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ヤシの木アノアと娘

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

        
 昔むかし、ひとりのウラマ(注1)がいたが、このウラマはお百姓仕事をしていた。

あるとき、このウラマは陸稲のために四十パンタゴ(注2)の畑を開こんしていた。収穫が良かったので最初の年のこの四十パンタゴの畑の収穫だけで、じゅうぶんに数年間の食料としてまにあった。

ウラマが植えた稲はたいへん良く繁り、母株が刈りとられてしまうと、また新しく芽が出てそれが同じように実をみのらせた。そうやって、合計四年間も絶えず実がなった。稲は実った。それでウラマは、二度めの収穫期からは王さまに米の収穫を捧げることができた。

 稲は実を五回みのらせると完全に枯れた。ウラマが畑を耕そうとするといつも、きのう耕したばかりの所がすぐにまたまったく雑草でおおわれてしまうのに気づいた。そこで、雑草を焼き払おうとしたけれども、いつも結果は同じだった。翌朝には、また前の日と同じように雑草がはえているのだ。ウラマはすっかり途方にくれてしまった!

 ところで、ウラマには三人の美しい娘があったので、ウラマは心の中でこう思った「王さまに、この畑を耕すことのできる人間を捜すのを手伝ってくださるようにお願いしてみよう。だれでもいいから、わしの仕事を助けてくれたら、わしは娘のうちひとりを女房にくれてやろう」。

それでウラマは、王さまのところへ行って拝謁をおおせつかり、自分の考えを聞いてもらった。

ウラマの計画は国じゆうに触れてまわられた。するとひとりの商人が、自分がその課題を果たしてみようと申しでた。王さまの目の前で、ウラマとその商人は取り決めをした。そして二十一日以内に、畑を耕さなければならないことになった。

商人は日雇い人夫を何人も雇いいれて、七日のうちに仕事を仕上げようとした。そのことは、人伝てにウラマと王さまの耳にはいった。ところが畑を検査する日の朝になると、以前と同じように雑草がはえていることがわかった。それでこの取り決めは破られた。

 畑をきれいにすることのできるひとほほかにないものか、と捜した。すると、ある勇敢な若者がその課題をやってみようと約束した。けれども結果は同じだった。ウラマはもうどうしていいか、わからなかった。畑は五年後の最後の日までに植えつけられなければ、王さまの手に返されることになっていた。五年の満期がくるまで、残すところあと十四日となった。

ところがそのとき、まっ白なアノアが現れて、王さまに拝謁を願いでて、自分がウラマの畑をきれいにしてみましょうと言った。王さまとウラマはこの申し出を受け、ウラマとのあいだに契約が結ばれた。そして、七日ののちには完成しなければならないことになった。

 翌日の朝、アノアは森のなかの自分の仲間をすべて呼び集めて、草を全部食べて角で地面を掘り返すように、と頼んだ。一日のうちに四十パンタゴの畑はすっかりきれいになってしまった。つぎの日、アノアは自分の仕事の成功を知らせに出かけた。そして、王さまは検査してみて、その畑が本当にきれいに耕されていることを知った。

 そこでウラマは三人の娘をアノアのところへ呼び寄せて、たずねた「おまえたちは、このアノアと結婚するかね?」

 「わたしはいやよ!」というのが長女の答えだった。それから、ウラマは次女にたずねた。そして、その答えもやはりだめだった。ウラマが三女にきくと、三女は結婚すると言った。畑には稲が植えられた。そして七日後に結婚式の祝宴がおこなわれた。家族全部と、たくさんの友人たちと、村の人びとが招待された。そのうえ、招待されなかったひとまでがたくさん来て、ウラマの娘とアノアとの結婚式を見ようとした。

 やがて娘は自分の部屋でお化粧をした。そして、花婿であるアノアの化粧室も準備されてあった。まもなく、アノアがすっかり威厳をもって到着するのがみえた。そして代表者がアノアに、化粧室へ行くようにすすめた。集まった人びとはみなこの光景を見て驚き、またいぶかしく思った。二、三分たって、結婚の瞬間がくると、アノアが自分の部屋から出てくるようにうながされた。するとまあ、たいへんな奇跡がおきた! 英雄のような顔立ちと衣装をつけた若者がその部屋から出てきて、三番めの娘の手をとって結婚することになった。若者は、白いアノアの毛皮をその部屋へ脱いで、おいてきたのだった。娘は花婿を迎えてどんなに幸せだったことか。ところが、反対にふたりの姉たちは、妹のこの幸せを見てたいへん不幸な気持ちになった。

七日たつと、若者は自分はアヌーの国の王子であると言明し、花嫁とともに自分の放郷へ帰らせてもらいたい、と願いでた。花嫁と花婿はウラマとその妻に、いっしょに来てほしいと言った。

 王子とその妻は、わが家へ向けて出発した。そして、二、三日後にウラマとその妻があとをつけて出発した。一行は森やジャングルを通って旅を続けていった。ジャングルのまんなかで、一行は河底がゆるやかに傾斜している河に出くわした。ところが、そこでたいへんふしぎな光景が見えた。河底の大きな石が、谷へ向かってころがっていき、一方、小さな石が、川上へ向かってはねているのだった。

一行がその河を渡っていくと、今度はふたつの実しかならせていない木に出くわした。その実のうちのひとつは、にがい液体を出していたが中はたいへん甘かった。そして、もうひとつは、甘い液体を出していたが中はにがかった。ウラマとその妻たちは、その実を食べてしまうとまた娘夫婦の家へ向かって旅を続けた。

その家へ着くと、婿がウラマとその妻にこうたずねた「おとうさん、おかあさん、あなた方は途中で、なにか奇妙なものをご覧になりませんでしたか?」

 それでウラマは、あの河底の石のことと木の実のことを話して聞かせた。すると、王子がこう言った「それは、ひとつの比喩なのです。まず第一に、大きな石は年取った人びとを表していて、もとからいた場所を離れて子どもたちといれかわるのです。第二に、厳しい命令を出すひとはいつも良い意図を持っている。そして、うわっつらがいつもやさしいひとは必ず悪い性格を持っているものだ、という比喩なのです」

 ウラマは二、三年、娘夫婦のところで暮らしていた。そして、最後には婿が王の冠を受けた。

 

 注(1) 「ウラマ」 イスラム教の法律家、神学者。
  (2) 「パンタゴ」 面積の単位。一パンタゴは約二十八・三平方メートル。
  (3) 「アヌー」 わたしはどこだかわからない、という意味。つまり、アヌーの国とは、どこにあるのかわからない国、という意味。

 


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