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ヤシの木人さらいと賢い男の子

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

  
 むかし、南ズラベジの内陸部にまだ人さらいが横行していたころ、ある時ひとりの人さらいが男の子をうまく連れ出し、大急ぎで家から逃げ去った。聞くところによると、人さらいの目的は子供を奴隷にするか、さもなければ、売りとばして大もうけをするのだということだった。人さらいは男の子を遠い森の奥深く連れていったので、子供はしまいには家へ帰る道がわからなくなってしまった。

 子供は、だいぶ行ってからやっと、人さらいの罠にかかって親もとからさらわれたということに気がついた。そこで、その子供はなんとか逃げ出す方法はないものかと計略を考えていろいろやってみたが、家へ帰る道はわからなかったし、もう思い出すこともできなかった。さて、どうしたらいいんだろう? 男の子は自分の運命を神さまの手にゆだねて、それに従った。

 その時、男の子は人さらいを怒らせてやろうと思いついた。そこで、突然おなかが痛くなったと言いながら地面に身を投げ出して、大声で泣き叫んだ。人さらいはその子にさっさと歩けと命令した。けれども男の子はますます泣き叫んで、もうこれ以上歩けない、ことにこんなにひどいやぶの中をかきわけて行くなんてとてもできない、と言った。

とうとう人さらいは根負けして、子供を肩車して行くはめになった。歩きながら、人さらいはこっけいで風変わりな話をして聞かせた。時には、およそとりとめのない話もした。それは、いくらかは男の子をあやすためもあったけれど、自分が子供をかつぐのに疲れてしまったので、それを紛らわすためでもあった。

そのなかに、むかし大きな木が生えていたといしう話があった。その木は地上に生えている木を全部集めてつなぎ合わせたとしても、まだ及ばないほど高かった。それから、大きな斧のことを話した。その斧は、太陽の昇る東から、太陽の沈む西まであるほど大きかった。それから、とてつもなく大きな水牛の話をした。その水牛は、動くと地面と地上のあらゆるものが揺れ動くほど大きかった。――その水牛が動くといつも必ず地震になるのだった。――

それからこの人さらいは、七つの大陸と七つの海をくくることができるほど長い籐の話をした。ほんとうのところどれもみんなばかげた話だったが、男の子は黙って聞いていた。続けて人さらいは、とてつもなく大きい家の話をした。にわとりの卵を屋根のてっぺんから投げると、地面に落ちるまでには卵からひよこがかえって、しかもすっかり羽が出そろってしまうほど大きかったという話である。

人さらいの話は大変におもしろかった。男の子は一字一句注意して聞いていた。というのも、今度は自分が空想的な話をして、もしうまくいくなら人さらいの話をしのいでやろうと思っていたからだった。

人さらいが話し終えると、今度は男の子が話を始めた。むかしから伝わるでっかい太鼓の話だった。この太鼓は、だれかがこれをたたくと、その音は世界じゅうのすべての人びとだけでなく、第七天国にまで聞こえるほど大きかった。

男の子がそこまで話すと、人さらいはその子のことばをさえぎって言った「そんなでっかい太鼓はこの世にあったためしがないぜ。太鼓用にそんなでっかい胴をいったいどこで手に入れたってんだい? どうやってそんなでっかい木を切り倒したってんだね?」

 男の子は答えた「太鼓を作るには、おじさんがさっき話してた大きな木を手に入れたってわけさ。木を切り倒すのに使った斧は、おじさんがさっき言ってたろ、端から端までが太陽の昇る東から太陽の沈む西まであるって、あの斧なのさ」。

人さらいは、またことばを返して言った「材木と斧があったとしてもだぜ、太鼓の皮はどこで手に入れたってんだい? それから何を使って張ったてんだい?」 男の子はこう答えた「おじさんがさっき話していたあのでっかい水牛をぶち殺して、その皮を手に入れたってわけさ。皮を胴にくっつけるたがはおじさんがさっき話していた、七つの大陸と七つの海をくくることができるっていう、あの籐から作るのさ」。

人さらいはまだ負けてはいないで、また尋ねた「そんじゃ、そんなでっかい太鼓はどこにつるすってんだい?」 すると、男の子は答えた「置き場所はちゃんとあるよ。おじさんがさっき教えてくれた、屋根のてっぺんから卵を投げると、その卵が地面に落ちてくるまでにひよこにかえって、羽も出そろうくらい大きいというあの家さ」

 人さらいは、あっけにとられてしまった。自分が話してやったことが今、そっくり全部もどってきたのだ。もし、今自分がつばを吐けば、この子はそっくりそのままつばを吐き返してくるだろう、と人さらいは考えた。そこで、男の子に家族のことを尋ねた。兄弟は何人で、その子は何番めなのか。男の子は、人さらいをますます混乱させるような答え方をした。自分のいちばん上の兄には二人の弟があり、いちばん下の弟には二人の兄がいるというのだ。

人さらいは、男の子にそんな複雑な言い方で何を説明しようとしたのか、もっとはっきり言えと命令した。なにしろ出されたなぞをひとりで解けなかったので、ますます困ってしまったのだ。その正しい答えは、男の子の家は三人兄弟で、この子はそのまん中だということだった。つまり、この子の兄――長男には二人の年下の兄弟――この子とその弟がいて、この子の弟――末の弟には、二人の年上の兄弟――この子とその兄がいるというわけだ。

さて、人さらいは考えた「もしこんなやつをこれからもいっしょに連れて歩くと、おれはひどい目にあわされるかもしれないぞ。ひょっとすると、おれがこいつから得られるだろうとあてにしているもうけも、全然ないかもしれない。なぜって、こいつは並みはずれて賢いからだ。あんなにりこうなやつのことだ。きっとおれのほうがいちころにやられてしまうにちがいない」

 そこで、人さらいは男の子を両親の家に連れて帰った。もう、こんなに頭の切れる男の子を連れて歩くなんてまっぴらだった。人さらいは、この男の子は自分よりずっと賢いから、いっしょに連れて歩くときっと自分にひどい災難がふりかかってくるだろうと思ったのだ。それで、人さらいは男の子に危害を加えずに、両親のところへ連れもどした。

 これが、人さらいと賢い男の子のお話です。


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