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ヤシの木マヴェリス

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

       
 昔むかし、あるところにひとりの男がいたが、この男の仕事といえばただひとつ、乞食をすることだけだった。この男はもうかなりの年だったが、たいへんたくさん食べた。どこかの家にはいらせてもらうと、することといえば食べることばかりだった。

 ある日のこと、この男の女房が男の子を生んだ。その子は父親と同じような胃袋をもっていた。生まれて何日かたつと、この男の子はもうたくさん食べるようになった。母親の乳では足りなくて絶えず泣いていたので、ごはんも食べさせなければならなかった。この子はお釜ごと食べてしまって、食べ終わるとやっと泣きやむのだった。

両親はこの男の子にマヴェリスという名まえをつけた。生まれて二週間めにこの子はお釡いっぱいのごばんをたいらげてしまい、二年もたつとふた釡のごはんをひと粒も残さずにたいらげてしまった。家のなかはそれでいつも忙しかった。父親と息子は競って山ほどのごはんを食べた。母親は両方から圧迫されて、しまいにごはんを作ることをやめてしまった。それでマヴェリスは、父親の乞食のまねをしはじめた。村の住民たちは、まもなく牛の胃袋のような胃袋を持った父と子に乞食をして訪ねられるのがつらくなった。

 しまいに父親は、食べることの競争相手をなくしてしまう計略を考えついた。そしてある日のこと、父親は息子をせきたてて、川でえびをとらせた。ところがマヴェリスがえびとりに夢中になってえびの穴をつついているあいだに、父親は石炭箱ぐらいの大きさの石を息子の上にころがして落とした。それで息子はその石につぶされて、水の中へ沈んでしまった。「アーメン、これでいいんだ」と父親は言い、胸をたたきながら自分の小屋へ帰っていった。女房に、マヴェリスはどこへ行ったのか、そしてなぜいっしょに帰ってこなかったのかとたずねられると、父親は黙って肩をすくめた。

 するとすぐに、マヴェリスが大きな石を肩にかついで家へ帰ってくるのが見えた。マヴェリスはうちに着くとこう言った「これが、おとうさんがぼくの上へころがして落とした石だよ。担いできたんだ」。父親と母親は、息子がこんなに大きな石を肩にかつぐことができるほど力強いことを知って、あきれた。それで、両親はマヴェリスを、村長に労働者としてさしだした。けれども村長は、この申し出に目もくれなかった。

 あるときマヴェリスは父親から、水を入れた田んぼの雑草をとるように、といいつけられた。ところが、この子が雑草を夢中になってむしっていると、父親は一本の大木をはげしくゆすった。しまいにその大木は倒れて、ちょうどマヴェリスの上に落ちた。「この牛の胃袋はこれでかたづけられたわい」と父親はまた考えてうちへ帰っていった。父親がまだ家のなかにはいらないうちに、マヴェリスがその大木を背中に担いで、またあとからついてきた。「この木がちょうどぼくの上に落ちてきたんだよ、おとうさん」と、息子は叫んでその木を地面へ投げだした。

 人びとは、この男の子の巨人のようなカにすっかり驚いてしまった。そして、つくづくこう思った「この子が悪い性質を持った子じゃなくて、幸せだったよ。もし、悪い子だったら、わたしたちみんながこの子のために不幸になっただろうに」

 また、ある別のときに父親はマヴェリスを、わにがたくさんいる河口へ連れていった。父親は息子にみつからないようにして、ココやしの実を川の中へ投げこみ、それから息子に向かってそれを取ってこいと命令した。マヴェリスは川の中へとびこみ、ココやしの実を追って泳いでいった。マヴェリスがココやしの実にちょうど手をのばしてつかまえようとしたときに、二、三びきのわにが矢のようにとんできてかみついてきた。マヴェリスと怒り狂った猛獣とのあいだにはげしい戦いがおきた。マヴェリスは一ぴきずつわにの口を引き裂いた。この戦いのなんとすさまじかったことか。父親は自分の息子のことをたいへん憎んではいたけれども、それでもマヴェリスが勝っているのを見てうれしかった。マヴェリスは十二ひき以上の赤銅色のわにを殺し、それを岸辺へ投げあげた。「おいで、マヴェリス、それをみんな焼いて食えよ」と、父親はあきれて言って、そこを立ち去った。

 また、あるときには村の外で、大蛇にくいつかれた豚がピーピーと鳴いていた。マヴェリスは駆けだしていって、その蛇を捕まえて殺し、煮て食べてしまった。少なからぬ数のアノア(注)と格闘を演じて、しまいに殺して、それで自分の胃袋を満たした。マヴェリスは、わにの肉がおいしいことを知ってからというものは、たびたび河口へ行ってわにを捜して捕まえた。それでもやはりお米が大好きで、たえず乞食をして歩いてお米をもらった。なにしろ、マヴェリスの胃袋は決して満腹に感じることがなく、いつも腹ぺこだったからだ。

 あるとき、ひとりのおじいさんがマヴェリスにごはんをくれる、という約束をした。ただ、それにはひとつ条件があって、夜九時におじいさんの家へ来て、床の穴からごはんを食べろ、というのだった。おじいさんは五時からお湯をわかしはじめて、大きなやかんにぐらぐらと煮たたせておいた。ちょうど九時になるとマヴェリスが来て、約束のごはんを欲しいと言った。おじいさんはこの小さな巨人に、床穴の下で口をあけて待っているようにと言った。マヴェリスが口をあけて待っていると、おじいさんはその煮えたぎったお湯をマヴェリスの口の中に注ぎこんだ。マヴェリスはあらんかぎりの声で叫んだ。けれどもやがてその叫び声も終わった。

 マヴェリスは死んだ。その魂は、あちこち飛びまわり、人間に仕返しをするために獲物を捜し求めた。その獲物というのは生まれたばかりの赤んぼうだった。アリフールの人びとと、ミナハサの住人はマヴェリスの魂のことをとてもこわがった。マヴェリスの声は、夜になってあたりが静まるといつもこう聞こえた。リュース! リュース! と。

 

 注 「アノア」 スラウェシ島独特の小さい水牛。

 


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