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ヤシの木ひょうたん

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

     
 ある貧しい夫婦にひとり息子があった。その息子はカピトゥという名まえだった。その子の名まえはその子がひょうたんに似ているのでそうつけられた。つまり頭は小さくて、首は長くてお尻が大きかったためだ。

この夫婦は貧しかったけれど、いい家の出だったので子どもをないがしろにはしなかった。カピトゥは父と母に愛されて育った。父母はこの子を心をこめて育てた。なにしろこの子は全能の神に祝福されて生まれた子だったから。カピトゥは両親の心をこめた養育にこたえることを知っていた。そしてできるだけ両親の力になり、毎日の重荷をかるくするために働いた。

 年が変わり、日が移ってしまいにカピトゥは若者になった。カピトゥにはひとなみはずれた技術が身についていた。それは笛を吹くことだった。村のなかのだれも笛を吹くことに関してはカピトゥにかなうものはいなかった。

さてある日のことカピトゥは母のところへ来て、結婚させてくれと願いでた。母は息子の願いを聞いてたいへん驚いた。当惑し、悲しい思いで母親は自分たちが貧しく、やっとこさっとこ生きている人間だということを考えた。けれどもどうしたらいいというんだろう? カピトゥは母に自分の願いを言って苦しめることをやめなかった。もし母がこの願いをかなえてくれなげれば自殺しそうな勢いだった。母親はたいへん苦しんだあげく、しまいにカピトゥの願いをやむなくきき入れることにした。

ところがカピトゥが心で思っているひとはだれかときいてみて母親はびっくりしてしまった! カピトゥは母親の耳に王さまの七人の娘のうちのひとりを欲しいのだとささやいた。

「それはかんにんしてよ、それはかんにんしてよ、坊や!」と母親はすっかり悲しくなってため息をついた。母親は天と地のあいだで頭をつぶされたような気がした。この重荷はあまりにも重すぎた。母親はそのことを考えると気が遠くなりそうだった。けれどもどうしたらいいというんだろう? カピトゥは母親に王女のだれかに求婚してくれといってわめき、そして母を苦しめた。そして母がそれをいつまでもぐずぐずしていたら自分はわにのいる川へ身を投げてしまうと言った。それほど若者の願いはかたかったのだ。

 おそれおののく心で母親は王さまのところへ行って息子の願いを伝えた。けれども王さまはそれを聞いても少しも驚かず、すぐにおきさきにその話をした。おきさきはほほえみながらそれを聞いて、じっと口びるをかんで笑いをこらえた。けれどもこれは王女たち自身の問題なのでおきさきは娘たちをみな呼びあつめてカピトゥの申し入れを話して聞かせた。

長女のロウンはすぐにそっぽを向いてしまって、宮殿の奥へ帰っていった。次女のイリはぷっと吹きだしてやはり奥へはいっていった。三女のプルトは口をおさえて地面に倒れた。四女のエメスは鼻にしわをよせながら床につばきをはいた。五女のトムベーネは肩をぴくっとさせながらカピトゥの母をだまってそこへ立たせておいた。六女のカエスはカピトゥの名まえを聞いて驚き、頭を横にふりながら急いで立ち去った。

カピトゥの母親はこの王女たちのふるまいをみても別にふしぎに思わなかった。こうなるだろうと思っていたのだ。それでも心のなかでは自分の息子の願いがなんとかかなえられますようにと希望していた――まだ考えをきいていない娘がたったひとり残っていた。

カピトゥの母はこの末娘、インカンにきいてみた。カピトゥの母親がまだおわりまでしゃべらないうちにインカンはもううなずいて年とった婦人の手をとり、わかったとはっきり言った。カピトゥの母親はこの王女がいろいろ欠陥のある自分の未熟な息子の求婚を受けとろうとしているのを知って驚いてしまった。そして自分の家の貧しさを考えて涙があふれでた。インカンが息子の申し出を断ってくれたほうが母親にとっては千倍もよかったのに。けれどもこうなったらもうどうすることができようか? インカンは息子の求婚を清い心で受けとめた。

 「なんて不幸なことだ! わたしたちはどうやってこれからはじまる結婚のお祝いの支払いをしたらいいものだろうか?」とカピトゥの母親は考えた。いっぽうカピトゥはどうしていただろうか? カピトゥは悠然としていた。その晩カピトゥは明らかにたいへん満足だったのだ。

 つぎの日の朝、王さまは散歩のために宮殿から出てきた。王さまはこれまでだれもめんどうをみなかった村はずれの池がすっかりそうじされていて、しかもその岸にたいへん美しい家が一軒建っているのを見てとても驚いた。その家はじつに上手にできていたが、残念なことにがんじょうな垣根にとり囲まれていて、中にはいってみることはできなかった。この家の持ち主はいったいだれなんだろう? それはだれにもわからなかった。

 七日後にカピトゥとインカンは結婚した。人びとはみなカピトゥの母親が貧しいことを知っていた。それなのに村びと全部が結婚式の祝宴に参加しても、食べ物といい貯蔵品といい、足りなくなるものはひとつもなかった。王さまとその家来たちの驚きはとても口ではいえないほどだった。

人びとが食卓について食事をはじめる前に、カピトゥがたったひとりで妻の部屋で笛を吹いているのが聞こえた。それからまもなくカピトゥが現れた。その姿はほんとにすばらしかった。そこに現れたのはカピトゥではなかった。それはおごそかな英雄のような顔つきをして、神のように輝く若者だった。ほほえみながらその若者はあちこちに会釈をし、そしてインカンを連れにいった。参列をしたものはみな驚きのあまり口をぽかんとあけて見ていた。

ところがその驚きはさらに高まった。食事がおわるとカピトゥはお客たちに自分といっしょに家へ来てくださいと招いた。「どこへだろう?」と人びとは心のなかで問うた。人びとは歩きに歩き、さらにまた歩いていった。そしてふしぎに思い、またふしぎに思い、そしてまたふしぎに思った。けれどもカピトゥ以外のものはだれも、どこへ行くのかわからなかった。

人びとはどんどん、どんどん、そしてまたどんどん歩いていって、しまいに村はずれの池の岸に着いた。それからカピトゥが垣根の戸口のかぎをあけたとき、人びとはやっとこの家がインカンとカピトゥの住む家だとわかった。このながめはすばらしかった。そしてすべての木の影が澄んだ水に映って見えた。魚たちは人間たちといっしょにカピトゥとインカンの結婚を喜んでいるかのように、群れなして泳ぎまわっていた。

 ただ六人の王女たちだけは不機嫌な顔をしていた。六人の王女たちは自分をのろい、くやしがった「チェッ、なんでわたしたちはえりごのみしてしまったんだろう」。その姉たちは黄金をしんちゅうと見まちがえ、ダイヤモンドをガラスと見まちがえたのだった。

それに反して末の妹を見てごらんなさい。彼女は姉妹のうちでいちばん美しかった。そしてカピトゥと並んでいるとふたりは太陽と月のような美しさに輝いた。ふたりが家へはいっていくのを見ると人びとはマランバク(注)の歌をうたい、ダンスを踊った。「太陽と月は兄妹のように旅をする。そして歩きながら調和し、歩みの途中で休むにもいっしょに休む」。

六人の娘は本当に不機嫌になってしまった。しかしどうすることもできない。なにしろそれは自分自身のあやまちだったのだから。姉たちも以前にこの若者をえらぶ機会は与えられたではないか? インカンの幸せを見ているうちに姉たちの心のなかに憎しみが起こり、インカンを不幸のどんぞこにおとしいれてやろうという計画がうまれた。

 ある日のことカピトゥがちょうど留守のときに、姉たちはインカンを海辺に連れだしてブランコをしようとさそった。そのブランコはたいへん高かった。はじめのうち姉たちがブランコに乗っていたが、さいごにインカンの番になった。姉たちがインカンをブランコに乗せてゆすったが、そのゆすりかたがあまりに激しかったのでインカンは遠くへとばされてしまい、海の向こう岸に落ちた。

カピトゥはうちへ帰ってくるとインカンを捜したが、インカンはどこにもいなかった。それで自分の部屋で笛を吹いた。それから海辺へ出て船に乗って帆をたてた。笛を吹きながら夫はインカンを捜しもとめて帆をかけて船出した。そのボートは飛ぶように走っていった。

そのうちにある島に着いた。その島に着いてみると、インカンがある大きな石の下に腰をおろして悲しそうに泣いているのをみつけた。インカンはそこへやってきた男がまぎれもなく愛するカピトゥであることを見て、すぐさまなつかしそうに夫のところへとんできて、愛をこめて口づけした。それからインカンは姉たちに裏切られたことを訴えた。

けれどもカピトゥは姉たちに対して少しも憎しみをもたなかった。なにしろカピトゥは最愛の妻を再びみつけだすことができたのだから。ふたりは楽しくうちへ帰っていき、幸せに愛に満ちて暮らした。のちにカピトゥはその礼儀にかなった行動と正直さのために村の住民たちからえらばれて王さまになった。

 

 注 「マランバク」 ミナハサのダンスと歌。

 


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