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ヤシの木バヴァン・プティとバヴァン・メラー

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 むかしある村に、ダダパンという名のやもめがいました。そのやもめは、マク・ジャンダ・ダダパンと呼ばれていました。

 マク・ジャンダには、バヴァン・メラーという名の血のつながっている子供と、バヴァン・プティという名のまま子がありました。マク・ジャンダはふたりの子供に、非常に違った扱いをしました。ほんとうの子供は大変甘やかし、どんな願いもかなえてあげました。ところがまま子にはとてもつらくあたりました。洗たくや料理や掃除という仕事は、みんなバヴァン・プティにやらせました。バヴァン・プティは、毎日、休むひまもなく働かなければなりませんでした。そしてたったひとつまちがいをおかしても、すぐにむちで打たれるのでした。

 ある日、バヴァン・プティは洗たくを言いつけられました。川で洗たくをしましたが、洗たくを終えるころには、もう半日がすぎていました。バヴァン・プティはとても疲れていたので、うっかりして洗たく物がひとつなくなっていることに気づきませんでした。それはたぶん流されていったのでしょう。母は、洗たく物がひとつなくなっていることに気がつくと、バヴァン・プティを籐のむちで緑や青になるまで打ちました。それからバヴァン・プティに、なくなった上着を捜しておいで、見つけるまで帰ってきてはいけないよ、と言いました。バヴァン・プティは、流されてしまった上着を捜しに出かけていきました。

 バヴァン・プティは一日じゅう涙を流していました。何も食べ物をもらわなかったので、おなかはすいていました。バヴァン・プティはずっと川岸に沿って下っていきました。川岸でひとに出会うたびごとに、上着が流れていくのを見なかったかと尋ねました。そしてついにあるところで馬を洗っている男に出会いました。バヴァン・プティはそのひとにききました「おじさん。そこで馬を洗っているおじさん。上着が流れてきたのを見なかった?」

  「いいや知らないね、じょうちゃん。あそこで魚つりをしているうちのおやじに、まあきいてみな」。馬を洗っているおじさんはこう答えました。バヴァン・プティは魚つりをしている男のところへ行って、こう言いました「おとうさん、おとうさん、そこで魚つりをしているおとうさん。上着が流れてきたのを見なかった?」  「いいや知らないね、じょうちゃん。川下で米を洗っているわしのおふくろに、まあきいてみな」。

バヴァン・プティはふらふらしながら川岸をさらに下っていきました。口ではいえないほど疲れて、足は棒のようでした。それでもどんどん歩いていきました。森まで来ると、人びとがお米を洗っているところに行きあたりました。バヴァン・プティは尋ねました「おかあさん。そこでお米を洗っているおかあさん。上着が流れてきたのを見なかった?」

  「ええ、見たよ。ちょうど今しがた上着が流れついたのを見たから、拾っておいたよ」とその女のひとは答えました「わたしといっしょに家へおいで。そうしたら返してあげるよ」。バヴァン・プティはこの返事を聞いてとても喜びました。バヴァン・プティは、おばあさんが重そうなかごと土でできた大きな水がめを持って歩くのを見るに忍びなかったので、持たせてくださいと頼みました。

 そのおばあさんはだれなのでしょう。人びとの話によると、森に住む魔女で二二・ブト・イジョという名だそうです。ブト・イジョばあさんの家に着くと、バヴァン・プティはびっくりしてとても不安になりました。今になって、魔女の家に来てしまったことに気づいたのです。「まず飯炊きを手伝っとくれ。そうしたらお前の上着を返してやるよ」。ブト・イジョばあさんは家に着くとそう言いました。

バヴァン・プティはすぐに、進んでご飯を炊く気があるところをみせました。でもどんなに恐れおののいたことでしょう。炊事道具は普通の家で使うものとは違っていたのです。かきまぜるためのお玉杓子は人間の手でできていました。水をくみにいく手桶はしゃれこうべでできていました。たき木はといえば骨でできていて、その中には人間の骨さえありました。台所道具は、みなぞっとするものばかりでした。

 バヴァン・プティは口では言えないくらいの恐ろしさに震えながら休むまもなく働きました。けれども自分の怖さをひとことも口には出しませんでした。まるで変わったことのないかのように彼女は働きました。ご飯をたいてしまった後、あたりまえのように掃除を始めました。台所用具をみがき、部屋を掃きました。ますます、怖くなりました。長椅子の下にまで骨が散らばっていたのです。

怖いことがつぎつぎと起こりました。テーブルにごちそうを並べた時にはまたいっそう怖くなりました。というのは、水さしから飲み物を注いでみると、それは普通の水ではなく血だったのです。準備ができると決心をして、ブトばあさんのところへ行って言いました「おばあさん、全部準備ができました。どうぞわたしをうちへ帰らせてください。わたしの上着も返してくださいね」。

「すぐにうちへ帰るんじゃないよ。もう夜になるじゃないか。それに途中でわたしの兄に会うと大変だからね。襲われるよ。ここに泊まっていったほうがいいよ。この大きな水がめのふたの下にかくしてあげるよ」。バヴァン・プティは一晩じゅう眠ることができませんでした。心の中では、ばあさんのお兄さんに襲われるのではないかと恐れをなしていたのでした。

朝になるとばあさんがふたを開けて言いました「今だよ、うちへお帰り。わたしの兄はまだ眠っているから。ほらおまえさんが捜している上着だよ、手伝ってくれたごほうびに、このひょうたんをあげよう。でもうちに着くまでは決して開けてはならないよ」。バヴァン・プティは喜んでうちに向かって、ずっと走っていきました。

 バヴァン・プティは無事にうちに着くと、上着とひょうたんをまま母のマク・ジャンダに渡しました。まま母がそのひょうたんを割ってみたところ、中には何があったでしょう? 金や宝石でできた宝物がはいっていたのです。まま母は驚き、とても喜びました。いっぺんに大金持ちになったのです。

しかし、まま母はそれだけでは満足できなくて、自分の娘のバヴァン・メラーにも、同じようにもらっておいて、と命令しました。バヴァン・メラーも実はとてもねたましく思っていたので、出かけていって上着を川に投げ捨てました。そうしておいて、上着な捜しに川を下っていきました。メラーはバヴァン・プティとまったく同じようにして旅を続けていきました。

メラーがニニ・ブトのうちに着いた時もやはり同じように気味の悪いものを見つけ、ぞっとして怖さのために震えてしまいました。しかし、メラーは料理も掃除もしようとしませんでした。ニニ・ブトはとても怒って、メラーにうちへ帰るように命じました。そしてメラーにもひとつのひょうたんをみやげに持たせました。

バヴァン・メラーは喜んでうちへ向かいました。うちに着くと大急ぎでそのひょうたんを割ってみました。しかし中には何があったでしょう? へびやむかでなどの気持ち悪い生き物がはい出してきたのでした。それでバヴァン・メラーは怖くなって逃げ出しました。


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