天国の王女と結婚したみなし子
テキスト提供:小澤俊夫さん
中部スラウェシのバダ国のある村に、むかしみなし子の若い男が暮らしていた。両親はとっくのむかしにこの世を去ってしまっていた。ある日のこと若者はなくなった父親が残してくれた魚の養殖池を見にいった。そして池の水がにごっているのを見て、心のなかでこう思った「きっとだれかがここへ来てぼくの魚をやなでとったんだな」。そう言いながら若者はうちへ帰っていった。
よく朝、若者は再び亡くなった父親が残してくれたあの魚を養殖している池を見に出かけた。そこに着いてみるときのうと同じように池の水はにごっていた。それで若者はこうひとりごとを言った「こんなことをしたやつ、いまに見ていろよ! ぼくの魚を盗むようなやっはぼくがいつか見つけだしてやるからな」。こう言ってから若者は養殖池のわきのやぶの中に身を隠した。
まもなく鳥の大群が亡くなった父の残してくれた養殖池へ向けてだんだん近づいてくるのがはっきり見えた。
鳥たちがすぐそばまでくるとこのみなし子の若者はすっかり感心して見とれてしまった。若者が鳥の大群だと思っていたものは天から降りてきた人間の一群だということがわかった。
父からうけついだ遺産であるその池につくと、天人たちはすばやく着物を脱ぎすてて、水の中へ身を投じた。楽しそうに水浴びをし、たわむれていた。みなし子の若者は今はっきり自分の目の前で起きていることに、すっかり驚いてびっくりして見ていた。
天から来たのは七人だった。やぶの中に隠れながらも若者は、この七人の天人がみな美しく、上品な娘だということがわかった。若者は娘たちの美しさを見てうっとりとしてしまった。
七人の娘が水浴びにたわむれているあいだに、若者はこっそり隠れ場所をはなれて天女のひとりの天の衣をひそかにとってしまった。若者はその着物をうちへ持ち帰り、隠した。
それからまたさっきの隠れ場所へもどって自分の心を酔わせたあの娘たちのふるまいをまたよく見て、あとをつけはじめた。天女たちが水浴びをやめたのを見ると、若者はすぐにその隠れ場所から出ていって、天女たちに近づいてこう言った「おおい! いつもここへ水あびに来てわたしの養殖池の水をにごらせたのはあなたがた王女さまたちだったんだね。ぼくの養殖池の水をいつもひっかきまわすのがだれだか、いまやっとわかったよ」。
天女たちは突然若い男の声を聞いてすっかり驚いてしまった。そしてあわてて着物をとって身につけた。それから天女たちは舞いあがって空のかなたへ姿を消した。ところがいちばん若い娘だけがひとり残ってしまった。なぜならこの娘は自分の天の衣をみつけることができなかったのだ。六人の仲間の天女の姿が見えなくなってしまうと、このいちばん若い天女は自分のこの不幸な運命を泣いた。
するとみなし子の若者は自分が着ていたサロン(注1)をその天女に渡した。この不幸な天女はほかにどうしようもなかったし、特にはだかで糸一本も体につけずにここに残っていることが恥ずかしかったので、若者が渡してくれたサロンを受け取らないわけにはいかなかった。
それからみなし子の若者がこのいちばん若い天女に言った「王女さま、あなたがぼくの小屋までついていらっしゃれば、小屋にはきっとあなたの着られる着物があるでしょう」。すると天女はみなし子の若者についてその家にやってきた。家につくと若者は天女に着物をいくつか渡した。けれどもあの天の衣だけはしっかり隠し、天女に出して見せなかった。
しばらくして若者はこの天からきた娘と結婚し、娘にトピトゥという名まえをつけた。それは娘たちが七人で天からおりてきたので七人の人間という意味だった。
何か月かするとトピトゥは身重になり、また何か月かするとトピトゥは男の子を生んだ。
その後ある日のこと、トピトゥが火にあたって体を暖めていると、夫はまきを捜しに出かけていった。夫が帰ってくると妻はお湯をわかしているところだった。ところが妻がわかしているお湯がまっ赤な色をしているのを見て夫は妻にこう言った「あんたが自分の血を煮ているのはいいことではない。ぼくたちは別れたほうがいいのだろう」。
「もしあなたがそれをお望みならそれでけっこうです。けれどもわたしにあのころあなたが隠したわたしの天の衣を返してください」。すると若者は、あのころ隠した妻の衣を返してやった。
するとトピトゥは夫にこう言った「カカンダ(注2)! もうすぐわたしたちは別れることになるでしょう。ですからわたしは、わたしがたち去ったあとであなたがこの子どもをよく養ってくださるように、たのみごとがあります。カカンダ。どうかわたしたちの子どものめんどうをよくみて、死なないようにしてください!」 こう言ってトピトゥは飛び去り、天へ帰っていった。それはトピトゥが天の衣をとりかえしたからできたことだった。
まもなく夫は妻と別れたことを後悔した。子どもにあげるべき食べ物もなくなってしまうと、いっそうつよく後悔した。あのとき以来たいへんつよく妻に会いたいと思っていたので、自分でも何も食べていなかった。それで夫は自分に向かってこう言った「もしぼくの先祖が本当にいいひとたちであるならば、ぼくが子どもを天へ連れていくことができるように、ぼくのために天まではしごをつくってくれるだろう」。
夫がこう言い終わると雨が降りはじめた。そして自分の目の前になにか天まで届いているものが見えた。それをよく見ると、その自分の目の前にあるものは自分がたった今望んだはしごにちがいないということがわかった。
そのはしごは色とりどりにぬられていた。急いで夫はそのはしごを登りはじめ、やっとのことで天に到着した。天に着くと雨は小止みになり、やがて止んだ。そのときになってはじめて、若者は、自分がいま登ってきたはしごが七色の虹にほかならなかったことがわかった。
若者は二、三人のひとがお米をついているのに気づいた。若者はここでは何もわからなかったので、そのお米をついているひとたちにこうたずねた「みなさんはトピトゥの家がどこだかおわかりになりますか?」人びとは答えた「ずっと向こうのほう、村のはずれだよ」。
若者はまた何人かのひとに出会った。そのひとたちはちょうど竹の皮を捜していた。若者はここでもまた妻のトピトゥの家がどこかとたずねた。その返事は米をついていたひとたちがきかせてくれた返事と同じだった。
若者は途中で出会ったひとたちに七回たずねた。そしてやっと最後に、教えられたとおりの場所に着いた。
その家に着くと若者は家の主人に自分の愛する妻であるトピトゥの住んでいる部屋はどこかとたずねた。その家のひとたちは地上の人間が直接天へやってきたと聞いて驚いた。
そしてトピトゥの姉妹たちはいちばん若い妹であるトピトゥに言った「まあよくお聞き! おまえの夫と子どもがおまえを追ってここまでやって来たよ」。トピトゥが答えた「あなたがたのおっしゃることは信じられないわ。わたしの夫と子どもは下のほうのあの地上にいるのよ。あのひとたちはそこに住んでいるんだわ。あのひとたちが天に来たなんてありえないことだわ。ここへ来たなんていったいどの道を通ってきたんでしょうね?」
するとトピトゥの夫がこう答えた「本当なんだよ、トピトゥ。本当に今ぼくらはこの天にいるんだよ。ぼくらは虹をはしごに使ってここへやってきたんだ」。
するとトピトゥがまた言った「あなたがたが本当にわたしの夫であり、子どもであるならば、あなたがたはかならずうちの階段をのぼって、うちへはいることができるはずだわ」。
「よろしい」とトピトゥの夫は答えて、妻の家へはいる階段を登ってみた。けれど、どんなに苦労してやってみても登ることはできなかった。その階段はとてもすべすべしていた。それで若者はひとりごとを言った「ぼくの先祖が本当によい人間であるならば、ぼくはこの階段をうまく上まで登ることができるにちがいない」。
するとすぐにねこが一ぴき来てそのつめで階段をひっかいた。すると階段はざらざらになり、若者は登っていってトピトゥの家へはいることができた。
するとトピトゥが言った「それでもまだわたしはあなたがたが、わたしが寝ている部屋をみつけることができないかぎり、地上にいるわたしの夫と子どもだとは信じられないわ。もしあなたがたにそれができたら、そのときはじめてわたしは納得いたしましょう」
そう言ったかと思うとトピトゥは家の中のランプをすべて消した。すると突然まっくらになってしまった。それからトピトゥは自分の寝室に身を隠した。夫はすぐにトピトゥを捜しにかかった。けれどもまっくらやみの中で妻の寝床を見つけることはできなかった。それですっかり悲しくなってしまった。
すると突然ほたるが一ぴき飛んできて夫にたずねた「ずいぶん悲しそうな顔をしていますね。どうしたんですか?」
すると夫が答えた「おっ、ほたるか。どうしてぼくが悲しまずにいられようか。ぼくは自分の愛する妻であるトピトゥの寝床を発見できないでいるんだよ」。
するとほたるがこう言った「おや、あなたが悲しんでいるのはそのことなんですか。それだけがあなたの悲しみの原因ならば、わたしはあなたを助けてあげることができますよ。ただわたしが飛んでいくほうへついてきてくださればいいんです。わたしはあなたが行きたいと思っていらっしゃるところへあなたを連れていってあげましょう」。
それでトピトゥの夫は子どもを腕に抱いてほたるの飛ぶあとをついていって、妻の寝床まで行った。夫と子どもが寝床までくるとトピトゥが言った「今やっとわたしの心は、あなたがたが本当に地上から来たわたしの夫と子どもであることがわかりました」。
トピトゥと夫と子どもの再会はとても感動的だった。トピトゥは泣いた。そして子どもを抱きしめた。なにしろこの天の王女は本当に子どもに会いたくてたまらなかったのだ。
注 (1) 「サロン」 男が腰にまくはかまのようなもの。
(2) 「カカンダ」 本来は兄または姉の意味だが、妻が夫に向かって言う呼びかけのことばとしても使われる。力カクともいう。