<スラウェシの民話> 前のお話

ヤシの木マニンポロクとヴラン

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

        
 マニンポロクはよく働く若者だった。そして、疲れることをちっともいやがらない男だった。マニンポロクはお百姓でもあり狩人でもあった。マニンポロクがくわを握り、わなをかけることができるようになってからというもの、両親は満足して暮らすようになった。この一家の畑は広く、果物の木が一面に植えられてあった。

 あるとき、マニンポロクはバナナの木がたわわに実っているのを眺めていた。毎日、正午に大きな白い島がそこへ飛んできて、バナナを食べるのがふしぎでならなかったのだ。マニンポロクは、その鳥の美しさにすっかり心をうばわれてしまい、その鳥に自由にバナナを食べさせておいた。その木のバナナが全部食べられてしまってから、やっとマニンポロクはわなをかけることを思いついた。

つぎの日、マニンポロクのわなにその美しい鳥がかかっていた。けれども、その鳥を捕まえようとすると、突然鳥が言葉を話しはじめた「お若い方、どうぞわたしを殺さないでください。そうすれば、ご恩返しをしますから」。

「ぼくにどうしろと言うんだね?」とマニンポロクがきいた。「わたしの脚にある指輪を取って、ご自分の指にさしてください」。「よろしい」とマニンポロクが答えた。

けれども、マニンポロクがその指輪を鳥の脚から取ると、鳥は突然、すばらしく上品な娘に変身した。マニンポロクはこれを見て、すっかりどぎもを抜かれてしまった。それで、その娘の足元にひれ伏してこう言った「どうかぼくの罪をお許しください!」

 「あなたはなんにも悪いことなんかしていらっしゃらないわ」と娘が答えた。「王女さま、ぼくになにか役に立つことがあったら言ってください」とマニンポロクがすっかりかしこまって言った。「あなたが、わたしに求婚なさりたければ、わたしの指輪をはずさないでおきなさいね」とその優雅な娘が答えてほほ笑んだ。

マニンポロクは娘のこの誘いを二度とは言わせなかった。そして、娘があまりにも美しかったので、満月という意味の、ヴラン・カレノアンという名まえを娘につけた。

 それから、マニンポロクは娘を自分のうちへ連れ帰り、祭司に頼んでヴランとの結婚式を挙げた。結婚式のあとでは、盛大な祝宴が開かれた。

 マニンポロクはヴランないつも自分のそばにおくことができて、とても幸せだった。夫は妻に、休みなく働くことを禁止したけれども、妻は決してぼんやりうで組みしてすわっているようなことはなかった。

 ある日のこと、マニンポロクの友だちでメレンテクという男がふたりの家を訪ねてきた。このメレンテクは、包丁売りの商売をして暮らしていた。メレンテクは、友だちの妻がたいへん上品なのを見て驚いた。しかも彼女の仕事の速さを見て、ますます驚いてしまった。

 翌朝、メレンテクはマニンポロクについて、狩りに出かけた。けれどもふたりが三時間ほど歩いていったころ、メレンテクは帰ってきてしまった。そして、マニンポロクの家へもどり、ヴランにこう言った「ヴランよ、あんたの夫は事故にあってしまったよ。助けにいこうじゃないか!」

 このうそで、メレンテクはヴランをだましおおせたと思い、彼女を連れだした。ところがヴランは、夫の友だちだと称しているこの男が、自分をだまそうとしていることに気がついていた。ヴランは、この卑劣な男に簡単に言いなりになる気はなかったけれども、メレンテクに殺されないように、だまされたふりをしてついていった。

 夕方遅くなって、マニンポロクがうちへ帰ってきた。だがヴランがうちにいないので、夫は妻を捜しはじめた。けれども、どこにもみつけることはできなかった。自分の畑のまわりのジャングルも捜してみた。しかしそこにもいなかった。飼犬のカテルアンも捜すのを手伝ってくれた。いろいろ考えてみたあげくしまいにマニンポロクは、ヴランが友だちのメレンテクに誘拐されたにちがいない、ということに気づいた。

 つぎの日の朝、マニンポロクはすっかり疲れ果て、絶望しきってジャングルの中で休んでいたが、そのときふと、指にはめた指輪をまわしてみた。すると、突然、カカドゥという鳥が近くへ飛んできてこうきいた「あなたは、だれを捜しているんですか?」 「ぼくの女房のヴランだよ」

これを聞くとカカドゥがこう言った「あなたの奥さんは、メレンテクに力ずくで誘拐されました。メレンテクは今タタパエン島に隠れています」。これを聞くとマニンポロクは、伯父、つまり母の兄であるロロンブランのところへ行って助けを乞うた。ロロンブランは、マニンポロクに赤いクルクマの実をふたつくれた。カカドゥ鳥がその実をヴランのところへ運んでいった。

 ヴランは、鳥がもってきてくれたこの贈り物の意味をすぐに理解して、メレンテクに向かってこう言った「どうか、この実をわたしのためにかんでくださらない。背中が痛むのでそれを塗ろうと思うんです」。

メレンテクがその赤い実をかみはじめると、すぐにメレンテクは意識を失って深い眠りにおちいった。すると、カカドゥは飛び帰ってそのことを知らせた。これを聞いて、マニンポロクは伯父といっしょにボートに乗ってその島へ渡っていき、妻を連れ帰った。ふたりはメレンテクをもなわでしばりつけて連れ帰った。この悪知恵でうら切った男は、意識をとりもどして自分がだまされたことを知ると、たいへんおこった。けれどもこの男は、人びとが自分を良い人間と思っていてくれたときに、卑劣たうら切りをしたのだった。

 ロロンブランはメレンテクを人びとの前へひきずり出して、メレンテクの悪い行為を暴露した。するとこの村の住民たちは、メレンテクの体に赤いこしょうを塗りこみ、むち打ち、それから村じゆうをひとすり回した−−これが、メレンテクに加えられた罰だった。

 ヴランとその夫のマニンポロクは、平和にいっしょに暮らした。そして、全能の神がふたりに三人の息子とふたりの娘を恵んでくださった。

 


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