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ヤシの木いつわりの友情

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかし、いなかの男がある町の男と友だちになった。そのいなか者の名前はハサンといい、町の男はマームドといった。

このふたりのあいだの友情ははたから見ていても本当にいいものだった。日曜や祭日のたびにマームドは出かけていっていなかの友を訪ねた。そしてマームドが町へ帰るときにはいつもおみやげをもって帰った。手ぶらで帰ったことは一度もなかった。マームドがもらって帰るおみやげはいつもハサンが自分の果樹園に植えた果物だった。それはバナナ、パパイヤ、丁子、それからカサーヴェ(注1)、さつまいもなどだった。マームドはにわとりや卵をおみやげにもらうこともときどきあった。

このいなかの男のふるまいはいつも正直で心がこもっていて気前がよかった。けれども奇妙なことがひとつあった。ふたりは本当に長いこと友だちだったし、マームドは何度もいなかのハサンの家を訪ねたけれども、ハサンは友だちの訪問に応えるために町へ行ったことは一度もなかった。それはまるでハサンが町に対して毛ぎらいしているかのようだった。

確かに、よく知られているようにハサンはいなか者で単純なお百姓さんにすぎなかった。それに対してマームドはなぜハサンが自分の訪問に返礼してくれないのかということをたずねたことは一度もなかった。

 ふたりの友情はこうやってしばらくの間続いた。ある日のことハサンが結婚した。そして町の友だちを招待することを忘れなかった。マームドは友だちの結婚式に来た。そしてそのうえ友だちの家に泊めてもらった。町へ帰るときには少なからぬおみやげをもって帰らなければならなかった。ハサン自身が友だちにあげるものを全部用意した。結婚式が終わるとハサンは自分で友だちにあげるバナナをもぎにいった。朝には早く起きてとくによく肥えたにわとりを四羽捕まえた。四十個のにわとりとかもの卵をあらかじめわらをしいておいたかごの中にきれいに並べた――もちろんハサンはこの国では金持ちのお百性のほうだった――そのうえにハサンは庭の野菜、たとえば白菜、じゃがいも、豆などをきれいに並べた。そして友だちにたくさんもっていってもらいたいので、ハサンは助手のひとりに、おみやげを馬にのせて運ぶように命令した。ハサン自身も友だちを表通りまで見送った。このいなかのお百姓はそれほど気前がよかった。

 それから数日がすぎた。そしていつものように日曜日になるとマームドがいなかの友だちをたずねてきた。いつものことながら友だちはハサンに喜んで迎えられた。いなかのお百姓さんたちのあいだではいつもそれがならわしなのだ。正直さ、心がこもっていること、そして気前がいいこと。マームドが町へ帰ろうとするとハサンはいつものように友だちにおみやげを持たせることを忘れなかった。このときもハサンはマームドを表通りまで見送ってくれた。

 マームドが帰ってしまうとハサンの女房がたずねた「カンダ、いったいあの町の男はだれなの?」

ハサンは誇らしげに、あの町の男は自分の親友のマームドにほかならないことを話してきかせた。そして友のやさしい心とまことの友情をほめることも忘れなかった。

するとハサンの女房がさらに、マームドが町へ帰るときにあなたがいつもおみやげをあげるのはなぜですかとたずねた。ハサンは誇らしげに答えた「それはあたりまえのことじゃないか、ディンダ(注2)! ぼくはこんな親友におみやげを何もあげずに帰らせるわけにはいかないよ」。

ハサンの女房がまたきいた「あなたはお友だちの訪問に返礼したことがあるの?」

 するとハサンは口ごもりながら答えた「え・・・・・・え・・・・・・まだ一度もないんだ。でもその質問はあんまりたいしたことじゃないよ。ぼくが彼の訪問に返礼しないからといって、ぼくのやさしい友はぼくのことを悪くとるということはないんだ」。

ハサンの女房は夫の返事を聞くとただほほえむばかりだった。女房はマームドが自分の夫に対して抱いている友情が正直なものであるかどうかを疑いはじめた。それである日のこと、うまく夫を説きふせて、町へ行って友だちの訪問に返礼させることになった。ハサンはこの訪問のためにいちばんきれいな着物を着た。それから豪華な白馬に乗って町へ出かけていった。

 友だちの家に着くとハサンは馬を木にしばりつけた。そしてあいさつをしてから家の中へはいった。マームドは腰かけるようにすすめてくれた。恥ずかしそうにおずおずと、そしてぶきっちょにハサンは友だちの脇のひじかけいすに腰をおろした。たいして長くすわっていない間に、この敏感ないなかの男は友だちが何かほかのことを考えているのに気がついた。友だちがいなかの自分のところへ訪ねてきてくれたときほどうちとけず、それほど笑いもしないことに気づいた。

それでハサンは友だちになぜそんなに何かを気にしているのかとたずねた。マームドはこう答えた「友だちのハサンよ! わたしは殿さまが今日たいへんご立腹だと聞いている。殿さまのいちばん美しい白馬がいなくなったのだ。それで殿さまは兵隊たちに白馬に乗っている者はすべて逮捕せよという命令をもう出していらっしゃるんだ。しばらく前から兵隊たちが町のあちこちを調べ歩いて捜しまわっている。兵隊たちはとてもきびしくて、白馬に乗っている者はすべて打ち殺してしまうのだ。ぼくは兵隊がどんなに乱暴で荒っぽいかよく知っているんだよ。兵隊たちはさいしょにまずたずねることもしないで、いきなりなぐりつけたり、あるいは気にくわない人間を虐待したりするんだ。兵隊たちがここを通りかかって、君の白馬に気づきはしないかと心配なのさ。ぼくは本当に君の生命を心配している。友だちのハサンよ」。

ハサンは友だちのこの話を聞いてどんなに驚いたことだろう。すぐにとびあがって別れをつげた。とにかく急いでうちに帰ろうと思ったのだ。そしてマームドにお礼を言うことも忘れなかった。ハサンは心のなかでこう思った「ぼくの友がすぐに殿さまのなくなった馬のことを話してくれなかったら、ぼくはきつとひどい目にあうところだったんだ」。

マームドは友だちを引き止めたいふりをした。けれどもハサンは心配だったのでそれはお断りした。ハサンは殿さまの乱暴な、荒っぽい兵隊たちに捕まることをおそれた。それですばやく馬にとびのって家へ駆けもどった。

 ハサンの女房は夫がこんなにはやくもどってきたのを見て驚いた。そしてこうたずねた「なぜあなたはこんなにはやくもどっていらしたの、カンダ?」

 するとハサンは女房に友だちから聞いた話をすべて話して聞かせた。そしてマームドの寛大な心をほめることも忘れなかった。ハサンの女房はすでに裏にかくされた事情を悟ってしまったので、夫の話を聞きながらただほほえむばかりだった。そしてこの賢い女房は心の中で自分の夫の正直さと誠実さをほめたたえた。女房はマームドと自分の夫との間のいつわりの友情を終わらせようと決心した。

 ある日曜日にマームドが再び友だちを訪ねてきた。ハサンはそのとき偶然にちょうど庭で仕事をしていた。マームドは友だちの女房が家の前で座っているところにでくわした。そしてハサンはどこにいるかとたずねた。するとハサンの女房はとても悲しそうな顔をしてこう答えた「おお! うちのひとの運命はなんと不幸なんでしょう!」

  「なんですって?」とマームドが驚いてたずねた。「ああ、だれもこの家でうちのひとを訪問することはできないんです。あのひとはうちへやってくるひとを見ればだれかれかまわず追いかけてなぐりかかるんです。二、三日前からあのひとは狂気にとりつかれてしまいました。ああ、ちょうどうちのひとがきますわ」。その瞬間、偶然にもハサンはちょうど仕事が終わって少し休むためにうちへはいろうとしていた。けれどもマームドは友だちの女房の言葉を信じてしまい、急いでうちへ帰るために別れをつげ、そこをたち去った。マームドは、友だちが本当に狂気になっていたら自分はなぐられてしまうだろうとこわくなったのだった。

ハサンはだれかがうちに来ているのに気づくと、くわを肩に担いで歩みをはやめた。それを見てマームドはいっそう心配になり、ハサンの女房の話をいっそう信じるようになった。

家に着くとハサンは女房にきいた「ここに来てたのはだれだい、ディンダ? なぜここへ来たんだい、そしてなぜあんなに急いでいたんだい?」

 すると女房がこう答えた「おお、そのひとはあなたの忠実なそして寛大な心をもった町のお友だちですよ。あのひとはきねを借りにここにきたんですよ。あなたが畑にいらしたから待ってくださるように言ったんです。けれどもまだなにかだいじな用があるのですぐにおうちへ帰られました」。

「なぜ君はあのひとにきねを貸してあげなかったんだい? うちにはたくさんあるじゃないか」。マームドはまだたいして遠くに行っていないと思ったので、ハサンは急いできれいなよいきねを手に取り、友だちのあとを追った。追いかけながらこう叫んだ「おおい、マームドよ。ちょっと待てよ。君が借りにきたきねを持ってきてやったんだ」。

マームドはハサンがきねをふりまわして叫び声をあげているのを見ると、ますますおそろしくなった。そしてハサンが本当に狂気になったと思いこんでしまった。それでいちもくさんに走って逃げた。ハサンがあの大きなきねで自分になぐりかかってくるのではないかと心配だった。

いっぽうハサンは友だちが逃げていくのを見ると、いっそう速く走って叫び声をあげた。そしてマームドの名まえを呼んだ。この正直な気前のいいいなかの男は友だちにおみやげをなにも持たせないで帰らせることなど、とてもできないことだった。けれどもこわくなったマームドは友だちが狂気になったものとすっかり信じこんでしまった。

 そうやってふたりの友人はしばらくの間、かなりの距離をおいて走っていった。いっぽうは友だちを手ぶらでうちへ帰らせる気にはとてもならなかったので、友だちを呼び止めようとして一生けんめい走った。ところがもういっぽうは、友だちのことを気がふれたと思いこんで、きねでなぐられるのではないかとこわくなってそのために一生けんめい走った。

ハサンはマームドに追いつくことができなかったので、結局そのきねを担いだままうちへ帰ってきた。いなかの男は友だちが必要としていたものを貸してやることができなかったのでとても悲しかった。そして心のなかでこう思った「残念だなあ、わたしの寛大な友だちはきっとわたしのことをひどくおこっているんだ。それでわたしがいくらよんでも聞いてくれなかったんだ」。

ところでマームドはどうしただろうか? うちに着くとマームドはすっかりまっ青だった。ひとつには今までこんなに速く走ったことがなかったからだったし、ふたつにはこわかったからだ。とうとう二、三日の間病気になってしまった。それ以来マームドは友だちのハサンを訪問することをやめてしまった。マームドは、ハサンのことを本当に狂気になったと思いこんでいて、ハサンになぐり殺されるのではないかと思っていた。

他方、ハサンは友だちが来るのをいつもいつも待ちわびていた。けれども友だちはもう訪ねてはこなかった。このいなかの男はマームドを訪ねていこうとは思わなかった。なにしろ友だちが自分に対してひどくおこっていると信じていたからだ。

 そういうわけでふたりの男のあいだの友情は終わりをつげた。それは正直さと誠実さが一方の側にばかりあったからだ。友情というものはいつも両方の側からの正直さと誠実さで守られなければならないのだ。

 

 注 (1) 「カサーヴェ」 ブラジル原産のたかとうだい科の植物。その根からでんぷんをとる。
   (2) 「ディンダ」 本来は弟あるいは妹の意味。夫が妻に対しても使う呼びかけのことば。アディク、アディンダともいう。

 


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