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ヤシの木トケクの由来

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかし、あるところに貧しい未亡人がいた。その未亡人にはテッコという息子があった。この息子というのがまったくできが悪かったので、未亡人はうんざりしてテッコをりこうにしつけてもらおうと、むりに学校に行かせることにした。テッコは教育のためにハジに預けられて、コーランを唱えるのを習うことになった。

 だがテッコはハジの家では他の生徒のようにコーランを唱えることを教えてもらえず、ただの書生のようにされてしまった。またハジはテッコのできが悪いことがわかると、この子を召し使いのようにこき使った。けれどテッコは「パク・ハジはぼくにだっていつかはコーランを教えてくれるだろう」とばかり思っていた。そして召し使いの仕事をしなからハジがコーランを教えてくれる機会が来るのを楽しみに待っていた。

ある日、テッコはナンカの実を焼くように言われた。ナンカには九つの種があるのだが、テッコがそれを熱い灰の中にいれておくと、割れてその中のひとつの種がとび出し、どこかへ飛んでいってしまった。テッコはなくなった種をへとへとになるまで捜しまわったけれど、とうとう見つけることができなかった。仕方なくテッコは残った八つの種をパク・ハジに渡した。

ハジは種を数えてみて、ひとつ足りないことに気づいた。それで、怒ってテッコをしかりつけ「マンジラン サンガ カ リ バル」と、低い声でぶつぶつ言った。それはつまり「あのナンカは種が九つあったんだ。ここには八つしかないじゃないか」ということだった。テッコはこのハジのつぶやきを、自分が習わなければならないコーランの一節だと信じ込み、それ以来くり返しこのことばを唱えた「マンジラン サンガ カリバル。マンジラン サンガ カリ バル」。

しばらく時がたってテッコは、しょっちゅう怒ってばかりいるハジの家で暮らすのがもういやになり、森の中でひとりで暮らそうと、家を出た。そして森の中でテッコは苦しい修業をし、例のことばを唱え続けた「マンジラン サンガ カリ バル」。テッコは苦行をしながら暮らしているうちに、偶然隠されていた宝物を見つけ、あっというまに大金持ちになった。

ハジは以前の書生のテッコが大金持ちになったことを聞くと、やきもちをやいて、テッコのところへ出かけていって、いったいどうやってこんな富を手に入れたのか、とテッコにせまった。するとテッコはハジに答えて言った「まったく簡単なことなんでさあ。パク・ハジ。あたしはいつも先生の聖句をくり返し唱えていただけなんです」。ハジはテッコに聖句など教えたおぼえがなかったので、びっくりして「どんな聖句だね」と尋ねた。するとテッコは、自分の暮らしぶりや仕事や唱えごとを話して聞かせた。

ハジは、白分もテッコと同じように金持ちになりたいと思って、テッコが教えてくれた場所へ行き、テッコのしたとおりまねをした。間もなくハジは一本の木にほら穴があるのを見つけ、そこへ入っていった。しかし、ハジが中に入ると、突然その穴の入り口がしまった。ハジは絶望的になって外へ出る通を捜したが見つけることができなかった。そこでハジはテッコのことを思い出し、くり返してテッコを呼んだ。

 今もなお「テッコー、テッコー、テッコー」と呼ぶ声がはっきり聞こえる。これは動物にかわったハジの声で、その子孫は今でもトケクと呼ばれている。

 これがトケクの由来である。


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