<インドネシアの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木三つの誓い

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかしあるところに、三人の兄弟がいた。ハルタワン、グナワン、スラワンという名前だった。三人は兄弟仲良く手をつなぎ、平和に暮らしていた。両親のうち母親しか生きていなかったが、その母親ももう大変年をとっていた。父親は、兄弟が覚えていないくらい小さい時に死んでしまった。年老いた母親はついに病気になり、子供たちを呼び寄せ、死出の旅のせんべつに誠のことばを授けてやるからそばへ来てくれるように頼んだ。母親は、神さまが自分を永遠の眠りにつけようとしていらっしゃるのを感じていたのだ。

 三人がやってくると、母親はカのない弱よわしい声で言った「わたしの三人の子供たちや、わたしはもう年寄りで、悲しみも喜びもたっぷり味わったと思うのだよ。おまえたちどうしているかい? 母さんがあの世に住むようになったら、将来何をして暮らすのか決めてあるのかい?」 年とった母親は子供たちにこう尋ねた。

長男のハルタワンは、金持ちになり、領主と国にその富でもって誠実に仕えたいと答えた。すると母親は言った「その望みをしっかりと持ち続けるのだよ。金持ちで子供のない町の商人についてお行き。そのひとの言うとおりのことをしていれば、おまえはきっとそのひとの子供にしてもらえるからね。そしたらそのひとは、おまえ以外のひとに財産と地所を譲るはずはないからね」。

それから次男のグナワンは、すぐれた知識人になり、領主と国にその知識でもって誠実に仕えたいと答えた。するとは親は言った「その望みをしっかり持っているのだよ。賢人ワシスタの弟子にしておもらい。そしてどんなことがあっても、師匠の知識を全部身につけるまではそのひとのもとを離れてはいけないよ」

 最後に三男スラワンは、勇敢な男になり、自分の勇敢さでもって領主と国の名誉のために仕えたいと言った。すると母親は言った「領主さまのむかしの総理大臣だったウィラパテイのいらっしゃるところへお行き。そこでだれにも負けないようになるまで、ずっと修業するのだよ」。

さてそれぞれが自分の望みを述べて、母親の忠告を聞き終わると、そのおばあさんは、このつかのまの世を静かに満足して去った。それから時どき三人の兄弟は、ほかにはだれにもわからない暗号名をくふうした。ハルタワンは「金持ち」という名、グナワンは「知識人」という名、そしてスラワンは「英雄」という名をつけた。三人はこの暗号名を忘れないようにした。

 ハルタワンはどうしたかというと、主人にとってあらゆる持ち物よりも大切なひとになろうと思って、金持ちの商人のところへ行った。商人のところへ行き、ほろりとさせるようなやり方で召し使いにしてくれるように頼んだ。召し使いや助手の数をふやせば損失もふえることになるので、ほんとうは商人はこの男を雇いたくなかった。助手たちが正直ではなかったので、商人の財産はどんどん減っていたのである。しかしハルタワンが、どんな仕事でも給料をもらわずにする、と言うので、商人は最後にはこの男を雇うことを承知した。

ハルタワンは、夜も昼も十匹の血統書付き犬といっしょに主人の家を見張るように言われた。時には主人の犬たちといっしょに眠ることさえあった。いやそれどころか、ハルタワンの食事はその犬たちの食事と少しも違わないほどだった。朝早くにハルタワンはもう起き出し、広い農夫小屋を拭き、それから馬小屋の掃除をし、動物たちにえさをやり、ひずめをみがき、米をついた。こういう自分の務めを、この男はいつもとてもとても念入りに行った。

半年たつと、商人は自分の財産が今までのように早くなくならないで、収入が意外にふえていることに気がついた。そしてついに説明を聞こうとハルタワンを呼んだ。聞かれてハルタワンは、金持ちになるのが望みであると隠さずに説明した。そして商人に、ある驚くべき事件について報告した。

すなわち、ある晩五人のどろぼうが、水牛の骨をたくさん持ってやってきた。その骨は明らかに、警戒している犬たちに与えられることになっていた。そうすれば犬はじゃまたてしなくなり、どろぼうの仕事がゆうゆうとできるからである。しかしハルタワンはこの計略を見抜き、犬に好きなように骨を追わせた。

それでもどろぼうたちは計画どおりに倉庫に押し入ることはできなかった。というのは、ハルタワンが大きな石をたくさん持ってその場所の近くにいなずまのようにすばやく隠れ、どろぼうたちが倉庫をこじ開けようとすると、二、三個一度に投げつけたので、やつらは今夜は見張りが数人いると思い込んでしまった。やつらのうちのひとりに石が命中し、転倒して頭を打ち、もはや動けなくなった。あとの四人のどろぼうは、恐ろしくて、急いで仲間を運び去る時間もないと思った。

運悪く石をあてられたどろぼうは、意識をとりもどすと、ハルタワンに許してくれと言った。実はこの五人は、あの商人の召し使いであることがわかった。するとそのどろぼうは、二度と決してそのようなことはしないと約束した。いくらか疑わしいとは思ったけれども、ハルタワンは許してやった。次の日、石をあてられた仲間の召し使いが仕事に来られなかったがハルタワンは主人に熱のせいだと説明した。

このことがあって以来、商人の財産は目に見えて増えていったのである。そののちハルタヮンはただ夜警だけをすればよくなり、ほかの仕事は別のひとにゆずられた。二、三か月もすると、商人はようやくハルタワンがほんとうにふるまいの正しい、信頼できる人間であることを悟り、さっそく賃金の少なくない助手に昇格させた。ハルタワンはかせいだ金をせっせと蓄え、数年のうちにもう裕福と感じられるようになった。商人の心を許す友だちになり、そしてついに商人はハルタワンを自分の息子にした。商人が世を去ったとき、ハルタワンははかり知れないほどの遺産を相続した。

 グナワンはどうしたかというと、母親の死後、バカワン・ワシスタという名の、自分にもっともぴったりする先生を捜し出した。ワシスタは術をたくさん知っている学者であった。純粋な学識も密教も心得ていた。彼には生徒がたくさんいたが、そのうちだれが先生と同じ段階に達しているか、あるいはまさっているかはわからなかった。グナワンは、並みはずれた学識でその例外となった。賢いワシスタの術をじきに完全にものにし、しかも知識は先生よりもふえた。

 一方スラワンは、母親の死後、からだをきたえるために森の中や外を、志をいだいて歩きまわった。最後には強い勇敢な人間となれるように、ありとあらゆる体操をした。スラワンに勝てる男はだれもいなかった。それどころかスラワンは、アモック(注1)のように走っている象を静めたり殺したりすることもできた。

 十二年が過ぎると、ハルタワンはある殺人事件に巻きこまれた。その結果、領主はハルタワンに絞首刑を科した。刑の執行は一か月猶予された。ハルタワンの心の悲しみは言いようのないものだった。この災難に巻きこまれてから、ハルタワンはほとんど何も食べなかったし、またほとんど眠らなかった。自分の運命を定める決定が下されてからは、食べるのも眠るのもますます少なくなった。ふさぎこみ、途方に暮れて、ハルタワンは命果てる時を待った。

そのころグナワンが、ハルタワンのいる町にやってきた。グナワンは賢い学識のあるひととして知られていて、自分に助けを求めてくるひとをだれでもいつでも喜んで助けてやっていた。ハルタワンはしまいにこの学識者と話して、自分が助けてほしいと思っていることを知らせた。グナヮンは、ハルタワンが今すぐに安心できるようになればと願い、ハルタワンの気持ちをおおっている悲しみを追い払おうと全力をあげた。また同時に、全能の神にも助けてくださるように願った。

 金持ちのハルタワンが首をつられることに決まっていた日に、死刑を見ようとたくさんの人びとがハルタワンの屋敷の前庭に集まってきた。身分の高いひとたちの準備ができ、ハルタワンも刑を受ける用意が整った。グナワンが落ちつくように言っても、ハルタワンは恐れと不安を隠せなかった。ハルタワンはほとんど眠らず食べずたったので、死人のように青ざめて見えた。しかもハルタワンの最期の時がもうすぐ来るというのに、グナワンが肋けるという約束はまだことばのままだった。

待っていた時が来て、ハルタワンは絞首台に連れ出された。今や運命の綱が首に巻きつけられた。ハルタワンが足掛け台から突き落とされる音がして首をつられた。ところが、同じように高い台に登っていたグナワンが、まるでいなずまのようなすばやさで首つりの綱を切った。ハルタワンは地面に倒れたが、まだ意識はあった。すると領主は兵士にグナワンを捕まえるように命令した。

グナワンが押さえつけられると、領主はなぜこんなことをしたのかときいた。グナワンは、すべてのひとを愛しているからそうしたのだと説明した。自分のしたことは明らかに領主に対する罪であり、また領主の判決にさからうものである。商人のハルタワンはまちがいを犯したのだから、首つりの刑を受けなければいけない。刑は執行された。もしハルタワンが一瞬間綱にぶら下がれば、それで刑を受けたことになる。それによってハルタワンが死ぬかどうかは別の問題で、それについては領主の判決では決められていないのである、と。

領主はこの説明には勝てないと思い、グナワンのしたことを認め、それどころか、ついにはグナワンのことが気に入るようになった。商人ハルタワンの事件はこれでおしまいと宣言されると、見物人はそれぞれに帰っていった。

 月日がたち年があらたまると、グナワンの名前は、領主の屋敷の中でも外の人びとの間でもますます有名になった。勢力がさらに大きくなると、ついには領主が自分の勢力はグナワンの手におちるのではないか、人びとはこれから自分に従わなくなるのではないかと恐れるまでになった。一日じゅう、いや数か月思案したあげく、グナワンを生涯監禁しておくように言いつけた。この決定は実行された。

 それから数年たって、領主はある夢を見たのだが、次の日にはそれがどんな夢であったか忘れてしまった。ただ、その夢が明らかに悪い徴候であったということだけを覚えていた。そこで領主は自分の忘れてしまった夢について教えてもらおうと、国のすみずみから有名な学者や星占い師を呼び寄せた。

その学者や星占い師たちには、それぞれたった三日の期限がつけられた。三日でその夢が説明できなければ殺されることになっていた。領主の夢を言いあてて説明することができなくて、じきに百人の星占い師が殺されたので、屋敷の中ではみんな不安になってしまった。つぎの百人の学者にも死の時が来たし、別の百人は残忍な領主から離れようと、屋敷を去っていった。

すると総理大臣が領主を訪れて、あの男ならもしかしたら領主の願いをかなえられるかもしれないと推薦した。その男の名はグナワンだった。もしグナワンが夢を説明できなければ、もち生涯監禁の身なのだからことは簡単、命を閉じでしまえばいいのだった。でももしグナワンが夢を言いあて、十分に説明できたなら、領主はグナワンを釈放し、ふさわしい身分を与えるようにと総理大臣は申し出た。

領主はこの総理大臣の申し出をすっかり受け入れ、すぐにグナワンを監獄から出させ、自分の前に引きださせた。領主の詳しい説明を聞くと、グナワンは、ほかの人たちとまったく同じ期限をつけることを受け入れると言った。定められた時刻が来ると、領主はもう玉座にすわって、グナワンが自分の夢を説明するのを聞こうと待っていた。

グナワンはこう言った「東から燃える火の玉が来るのです。それがお屋敷の前に落ちそうになったとき、領主さまの勇敢で勇ましいひとりの召し使いが、その火の玉がお屋敷を焼かないようにと玉に一撃を加えるのです。そうするうちにこの男は消えてしまいます。どこへ行ったかはわかりません。けれども領主さまのこの国に住んでいるのです」。

領主はこの説明を聞くと、確かに自分の夢の内容にあっていたので、ほっとしたというしるしにうなずいた。それからグナワンは続けて、この国は敵軍に襲われ、屋敷や国民は戦いの火で焼かれるのだと説明した。しかし敵軍も、ただあの強く勇気のある男のために、得るところなく退却しなくてはならなくなるというのである。

なにしろまだグナワンの言いあてた事件は起きていないので、領主はこのことを自分の記憶の中で思い出した。それでも領主は十分に説明してもらったという気持ちになり、グナワンを釈放することに決めた。それどころか領主はグナワンをまた屋敷の使用人の、以前より高い地位に昇進させた。

 それからほどなく、大胆で強い敵から三人の使者が来た。三人は東の海の向こうから指揮官の通知を持ってきた。内容は、もし領主が宮殿の財産のすべてを引き渡さないなら、この国を武力で襲うというものだった。ただこの国の風習は、百万の兵隊同士を戦わせるのでなく、ここにいる三人がその指揮官と国民を代表するのに十分である。もし三人の使者が負けなければ、それはこの国が敗北したことになり、領主は自分のものを渡さなければならない。しかしもし領主が三人を打ち負かすことができれば、この国を占領しようとは考えないし、もう領主を困らせようともしない。

 ひと月の間、領主は死人のようにこわばって玉座にすわっていたが、あの夢を思い出し、総理大臣に、いちばん強そうな男を選ぶように全国におふれを出させた。人びとの中から百人が都に送られてきたが、三人の使者と格闘するように命じられると、だれもそんなことはしたくないと言った。

最後にひとりの若者が進み出た。若者の名前はスラワンだった。スラワンは、自分の力を思いきって試してみたいと思った。というのは、結果がどうであれスラワンは自分を領主にささげていたので、もし負けてもそれは不運というだけだからだった。もし神が望まれるなら、スラワンは勝ち、領主の名を国じゅうに広めるだろう。だからスラワンは喜んで敵と戦うことを決然と申し出た。

 決められた戦いの目が来た。そしてスラワンは見る見るうちに敵の使者をひとりずつ打ち負かしてしまった。領主も国民もみなびっくりして、こんなに勇気と力のある男を持っているのは誇りだと言った。それから領主は、グナワンが夢の中の事件を予言した男であることを思い出した。領主は感謝のしるしに、グナワンが望むものはなんでも与えた。その上、グナワンとスラワンは領主のお気に入りになり、。ぜいたくに飾られた屋敷に住むように勧められた。

 そのうち領主は海の向こうの王女を自分の王妃にしたいと思った。王女の父は、いろいろな種類の宝石を少なくとも百カティ(注2)ずつもらえば娘をやる、と言った。そのため領主は宝石を何百カティも必要になった。いったいそれほどの宝石をどこから手に入れたらいいのだろう?

 運よく国民の中にひとり、金持ち商人として知られていて、それができるひとがいた。そのひとの名はハルタワンだった。この商人は、途方もない値段の結納金を用意せよという命令を受けた。ハルタワンもやはりすでに領主に親切にされていたので、それに従った。結局この三人、グナワン、スラワン、ハルタワンは、領主の友人そして助言者になった。

 領主の三人の友人が出会うと、それぞれがある時、自分の父親の死後、子供として生き残った時から、領主の屋敷に住むようになるまでの自分の経歴を話しあった。それぞれが自分のことを終わりまで話すと、白分たちが実は兄弟で、同じ父、同じ母の子であることがお互いにわかった。それぞれがその時までずっと秘密にしてきた自分の暗号名、つまり「金持ち」、「知識人」、「英雄」を言うと、三人は兄弟であることがはっきりわかった。三人は泣いて喜び、再会させてもらったことを領主に感謝したという話だ。

 

 注 (1)「アモック」狂気のごとく走りまわってだれかれとなく刺殺する発作的精神錯乱のこと。
   (2)「カティ」 インドネシアの広い範囲で通用している重量単位、六二五グラム。


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