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ヤシの木川にやなをしかけたみなし子の話

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

  
 昔むかし、あるところにひとりの少年がいた。とっくに両親が死んでしまっていたので、みなし子のヤーティムと呼ばれていた。その子はおばあさんのところで暮らしていたのだが、ある日おばあさんは病気になってしまい、魚が食べたいと言い出した。そこでヤーティムは川にやなを仕掛けに行った。仕掛けたとたんに車えびがかかった。けれどもヤーティムはそれを放してやった。それからつぎつぎと豚やじゃこうじか、さる、じゃこうねこ、はえがかかった。やなにひっかかったけものたちはみんな、もし自由にしてくれたらそのお礼はしますと言うので、みなし子はみんな放してやった。こうしてけものたちは自由をとりもどした。

 しばらくして病気のおばあさんは死んでしまった。ヤーティムはおばあさんを丁寧に葬ってあげた。けれどもそれからどうしたら良いのかがわからなかった。みなし子は山に登り山を下り、森に入り森を出て、足の向くまま歩いていった。そんなふうに山野を歩きまわっていたとき、みなし子はあの時やなにひっかかったけものたちに出会った。車えびも豚、じゃこうじか、さる、じゃこうねこ、それからはえもいた。みんなヤーティムの行くところにはどこへでもついてきた。

 しばらく歩いて行くうちに、ヤーティムはブルハンという名のラジャ(注)の庭園にたどりついた。その庭園の庭番はパク・バンコルというひとだった。ヤーティムはそのひとに自分を雇ってくれませんかと尋ねた。

 話しによると、ラジャのブルハンがある時、お祭りをやろうとしたということだ。それにはまず闘鶏をしなければならない。見物人の歓声やドラのとどろきが庭園にも聞こえてきた。ヤーティムはパク・バンコルにきいた「パクさん、みんなあそこで、いったい何をしてるんですか」。「闘鶏をやろうっていうんだよ」とパク・バルコルは答えた。「闘鶏をやるんだって?そういうことならぼくも見物に行こう」とヤーティムは言ってじゃこうねこをおともにして出かけた。

「どこへいらっしゃるのですか、だんなさま」とじゃこうねこがきいた。「闘鶏に行こうと思ってね」とヤーティムは答えた。「そういうことなら、わたしは闘鶏のにわとりに化けておともしましょう」。「それじゃあ、いったいおまえは、にわとりに化けられるというのかい」。「できますとも」とじゃこうねこは答えた。「それはいいぞ」。その瞬間じゃこうねこは、毛むくじゃらの足の、緑色のにわとりに化けた。けれども、とさかはなかった。

じゃこうねこがにわとりに化けると、ヤーティムはそれを闘鶏場へ連れていった。闘鶏場に着くとちょうど人びとはそれぞれのにわとりを自慢し合っていた。ヤーティムも相手を捜した。そして間もなく領主のおんどりが相手として見つかった。そのおんどりはねずみがかった黄色で赤い肉垂と小さなとさか、それに長くてしなやかな喉頭肉垂があって目はルビーのようだった。

相手がヤーティムに自分のにわとりにいくら賭けるつもりかと聞くと、ヤーティムは「ぼくはぼく自身を賭けるよ」と勇ましく答えた。ラジャは了解した。もし自分が勝てばこの少年ににわとり小屋の掃除をさせればよいと思ったからである。領主のにわとりには五千ルピアが賭けられた。相手のおんどりは鉄のけづめをつけていたが、ヤーティムは自分のおんどりの足にはココやしの木の葉っぱをけづめがわりに結びつけた。鉄のけづめなんか必要ではなかった。

そして他のひとににわとりをまかせるのもいやだったので、自分でにわとりをかかえて進み出た。準備が万端ととのうと二羽のおんどりは放された。そして二羽が向かい合うやいなや、ヤーティムのおんどりが相手の頭を突っついた。あっというまに相手はひっくり返って死んでしまった。

するとみんなが、今度は領主のもう一羽のおんどりと戦わせろと勧めた。今度のはさるのように灰色で、足は毛むくじゃら、それに大きなとさかをしていた。賭け金は今度も五千ルピアということになった。ヤーティムは同意した。相手は鉄のけづめをとりつけると、おんどりを放した。今度も前と同じにヤーティムのが勝った。

ヤーティムはまた領主のおんどりと戦わせろと言われた。今度のは黒い羽が三本混じっていて、とさかと冠毛があって赤い目と、こぶしのように丸まった足の指をしていた。今度の賭け金は一万ルピアということになった。ヤーティムは同意した。そして最初のぶつかりあいで領主のおんどりは負けてしまった。

そうこうしているうちに薄暗くなってきたので、領主はヤーティムにあすの朝また来るがよいと言った。「いいですとも、だんなさま」とヤーティムは答えた。それから数人の男たちに賭けでもうけたかねを庭園まで運んでくれるようにたのんだ。庭園に帰りつくとパク・バンコルがきいた「小僧、こんな大金をだれがくれたんだい」。「領主と賭けをしてぼくがもうけたかねだよ。あしたもう一度あそこへ行って領主の有名なおんどりを全部負かしてしまうよ」

 次の朝、人びとがみんな闘鶏場へ急いで行くころ、ヤーティムも自分のおんどりをかかえて、そこへ行った。そこにつくと人びとはそれぞれのおんどりを自慢し合っていた。ヤーティムはまっすぐ闘鶏場のまん中へ行くと領主のおんどりを捜した。領主のおんどりは羽は赤みがかった黒で、口ばしと足は黄色、頭はケミリの実みたいで、さるのようなしっぽと白いかぎづめをしていた。みんなが鉄のけづめを渡したが、ヤーティムはそれを断ってココやしの木の葉っぱを鉄のけづめがわりに結びつけた。

にわとりが二羽とも準備がととのうと闘鶏場のまん中に連れてこられ、向かい合った。賭け金は今度は三万五千ルピアにもなった。二羽は合図といっしょに放された。ラジャのおんどりが攻撃しようとしたとたん、ヤーティムのおんどりがそれにとびかかって頭を突っついた。

領主はもう一度試合をするように命じた。それでヤーティムのおんどりは、象牙色と緑の羽で、とさかがあって、こぶしのように丸まった足指をもつおんどりと向かい合った。賭け金は五万ルピアだった。この試合も今までと同じようになった。二羽のおんどりが向かい合うやいなやヤーティムのおんどりが相手ののどをくだいてしまったのだ。

領主はますますふきげんになってヤーティムに、なんという名でどこから来たのかと尋ねた。ヤーティムはうやうやしく、自分の村は北の方にあって、名前はヤーティムですと答えた。そして今のところは庭園の中のパク・バンコルの家に住んでいます、とつけ加えた。

領主はとてもふきげんになって、なんとかしてヤーティムを殺してやろうと悪い策略をめぐらしてこう言った「ヤーティムや、ここらで闘鶏はやめにして、その代わり競馬をやろうじゃないか。おまえがそれに参加しなければ、殺すぞ」。ヤーティムはどう答えたらよいのか分からなかったが、うやうやしく言った「だんなさまのご命令どおりに。わたくしはご命令ならばなんでも従います」

 闘鶏場にひとがいなくなると、みなし子は馬など一匹も持っていないので、心配になってがっくりしてしまった。だれから借りればいいのだろう。とても心配していたところにしかとさるがやってきた。「いったいどうしたのです。どうしてそんなにがっくりしておいでなのですか」。ヤーティムは答えた「競馬をしようって領主に挑戦されたんだ。応じなければ殺されちまうんだ。でも馬なんか持ってないから悲しいんだ」。

しかはこう言った「心配することはないですよ。ぼくが馬になってこのさる君が騎手になりましょう」。「それじゃいったい。おまえ。馬に化けられるというのかい。それからさる君、おまえは人間になれるっていうのかい」。ヤーティムがきくとしかとさるは答えた「もちろん、できますとも」。

次の日の朝、しかはざくろ色の馬に化け、さるは人間に化けた。すぐにヤーティムは馬と騎手をおともにして競争場へ出かけていった。競争場では二頭ずつが組にされた。そしてヤーティムの馬の相手になったのは、領主のこげ茶色の大きくてすんなりした馬だった。賭け金は十万ルピアに達した。

ふたりの綺手はそれぞれの馬に乗ってスタートラインまで行った。すべての準備がすむと、合図で馬は走りだした。はじめからヤーティムの馬は相手をひきはなした。なにしろ騎手が大変上手だったから。領主の馬は負かされてしまった。領主はこの敗北をまのあたりに見てますます怒った。

 もう一回領主はヤーティムに挑戦した。ヤーティムは水にもぐることのできる人間を捜さなくてはならなくなった。そして、それが見つからなかったら殺されてしまうのだ。ヤーティムは領主の注文にうなずいて家に帰った。庭園についてもとても心配だった。だれに水にもぐってくれなどと言えるだろうか。突然車えびが現れて尋ねた「何を心配しているんですか、だんなさま」。

「領主は、水にもぐれる人間、しかも長いこと水の中にいられる人間を捜せとおっしゃるのだ。もし見つけられなかったり、負かされてしまったら、殺されちまうんだよ」。「心配はご無用。ぼくがそれに化けましょう。あなたは好きなだけぼくに賭けていいですよ」と車えびが言った。「それじゃ、いったいおまえ、人間に化けられるのかい」。「できますとも」と車えびは答えた。

次の日の朝、ヤーティムは領主のところへ行った。そしてふたりで深い池を捜しに出かけた。領主は一日と一晩水の中にいられるという男を連れていた。みんなが池につくと領主は車えびと、自分が連れてきた男に、いっしょに水にもぐるよう命じた。一日と一晩過ぎると車えびの相手の男は浮かび上がってきた。けれども車えびは五日と五晩の間ずっと水の中にいた。

領主はますますヤーティムに腹を立て、こう言った「今度はケラディが食えるやつを連れてこい。さもなければお前の命はないぞ」。食べなくてはならないケラディは畑じゅうに生えていた。しかもその畑は広くて、三十束もの稲が刈り取れるほどだった。

 またヤーティムはがっくりしてしまった。ところがそこにあの豚が来て尋ねた「何を心配しているのですか、だんなさま」。「ぼくはケラディを食える人間を捜さなきゃならないんだ。領主の挑戦に負けないためにはね。畑一面生えているケラディを食べられたら勝ちなんだ」。すると豚が言った「心配はご無用。あんたがたくさんと思ってるものも、わしから見ればちょっぴりですよ。その畑はそんなに広くはなくて、二百束の米も取れやしませんよ。わしが全部食べましょう」。

次の日の朝、ヤーティムは豚を連れて領主のところへ出向いていった。ケラディを食べさせられるふたりはある畑に連れていかれた。そこには一面にケラディが茂っていた。そこに着くとふたりはすぐに食べ始めた。そして豚はあっというまにケラディを食べ尽くしてしまった。

また負けてしまったので領主はますます、いまいましく思った。「ヤーティム。わしはあした市場に婦人を二、三人集める。みんな若い娘ばかりじゃ。もしおまえがわしの娘を見つけ出せたら、わしの代わりにラジャにしてやろう。しかし見つけられなかったら、おまえの首はないぞ」。それから家に帰れと命令された。

 ヤーティムはまたがっくりしてしまった。庭園に帰るとはえが来て尋ねた「だんなさま、何をそんなに心配しているのです」。「領主はあした早くに若い女のひとを集めるんだ。領主の娘さんもそこにいるんだけど、他のひとの中に隠れてるんだ」。はえが言った「がっくりすることなんかありませんよ。わたしは、あした領主の娘さんのところまで飛んでって、その頭にとまりましょう。そしたらあなたは、そのひとの手を取って領主のところへ連れていくんです」。

それからすぐにはえは領主の娘さんのところへ飛んでいき、そのそばに一晩じゅう、次の朝が来るまでとまっていた。他の女の人たちの中にまぎれ込むことになったお姫さまは、朝になると、焼き鍋のすすを塗りたくられて、ボロボロの服を着せられた。他の娘たちは着飾ったり、着飾らなかったりして現れた。そうしてみんなは市場へ向かった。その間じゅうはえはお姫さまの頭のてっぺんにとまっていた。

市場での準備がすべてすむと領主はヤーティムに娘を見つけ出すように命じた。はえが頭のてっぺんにとまっているのが見えたので、すぐにヤーティムは娘を見つけ出せた。ヤーティムは娘の手を取って領主のところへ連れていった。領主は約束を守ってお姫さまをヤーティムと結婚させた。そしてヤーティムを領主と決めたというおふれを出した。

 

 注 「ラジャ」 領主や王さまなど支配者につける称号。


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