<インドネシアの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木ダナワ・サリ

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

 
 昔むかし、あるところにダナワ・ケムバールという名の、巨人の親分が住んでいた。ダナワ・ケムバールはすごい魔法の力を持っていたので、巨人の仲間からきらわれていた。この親分には、ダナワ・サリという名の年ごろの娘がいた。ダナワ・ケムバールは、この子が女の子だったにもかかわらず、自分の心得ている魔術のすべてを教え込んだ。ダ

ナワ・ケムバールはダナワ・サリに、飛ぶことや、へびに変身することや、火になることや、ガルーダ(注1)に変身することなど、種々さまざまの術を教えた。ダナワ・サリが魔術をすべて理解し、それを十分身につけると、ダナワ・ケムバールは、自分が教えたすべての術について娘の魔カを高めるために、今度は海底で苦行をさせることにした。

そこで、ダナワ・ケムバールは巨人たちを使って水のしみこまない箱を作らせた。この箱ができあがると、ダナワ・ケムバールはダナワ・サリをその中へ入れて、数人の巨人に、それを海に投げ込むように命じた。箱が沈んでしまうと、命令を果たした巨人たちはもどってきて、おおせのとおりいたしました、と報告した。

 パンジ・アノムというトルコ人に関してもこういう話がある。この王さまは九人の妃を持っていたにもかかわらず、子供がひとりもいなかった。王さまはこのことでたいへんがっかりしていた。それで、九人の妃は王さまに、タンジュン・メナンギスという海辺の聖地へ旅に出るよう、勧めることにした。王さまはそこで宴を催して、国を治める王として後継ぎの息子が授かるようにと神さまにお願いしようとした。そして、国じゅうに次のようなおふれを出した「王が通る村の者どもは、男も女もみな、王の海辺の望地への旅のおともをすべし」

 そのうちに、王さまがタンジュン・メナンギスへたつ日がやってきた。人びとはみんな朝早くから道端で王さまのおでましになるのを待っていた。男も女もその国の者は総出で、これから王さまがお通りになる通沿いにすわっていた。すると、間もなく王さまは屋敷を後にされた。王さまのうしろには女官たちに取り巻かれたお妃たちが続いた。そのうしろにお役人が続いた。そのうしろに、王さまのおともをする村人たちが続いた。王さまはかごにお乗りになり、お妃さまたちは肩の背かごにお乗りになっていた。総理大臣とお役人は馬に乗り、他の人びとは歩いていった。

一行はまもなくタンジュン・メナンギスに到着した。王さまはすぐにおともの者に言いつけて神さまへのお供物を用意させた。それからつりをするために海岸へ出かけられた。総理大臣がおともをした。王さまはまったくひとりで、しかも人びとから離れたさびしい場所を選んだのに、一匹の魚もかからず、そればかりか、つり針に近づく魚さえいなかった。王さまはとうとう怒ってつりをやめてしまった。

ところが突然、何かがつり針にひっかかったような気がしたのでひもを引いてみた。ところが何か重いものがひっかかっているらしかった。それで今度は力いっぱいつり針を引いてみた。するとおどろいたことに、針にひっかかっていたのは箱だった。王さまはそれを引きあげて開けるよう命じた。開けてみると、中からかわいい娘が出てきた。ラジャ(注)・パンジ・アノムは、海底からつりあげた箱の中にかわいい娘がいるのを見つけてひどくびっくりし、またいぶかしく思った。

王さまは娘に尋ねた「あなたはどなたですか。どこからいらしたのですか」。その少女は、海の底で苦行をしていた巨人の親分の娘、ダナワ・サリにほかならなかった。だが、ダナワ・サリはこのことを説明せず、ていちょうに答えた「わたくしは、父がだれであるか、また母がだれであるか存じませんし、わたくしがどこから来たのかも存じません」。

そこで、ラジャ・パンジ・アノムは言った「もしそうであるならば、そなたを連れ帰り、妻にしよう」。娘はていちょうに答えた「あなたさまがそうおっしゃるのでしたら、御意のままにいたします、王さま」。ダナワ・サリは、王さまにタンジュン・メナンギスへ連れていかれた。王さまがお着きになると、おともの者たちの間ですぐに騒ぎが湧き起こった。

みんなは、王さまとこのかわいい娘とのふしぎな出会いについて熱心にあれこれ語り合った。この知らせは、王さまの九人の妃たちの耳にも届いた。妃たちはこれを聞いて新しい競争相手ができたことにびっくりした。それでも、そのふしぎな娘に会うため、妃たちはそこへ出向いて行った。

 ついに王さまの妃たちはタンジュン・メナンギスの神殿に入浴のために着き、神に、子供を恵んでくださいと祈った。王さまのおともをしてきた人びとはそのあと、顔をぬらして入浴した。この儀式をすべてとり行った後、王さまは妃たちといっしょに食事を始めた。それに続いて、召し使いと民衆が食べ物の包みを開いて、大変な騒ぎで食べた。王さまが食事を終え、民衆がみんな食べ終わると、王さまは、妃、女官、貴族、民衆にともなわれて城へひき返した。

その後まもなく王さまの九人の妃はタンジュン・メナンギスで神に祈ったおかげで身ごもった。そして、妃たちが身ごもって七か月めに、王の十番めの妃であるダナワ・サリは、九人の身ごもった妃たちのために土を掘って家を建てることを申し出た。この地下の家には、九人の身ごもった妃のため、大きなホールを作ることになった。王さまはタンジュン・メナンギスの祈りを忘れてしまい、また、特にこの巨人の親分の娘を愛していたので、ダナワ・サリの申し出に賛成した。そして、ダナワ・サリの申し出た洞窟の宮殿を建てるよう命令した。

 洞窟の宮殿ができあがると、王さまは九人の妃にそこへ引っ越すよう命じた。そして出入口はこの九人の不幸な女たちが外へ出られないように外からかんぬきで閉められた。月満ちて、王さまの九人の妃は同じ日に出産した。女の子を生んだ妃もあれば、男の子を生んだ妃もあった。

ダナワ・サリはこの時不意をついて洞窟の宮殿に踏み込み、魔力を使って、出産で力を使い果たして弱っている九人の競争相手の目をえぐり出した。おかげで八人の妃は完全に目が見えなくなってしまったが、ひとりだけ助かった。両眼をなくした八人の妃の子供はことごとく死んでしまった。わずかに片目だけ助かった妃の子だけが死なずにすんだ。この生き残った子は思いがけなく男の子だったため、将来、ラジャ・パンジ・アノムの後継者の地位につく王子となった。

一方、ダナワ・サリは九人の競争相手の目をえぐり出すと、それを巨人の親分である父、ダナワ・ケムバールに送った。ダナワ・ケムバールは、娘から小さな包みを受け取ると、すぐさまそれを小箱の中へ入れてしまった。

 王子は洞窟の中で育ち、大きくなると父親のことを尋ねた。不幸な母親は、王子に、その子の生い立ちと、父親はだれであるのか、そしてなぜ自分たちが洞窟の宮殿に閉じこめられているのかを話して聞かせた。王子は洞窟の監獄を出て、父親のラジャ・パンジ・アノムを捜しに出かけることにした。王子はついに洞窟から脱出することに成功した。

王子は戸口の前で、その時ちょうど洞窟の見張りをしていた総理大臣にでくわした。総理大臣は腰をかがめて、ていちょうに話しかけた「あんなにがんじょうに閉まっている洞窟から、よく出てこられましたねえ」。王子が答えて言うには「うん、総理大臣のおじさん、神の助けのおかげでぼくはこの地獄のような牢屋から逃げてこられたんだ。総理大臣のおじさん、ぼくはおとうさんの王さまを捜そうと思うんだ。王さまのところへぼくを連れていくのはいやかい」。

「いいですとも、王子さま。王さまのところへ連れていってあげましょう。ちょうど、今ならお客さまもいらっしゃいませんから」。それで総理大臣は王子を王さまのところへ連れていった。ラジャ・パンジ・アノムは、自分の前にまっすぐに立っている青年がほかならぬ息子だということを知って、喜びはひとしおだった。

 王さまは、りっぱに成長した息子を目の前にして喜んだが、ダナワ・サリにとってはむしろ逆だった。ダナワ・サリはびっくりしたし、まったく思いがけなく王子が現れたことで、自分の、王さまの愛妻としての地位が危なくなるのが心配だった。それでこの巨人の親分の娘は、まま子を殺すために卑劣な計画を考え出した。そしてラジャ・パンジ・アノムに言った「王さま、わたくしはほんとうはグヌン・ケムバールに住む巨人の親分、ダナワ・ケムバールの娘です。父は魔法をあやつる親分なのです」。

そしてダナワ・サリは、グヌン・ケムバールでの運命から始まって、タンジュン・メナンギスの近くでラジャ・パンジ・アノムに出会った時までのことを話して聞かせた。そして、これから成長していく王子がグヌン・ケムバールに行って修業をつむことに賛成してください、と言った。巨人の親分の娘は、王子にとって魔術を勉強することがどんなに大切であるかを強調した。それからグナワ・サリは、巨人の親分である父は、その大魔刀でもって、自分の持っている魔術のすべてをラジャ・パンジ・アノムの息子に伝授するだろうと断言した。

王さまはダナワ・サリを愛していたので、あまり考えずにすぐに賛成し、息子をグヌン・ケムバールに修業に行かせることにした。そこでダナワ・サリは義理の息子にやさしくこう言った「坊や、おまえはもうからだは十分大きくなったけれども、王になるにふさわしい、十分な知識はまだ持っていないわ。ですから、わたくしの父で、巨人の親分であるダナワ・ケムバールというひとが魔法をよく知っていますから、そこへ行って修業をするといいと思りけれど・・・・・・。おまえのおじいさまの魔法の知識をみんな勉強していらっしゃい。それがおまえのためになると思うわ。これから先、敵が攻めてくることだってあるかもしれないわ」。

すると王子が尋ねた 「だれか、ぼくといっしょに行ってくれるの?」 まま母が答えて言うのに「おともを運れていく必要はないわ。おじけづくことはないのよ。わたくしの書いた手紙さえあれば、絶対に安心、大丈夫です」。そう言ってからダナワ・サリは、グヌン・ケムバールの巨人の親分である父親にあてて、一通の手紙を書いた。書き終わるとそれを義理の息子に渡した。王子はまま母から手紙を受け取って、グヌン・ケムバールにいる巨人の親分、グナワ・ケムバールのところで学ぶため、出発した。

 だが、最後のお別れをする前に、王子は総理大臣のところへ立ち寄った。この老人はちょうど家にいて、そして王子に尋ねた「どこにいらっしゃろうというのです、王子さま。見たところ、遠くへお出かけのようですなあ」。「そうだよ、総理大臣のおじさん」と王子は答えた「ぼくは、グヌン・ケムバールにいる、巨大の親分ダナワ・ケムバールに魔術を習うんだ」。そして王子は、まま母の言ったことすべてを話して聞かせ、また、自分の安全を守ってくれるという例の手紙のことも話した。

人生の苦楽をなめつくしてきたこの老人は、王子の語ることを注意深く聞いていたが、やがてこう尋ねた「あなたの持っていらしたお手紙を、わたしにちょっとみせてくださらぬか」。王子は、まま母からもらってきた手紙を総理大臣にわたした。老人がダナワ・サリの手紙を開けてみると、次のようなことが書いてあった。

「親愛なる父上さま。この手紙を持参いたします者は、ラジャ・パンジ・アノムとその妃との間に生まれたわたくしの義理の息子です。この子は大変危険な敵ですから、すぐに殺してくださいますよう、お願い申しあげます」。

ダナワ・サリの手紙の内容を読んで、総理大臣はどんなにおどろいたことか。そして総理大臣は、グナワ・サリがどんな卑怯なもくろみをしていたかを王子に話して聞かせた。そしてしまいに言った「わたしのご主人である王子さま、この手紙の中身を変えてもよろしいですか?」 王子はそれに反対はせず、それどころか、総理大臣が自分の命を救ってくれ、残虐なまま母と戦うのを助けてくれたことを大変感謝した。

総理大臣はそこでダナワ・サリの手紙の内容をあらためて、次のようにした。

「親愛なる父上さま、この手紙を持参いたします者は、わたくしがラジャ・パンジ・アノムから授かったあなたさまの孫でございます。この子は、わたくしのたったひとりの子で、わたくしは、あなたさまを訪れて魔術を学ぶよう、この子に申し渡しました。そのほか、この子は、以前わたくしがあなたさまにお送りいたしました眼球を、ふたたびいただきたいと申しております。このころでは、わたくしの競争相手はみな、わたくしをたよりにしております。あなたさまの孫が魔術を十分修得いたしましたら、あの眼球をこの子にお与えください。この子はあなたさまのたったひとりの男の子の後継ぎなのですから、あなたさまも喜んで魔術を伝授してくださるものと思います」。

書き終えると総理大臣は、それを黄色い絹の布でしっかりと包んだ。そしてそれを王子に渡して言った「さてご主人さま、巨人の親分の娘の卑劣さをうち負かすことがうまくいきますように」

 それから王子はグヌン・ケムバールへと旅立った。二か月の間、森に入ったり森を出たりしながら旅をした。そしてしまいに、ひとりの大きな強そうな巨人に出会った。巨人は、人間が歩いてくるのを見て、踊りあがって喜んだ。あのうまそうな人間を食べてやろうと思ったのだ。だが、王子は少しも震えたりしなかった。

王子はその巨人のそばに行き、ダナワ・サリからの、書きかえられた手紙を見せた。その大きく強そうな巨人は、ブタ・ヴィリスという名で、明らかにダナワ・ケムバールの城の番人だった。それで、手紙のあて名を見ると、王子を肩に背負って、グヌン・ケムバールにあるダナワ・ケムバールの城へまっすぐつれていってくれた。巨人の親分の城に近づくと、ブタ・ヴィリスはすぐさま親分のところへ行って、肩にかついできたその若者をひきわたした。

 ダナワ・ケムバールのところに着くと、王子は例の手紙を差し出した。ダナワ・ケムバールはそれを開けて読んだ。読んでしまうとダナワ・ケムバールは王子を両手で持ち上げ、ひざの上にだきあげて言った「われわれの城へよく来たな、孫よ。おまえは有能で勇敢な若者だ。おまえを修業のためここによこしたおまえの母親はほんとうにりこうなことをした。もちろんおまえの父親は明らかに王で、おまえは王子だ。だが、おまえはそれでもなお魔術を学ばなければならない。敵が攻めてくることがあるかもしれないからな」。

そこで王子はうやうやしく言った「ぼくもちょうどそう思ってあなたのところへ来たのです、王さまであるおじいさま。ほんとうは、ぼくはあなたのところへ来たくはなかったのです、おじいさま。でも、ぼくの両親は、ぼくをしかって言いました。恐れる必要はないのだ、ラジャ・ダナワ・ケムバールはおまえ自身の家長なのだと。あなたはぼくの母の父上なのですね」。

巨人の親分は喜んでほほえみ、王子の肩をたたきながら言った「おまえの両親の言ったことはほんとうだ。だから今からわたしがおまえに魔術を教えこんでやろう。わたしの知っていることすべてをおまえに教えてやろう、孫よ」。そこで王子はうやうやしく答えた「ぼくは自分の運命を家長の知識にお任せします」

 そして王子はラジャ・ダナワ・ケムバールから魔術を習い始めた。王子は従順でしかも頭がよかったので、巨人の親分の心を得た。またラジャ・ダナワ・ケムバールは、ほんとうの孫だと思っているこの子に満足していた。まもなく王子は飛ぶことができるようになり、また姿を変えることができるようになった。王子は、へびや巨人やとらやガルーダや火やその他のものに変わることができた。ついにラジャ・ダナワ・ケムバールの魔法の知識はすべて王子に伝授された。

そして王子はついに巨人の親分のもとで魔法の勉強を終えると、ある日ラジャ・ダナワ・ケムバールに、おいとまをいただきたいと頼んだ。王子は父親のラジャ・パンジ・アノムの城に帰ろうと思った。そして出発するとき、ラジャ・ダナワ・ケムバールは王子に、ダナワ・サリから預かっていた眼球を渡してくれた。そこで王子は出発した。

 王子は魔術を使って空を飛び、そんなに長いことかからずに父ラジャ・パンジ・アノムの国の首都に着いた。王子は総理大臣の家の前に降りて、母と不幸な義理の母たちが閉じこめられている洞窟の宮殿へまっすぐおもむいた。王子は持ってきた眼球をすばやくもとの目の位置に入れた。眼球は傷ついておらず、以前とまったく同じ状態だったので、王子の母親と義理の母たちはふたたび目が見えるようになった。

そこで王子は母親たちに、まず第一に冷静にふるまうように言った。王子はすぐに、残酷なまま母ダナワ・サリに仕返ししようと思った。それで王子は総理大臣の邸へおもむいた。そして、すべての国民に、男も女もみな家から出ないように命じてくれるよう、この貴族に言った。ぼくは巨人の親分の娘、ダナワ・サリに仕返ししようと思うんだ。そしてダナワ・サリは魔法の知識を持っているから、もしかしたら人びとを傷つけるかもしれない。だからすべての人びとに、決して家を出ないように命令してください。もう相当年老いた総理大臣は、王子の命令をすぐに実行に移した。

 すべての国民が、尊敬すべき総理大臣の命令を受けた後、王子はまま母を捜すため宮殿へおもむいた。偶然にダナワ・サリは人びとにかしずかれながらラジャ・パンジ・アノムのうしろにいた。ダナワ・サリはまま子が元気でもどったのを見てどんなにおどろいたことか。

そして王子はまま母に決闘をいどんだ。ラジャ・パンジ・アノムは息子のこの不遜な態度にとても腹をたてたが、王子のほうではそんなことは気にかけなかった。なぜなら王さまは事の次第を何ひとつ知らなかったのだから。そればかりか王子は王を柱に縛りつけるのに成功した。

そうしてからはじめて王子は力いっぱいまま母につかみかかった。ふたりの魔法使いの間で激しい戦いが起こった。ダナワ・サリはかなわなくなって巨人に変身した。そこで王子も巨人に変身してまま母を追いかけた。ダナワ・サリはふたたびかなわなくなってへびに変身した。そこで王子はもっと大きなへびに変身した。

激しい決闘がずっと続いた。ダナワ・サリはまたかなわなくなって、火に変身して、敵を焼いて滅ぼそうとした。しかし、王子はすばやく雨に変身した。ダナワ・サリはまた負けて、怪鳥ガルーダに変身して、空へ飛んでいった。そこで王子は、山のように大きなガルーダの姿となり、たいへんな闘志を燃やして敵を追った。

二匹の怪鳥は空中で激しくぶつかり合った。しまいに、ダナワ・サリの片方の翼が破れ、このどうもうな女はまっさかさまに地面へ墜落した。王子はそこで、地上に降り立って、ふたたび人間の姿にもどった。そして母親と義理の母たちを洞窟から助け出した。

今まで常に苦しめられてきたこの女たちは、鋭くとがったナイフと、塩と酢の入ったびんを持ってきた。そして、すっかり力つきたダナワ・サリのところへ行った。そして、そのナイフでダナワ・サリの肌に傷をつけ、それからそのどうもうな敵の傷に酢をまぜた塩をすりこんだ。ダナワ・サリは痛さのあまり叫び声をあげ、王子と九人の競争相手に許しを請うた。しかしこの女たちは、この巨人の親分の娘の、痛みを訴える叫び声には耳を貸そうともしなかった。

いやそれどころか王子までが、残忍な人間に同情する必要はないと言った。「残忍な者は、それ相応の罰を受けるものだし、行いの善い者はそれなりの報酬を得るものです」。王子は義理の母たちにそう言った。まもなく、ダナワ・サリはその傷のためにこの世を去った。 

 ダナワ・サリが死んでからやっと王子は父の縄を解きに行った。そして王子はダナワ・サリのことをすべて父に話して聞かせた。父は事の次第がわかったので息子を許し、ふたたび息子に対して親愛の情を持つようになった。それどころか王さまは自分の軽率さをわび、これまで不法にしいたげてきた九人の妃たちをもとの位に引き上げた。王子の母はさらに上の女王に引き上げられた。

 ラジャ・パンジ・アノムは、もう相当年老いていたので、王子はその後すぐに父の後を継いで王冠を受けた。そして戴冠式は喜びのうちに数目続いた。

 注 (1) 「ガルーダ」 神話上の鳥。
   (2) 「ラジャ」 領主や王さまなど支配者につげる称号。


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