうことなのか確かめてこい。決して夕方まえに帰ってきてしまうんじゃないぞ。そしてできるならその鳥を一羽捕まえてこい。なにしろその鳥は魔法がかけられているからな」。ナラウの父親はこのように指示を与えた。というわけは父親は病気でいっしょに行かれなかったのだ。

 翌朝、ナラウはいつものように仕事に出かけていった。ナラウは勤勉によく働く若者で決して時間を遊んですごすような者ではなかった。それで短い時間にたくさんのことをやりとげることができた。ナラウは昼休みなしで働き続けた。そして鳥たちを観察するために隠れ場所をつくろうと思って仕事をはやくきりあげた。隠れ場所ができると続いて鳥たちを捕まえるための大きなずきんのようなものをつくった。

その時間がくると前の日と同じようにはとの大群が飛んできてきのうと同じ場所に舞い降りた。心臓をどきどきさせなからナラウは鳥たちのようすを観察し、支度をととのえた。

つぎの瞬間、鳥たちはナラウの隠れ場所のすぐ近くへ舞い降りてきた。そしてあちこちはねまわって、きのうと同じように歌いはじめた。すると鳥たちの歌につられて木々がまた立ちあがりはじめた。

ナラウは急いで大きなずきんを鳥たちにかぶせようとした。鳥たちはびっくりして一羽をのぞいてみなとび去った。ナラウは半分はこわごわ、そして半分は期待に満ちてそのずきんの下をのぞいてみようとした。ずきんをすこしあげるまえに、すでにそのずきんの下から鳥のはばたく音がした。

ずきんをあけながらナラウはこう言った「いよいよおまえのさいごのときがきたぞ。おれはおまえを殺してやる。あの木を見ろ。おれが切り倒した木がおまえたちのおかげでまた立ってしまったじゃないか」。ナラウはとてもおこりなからこう言ったが、つぎの瞬間驚いてしまった。というのはそのずきんをもちあげてみると、その中にいるのはじゅずかけばとではなくて、とても美しい娘だったからだ。

その娘の輝くばかりの表情を見てナラウの目はくらんでしまった。ひかえめにほほえみながらその娘はやさしい言葉でこう言った「ナラウ、わたしを殺さないで! わたしは約束するわ。あなたのおそばで忠実に暮らし、あなたの生涯の終わりまであなたの力になることを」。

ナラウは夢を見ているような気がして自分の目を四、五回こすってみた。自分が見ていることを信じきれなかったのだ。けれどもその娘が本当に人間であることがわかると、娘にこれまでのことを話して聞かせてもらい、それからうちへ連れて帰った。

ふたりがうちへ着くとナラウの両親はとても驚いた。けれどもわけを聞くと両親のいぶかしい気持ちはすぐに消えてしまった。そして逆に喜びが一家の生活を満たした。

しかもこの優雅な娘はていねいな言葉使いだったので三人ともいっそう喜んだ。娘はこのときからいつもナラウとその両親のもとに暮らすことになった。そして両親はその娘を子どもとして受け入れた。

けれどもナラウはまだ独身だったので両親はやがてナラウとその娘を結婚させた。ふたりは力を合わせて一家の船のかじをとり、家のなかにはたえず平和と幸せがあった。

ふたりのあいだに男の子が生まれたとき、その幸せと喜びはますます大きくなった。その子どもはとてもかわいらしい顔をしていて、母親の顔とほとんど区別できないほどだった。ナラウとその妻は子どもをたいへん愛した。息子がどんな願いごとを言っても両親はそれを聞きいれてやった。

 あるときナラウの妻が畑仕事から帰ってみると魚がないのに気がついた。それでナラウにこう言った「おひるのおかずに魚釣りに行ってきますわ!」

 妻が出かけたとき、子どもはまだ寝ていた。そしてナラウは子どものおもりをしながらちょっとした仕事をかたづけていた。

まもなく子どもが目をさましていつものように母を呼んだ。けれども母親はまだ帰ってきていなかった。子どもは母がいないことがわかると大声で泣きはじめ、床に身を投げだした。父親はなんとかして子どもをなだめようとしたが、子どもは母がまだ帰ってこないもので、どうしても泣きやもうとはしなかった。

すぐに母親がすっかり着物をぬらしてもどってきた。母親は再びうちの中へ入ってあらゆる気ばらしをさせて子どもをなだめようとしたが、どんなにしても子どもの怒りをおさめることはできなかった。

そのうちに子どもが泣きながらこう言った「おかあさん、ぼくはおかあさんの歌が聞きたい!」

すると母親はこう言った「わたしはむかしの魔法の歌以外は何も知らないのよ。でもわたしがその歌をうたうとどうしてもわたしは人間ではいられなくなるの。そしてまた鳥になってしまうのよ。坊や、あんたのおかあさんが鳥になってしまったら、わたしたちは今までのようにいっしょには暮らせないのよ」。「それでも歌ってよ、おかあさん! ぼくはおかあさんが歌ってくれなげれば満足しないよ!」

 母と子がこういう話をしているあいだに食事ができあがり、みんなで食べはじめた。ただ子どもだけは泣き続けていて、食事をすすめられてもどうしてもいっしょに食べようとはしなかった。

食事が終わるとナラウの妻が夫にこう言った「わたし身支度をしてきます」。そう言って妻はいちばん美しい九重の着物をきた。母親は着物を着終わると、子どもに向かってこう言った「坊や、本当にあなたのおかあさんは、あなたたちといっしょに暮らしたいのよ。なにしろわたしはあなたたちをとても愛しているのだから。わたしは本当はあなたたちと別れて暮らしたくはないの。けれども坊や、あなたをなだめるのには歌をうたうしかないのならば、しかたがないから今歌であなたをなぐさめてあげるわ。わたしはまた鳥になって、わたしが来たところへもどっていってしまうけれども、あなたはおとうさんといっしょにこの世で元気に暮らしなさいね」。

母親は息子にこう語りかけたあとで夫に向かってこう言った「この子をなだめるにはもはやほかに方法がないことがはっきりしました。ですからわたしは決心をして歌いますわ。でもその前にナラウ、わたしの夫、あなたにお願いがあるのです。わたしたちのただひとりの子ども、わたしたちの愛の結晶が、片親になったとはいえもっとも注意深く守られ、もっとも注意深く育てられますようにあなたにお願いします。この子の将来の幸せも不幸せも全部あなたの手におまかせいたします。そしてもうひとつ、ナラウ、わたしの夫よ、今までわたしたちはいっしょに暮らし、いっしょに働いてきました。わたしはあなたの愛を受けました。そしてあなたはわたしから、つまりあなたの妻から愛されてきました。そして愛の絆は黄金の鎖と同じように切りがたいものですから、あなたから別れなければならないのが、わたしは本当に悲しゅうございまず。でも・・・・・・」。

そのあいだにも子どもはたえまなく泣き続けており、泣いているあいだにすっかり弱ってしまって声はすでにかれていた。それで母親がこう言った「坊や、あなたの母親のまえにちゃんとすわって、おかあさんの、人間としての顔をよくごらんなさい。もうすぐあなたのおかあさんは鳥になってしまうのよ」。

すると子どもが言った「はやく歌ってよ、おかあさん!」

 「ええ、いいわ。いま歌いはじめますからね。でももう一度あなたに言うけれどあとで後悔しないでね」。

そして母親は歌った「クイト・クイト・ククユク。この開墾地はだれのもの。わたしたちの兄弟のナラウの畑だよ。植物たちよ、以前のように立ちあがれ」。母親はこの歌を五回続けてうたい、そのあいだにひざまで鳥になった。

それから母親は子どもにきいた「坊や、これでもういい? 満足した?」 そう言いながら母親はひざまで鳥のひざのかたちになった自分の脚を指さしてみせた。

けれども子どもは答えた「まだ満足じゃないよ、おかあさん!」

 それで母親は歌い続けてそのうちに腰まで鳥になった。そのときになってはじめて子どもは、自分の母親がすでに体半分まで鳥になったことを知って驚き、こう言った「おかあさん、もうたくさんだ! おかあさん、もうたくさんだ!」

 ところが母親はこう言った「坊や、今はもうもどすことはできないのよ」。それから母親は目をあげて、ナラウがどこにいるかを目で捜した。夫が急いですべての扉と小さなすきまを閉じているのが見えた。ナラウは妻がまた鳥になってしまったら妻を閉じこめておこうと考えていたのだった。

これを見ると妻がナラウに向かって大声でこう言った「ナラウ、わたしの夫よ、こちらへ来てちょうだい。そしてあなたへの忠実なまことの心をいつももっていたわたしにさよならを言ってちょうだい。あなたの女房にさよならを。さいごのさよならを。わたしはあなたのことを、ナラウ、わたしの夫よ、わたしの生涯のさいごまで決して忘れないでしょう」。

それから妻は体ぜんたいが烏になってしまうまで歌をうたい続けた。そしてしまいにとうとうまた一羽のじゅずかけばとに変身し、家の中をあちこちとびまわった。

ナラウとその息子はあらゆる力を尽くしてそのはとをつかまえようとしたができなかった。しまいに鳥は屋根の下に小さな穴をみつけてそこから逃げていってしまった。ナラウは急いで外へとびだし鳥がどこへ飛んでいくのか、見とどけようとした。けれども島は遠くへは飛び去らず、自分の家の前のドリアンの木に舞い降りた。烏はナラウと愛する子どもに健康を願い、別れをつげるかのようにその枝にとまって、はばたきながら歌い続げた。永遠のさよならを!

 それからすぐにじゅずかけばとは飛びたった。突然、南のほうからはとの大群がその木の上のほうに飛んできた。するとこのふしぎな鳥もそのはとの群れについて飛んでいった。いまやはとは大空をのびのびと飛び、やがて西の水平線に姿を消した。

 しかし、ナラウと子どもは決してしずまることのない悲しみにすっかり心をしめつけられた――これがナラウとじゅずかけばとのお話だ。

 


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