ポットリ・トンドンのお話
テキスト提供:小澤俊夫さん
昔むかし、ポットリ・トンドンという女の人が住んでいた。ある日、夫は山へ狩りに出かけていたが、お昼になるとべんとうを取りに家へ帰ってきた。そこでポットリ・トンドンが「獲物は何さ」と尋ねると、「まだなんにも、捕まらない」という答えだった。そこで「あとでキカークの鳴くのが聞こえたら、大急ぎで行きな」と言った。彼女はこっそりと、キカークの鳴き声をまねて 「キカーク、キカーク、キカークは首つりにされて、干し肉にされちまう」と言った。それを聞いた夫は、あわてて森の中へかけ込んでいった。その時、ポットリ・トンドンは干した肉をもっていて、自分の分だけ焼き肉にした。
狩りから帰ってきた夫はポットリ・トンドンにきいた「さっきおれが森へかけ込んだとき、キカークが鳴いたように聞こえたのは、いったいなんだったんだろうね」。「あれは私だったのさ」とポットリ・トンドンが答えたので、夫は大変怒り、伐採刀で女房の頭をなぐりつけた。それはとても痛かった。
彼女は小屋から飛び出して川の方へ駆けていき、深い淵へ飛び込んでしまった。ふたりの娘たちは後を追い、その淵のほとりで姉さんのほうが歌を歌った「ポットリ母さん、ポットリ・トンドン、頭をぶたれたポットリ、水の上に出てきてちょうだい。子供におっぱいを飲ませて。とってもお腹がすいていて、のどもかわいているんです。おなかはからっぽ、おっぱいを飲みたがって、泣いてばかりいるんです」。
するとポットリ・トンドンが姿を現し子供にお乳を飲ませてくれた。母さんはその子にお乳を飲ませてしまうと、ふたたび水に入り、淵の中へ姿を消してしまった。子供たちふたりが家へ帰ってくると、父さんはびっくりして、ふしぎそうに姉にたずねた「いったいおまえは妹に何を食べさせたんだ。ずい分太ってしまったじゃないか」。そこで娘は言った「桑の実だけよ」。
次の朝もまた娘たちは川岸に出かけていき、姉さんが歌った「ポットリ、伐採刀で頭をぶたれたポットリ・トンドン、水の上へ上がってきて、わたしの妹におっぱいをやって。とってもおなかをすかせているの、おなかの中はからっぽよ」。ポットリ・トンドンは姿を現し、子供にお乳を与えた。お乳がすむと、ふたたび深い淵の中へもどっていってしまった。ふたりの子供は家へ帰った。
するととうさんは「なぜ、おまえの妹はちっともやせないんだ、このごろはおっぱいを飲めないのにさ」ときくのだった。娘は「だってわたしが妹に桑の実を食べさせているんだもの」と答えた。父さんはうそだと思って、ぷんぷん怒った。
次の朝になって、子供たちがぬけ出していくと、父さんはこっそり後をつけて、そっとうかがっていた。淵のへりに来ると大きいほうの子が歌うのだった「ポットリ、伐採刀で頭をぶたれたポットリ・トンドン、上がって来てよ。わたしの妹にお乳をちょうだい。おなかがすいているのよ。おなかの中はからっぽなの。おっぱいを飲みたがって、しょっちゅう泣いてばかりいるのよ」。
ポットリ・トンドンはお乳を飲ませに上がって来た。しばらくの間様子を見ていた夫は、その時突然ポットリ・トンドンにつかみかかったのだが、とてもつるつる滑ったので逃がしてしまった。ポットリはあわてて淵の中へ逃げ帰った。ふたりの子供はとても悲しみ、おなかをすかせたまま家へ帰っていった。
次の朝、子供たちはまた淵へ出かけていき、腰をおろしてこの前と同じ歌を歌ったが、母さんはとうとう出てきてくれなかった。いつまでも、ふたりは待ち続け、妹のほうはひっきりなしに泣いていた。それでもポットリ・トンドンは姿を見せてはくれなかった。ふたりの子供たち、とくに姉さんのほうはどうしてよいかわらなくなった。
それから、ふたりは歩き出したが、川の岸にそってただうろうろとさ迷い歩くばかりだった。ふたりが一本のくだものの木に出くわすと、姉さんは高いところまでよじ登っていって、その実を取って妹といっしょに食べた。姉さんがようようふたつの実をもぎとると、ひとつを妹にやり、三つとればそれぞれひとつ半ずつ分けて食べた。何年間もふたりは歩きまわり、小さかった妹もとうとうすっかり大きくなって、自分で歩くようになった。
ある日のこと、ふたりは一本のマンゴウの木のところへきた。姉さんはよじ登っていき、一個ずつ実をもいでは、妹が食べられるように地面に落としてやった。そんなことをしていると、いのししが一頭やってきた。姉さんは妹を励ますように叫んだ「静かにして、こわがるんじゃないよ!」 姉さんは次から次へとマンゴウの実を投げ落とした。しかし、彼女が落とした実はそのいのししがむしゃむしゃ食べてしまった。
最後に姉さんはひとつのマンゴウにナイフを突き立てて下へ落とし、下にいる妹に「これは拾うんじゃないよ」と叫んだ。マンゴウが地面に落ちると、すぐさまいのししはそれをむさぼり食べてしまった。いのししがそこらじゅうのたうちまわっているのを見た妹は「姉さん、踏みつけてよ、いのししを踏みつけてよ」と叫び声をあげた。姉さんは「しーっ、いのししはひとりで死ぬよ。後で肉を食べようね」と言った。
彼女が木から降りてみると、いのししはすでに死んでいた。そこで姉さんはいのししの肉を焼こうと思い、火を捜しに出かけていった。「ここで待っていな、火を捜しにいってくるからね」。
森のまん中で、彼女はインド・オロ・オロの小屋に出くわした。彼女がおばあさんに火をくださいと頼むと、インド・オロ・オロは「何に使うんだい、おちびさん」と言った。「やまあらしを焼きたいの」。「やまあらしを食べるんだって? おまえさんたちのおばあさんに食べさせるってことかい? ほんとうに何を焼きたいのさ、おちび」。
「腐ったかによ、おばあさん」。「おまえさんたちのおばあさんは、後でかにを食べるからね」。それからインド・オロ・オロはしつこくきくのだった「いったい何を焼きたいのさ」。「ほんとうはね、いのししなのよ、おばあさん」。すると、インド・オロ・オロは「おちびさんよ、おちびさん」と言ってその子に火をくれた。
それからふたりそろって、焼くためにおいてあったいのししのところまで行った。いのししの肉がよく焼きあがると、インド・オロ・オロはそれをこまかく切り分けた。そのとき、娘が言った「おばあさん、脚を妹にあげて」。おばあさんは「その子は後でいのししの脚のやみつきになってしまうだろうよ」と言った。姉さんは「ここのところの耳を妹にあげて」と頼んだ。「これを食べさせるときっと妹はなんでも知りたがるくせがつくだろうよ」とインド・オロ・オロが答えた。
そこで姉さんは「もし耳がもらえないんだったら、あの子に心臓をあげて」。「そんなことをしたら、あの子はきっと心臓ばかり食べたがるようになっちまうだろうさ」。そして肉を分けた。そのとき、インド・オロ・オロは「ここのところはわたしの足のために、ここのところはわたしの手のために、ここのところはわたしの目のために、そしてあそこはわたしの頭のために」と言った。
いのししは全部分けられたが、ふたりの子供はまったく見向きもされなかった。インド・オロ・オロは肉を全部かごに入れると、かごを肩にかついで家へ向かって歩きだしてしまった。ふたりの子供はその後についていった。みんなが石っころの多いやぶを横ぎったとき、姉が言った「おばあさん、かごが破けてきたわ」。「頼むからかごを降ろしておくれ、ちびさん」。姉はかごから肉をいくらか取り出して、肉の代わりに石をつめておいた。
それからまもなくもう一度姉が言った「おばあさん、かごがぶらさがっているよ」。インド・オロ・オロが「おねがいだよ、かごを降ろしておくれ、ちびさん」と言ったので、子供たちはもう一度かごから肉を取り出して、肉の代わりに石を入れておいた。そうやってふたりは、かごの中の肉がすっかりなくなるまで入れかえた。
やっとインド・オロ・オロは小屋に着いた。そして夫に言った「いのししの肉を取り出しておくれ」。すると夫がこう言った「自分でお前さんの石を取り出しな。お前の胸は石のように硬い、お前ののどはこんろの火のように熱い、お前の手はスプーンのように硬く、お前の耳はなべぶたのように大きい」。インド・オロ・オロはこう答えた「私が肉を焼くんだったら、お前さんをあぶっちまうだろうよ。私が湯をわかしたら、お前さんの口にそそいじまうよ。そしてげんこつでお前さんの頭をぶんなぐるよ」。
しかし、かごの中には実際、石ころだけしか入っていなかった。これを知るとインド・オロ・オロは怒って、その石を右へ左へ投げつけた。全部投げつけてしまうと、とっくに逃げてしまったふたりの子供を捜しに出かけていった。そして竹やぶの中の道端でいのしし肉を食べているふたりの子供を見つけた。
インド・オロ・オロは子供たちを捕まえて家へ連れ帰り、ご飯を食べさせて太らせようとした。彼女がひっきりなしに食べさせたから、子供たちはだんだん太ってきた。
あるとき、インド・オロ・オロが「さて、おちびさんたち、どんなぐあいに太ったかい」ときくと、子供たちは「わたしたちのおなかはまだ小さいよ、歯の間にだってはさめるぐらいよ」と答えた。そこでインド・オロ・オロは「あとふた月待ってみるよ、そしたらおまえたちを食べられるだろう」と言った。
何週間かたつと、インド・オロ・オロはもう一度子供たちを試してみた。そしてこう言った「もうすっかりおまえたちは脂がのった感じだよ。ね、ちびさん」。「おばあさん、わたしたちは大きくなりはじめたわ」。そこでインド・オロ・オロは自分の歯を研ぎに川岸へ出かけていった。
突然、一羽の黒いキカークが川を横切っていくのが見えた。インド・オロ・オロは「一羽の黒いキカークが川を横切りながら、わたしの先になって、家へ急いで帰りなと呼んでいる。わたしは柔らかいちびどもを食べたい。ちびを食べたくてたまらないから歯を研ぎにここまでやってきたのにさ」と言った。
黒いキカークはたずねた「インド・オロ・オロよ、なんて言ったの?」 そうきいてからキカ−クは川を渡って帰っていった。そのときインド・オロ・オロはもう一度言った「一羽の黒いキカークが川を渡って帰っていく。わたしの先になって、急いで家へ帰りなと呼んでいる。わたしは柔らかいちびを食べたいんだ、そしてちびをむしゃぶり食べたいから歯を研ぎにここまでやってきたのにさ」。
黒いキカークはあわててインド・オロ・オロの家へ帰っていき、ふたりの娘に言った「もしおまえたちがごほうびをくれるなら、ひとつお話をしてあげよう」。「どんなごほうびをあげればいいの。黄金?」「わたしが黄金なんてもらってなんになる」と黒いキカークは言い返した。
「それじゃ、何? お米が欲しいの?」と子供たちがきくと、黒いキカ−クは「そう、お米が欲しい」と答えて、それからこんな話をしてくれた。「しらみを一匹とっておいで、そして南の部屋に放しておやり。南京虫を一匹もっておいで、そしてまん中の部屋に放しておやり。のみを一匹捕まえておいで。それを下にあるうすのそばに置いときな」。
それから間もなくインド・オロ・オロが川から帰ってきて叫んだ「オーイ、ちびたち!」部屋の中のしらみが答えた「わたしはここよ」。インド・オロ・オロはその部屋にやってきて叫んだ「オーイ、おちび!」するとまん中の部屋の南京虫が「わたしはここよ」と答えた。インド・オロ・オロはまん中の部屋へやってきて叫んだ「オーイ、おちび!」するとうすの中ののみが「わたしはここよ」と答えた。
インド・オロ・オロは下へ降りてうすのところへ行った。突然、インド・オロ・オロは桶の中に娘の影があるのに気づいた。大急ぎでインド・オロ・オロが子供たちを捕まえると、桶はバラバラになってしまった。娘たちがそこから大急ぎで逃げ出すと、インド・オロ・オロは追いかけた。ふたりは急いで一本のココやしによじ登った。するとインド・オロ・オロはタロの木に登り、呪文をとなえた。「ココやしの木よ、低くなれ、タロの木よ、高くなれ」。
子供たちはそれに対して「ココやしよ高くなれ、タロの木よ小さくなれ」。すると、ココやしは、どんどん、どんどん高くなり、とうとう天までとどきそうになった。反対にタロの木はどんどん、どんどん小さくなり、土からちょっぴり見えるくらいになってしまった(だから、今でもココやしは高く、タロの木は低いのです)。そこで、子供たちは神さまにお祈りした「もしわたしたちの母さんが東にいるのなら、東の方に傾いて。西にいるのなら、西の方に傾いて。もしわたしたちの母さんが川の上流、北の方にいるのなら、やしを川上の方へ傾けて。もしも南にいるのなら、やしを河口の方へ傾けて」。
ココやしは東の方へ傾いて、そのこずえがぴったり母さんの家の戸口にとどいた。子供たちは、母さんのポットリ・トンドンに会った。母さんはちょうど豚にえさをやっているところだった。子供たちがすっかり大きくなってしまったので、母さんはもう子供のことがわからなかった。子供たちが「母さ豚のおかゆを少しわたしたちにちょうだい」と言うと、ポットリ・トンドンは豚のおかゆを子供たちにくれた。
子供たちは食べ終わると「あなたへの感謝のしるしに、のみを捜してとってもいいですか」と言った。「いいよ、どうぞ捜しなさい」とポットリ・トンドンは答えた。子供たちは母さんの髪の中にしらみがいないかとくまなく捜し、髪をとかしてさっぱりとさせた。子供たちは母さんの頭に傷跡があるのを見て泣いた。ポットリ・トンドンは「そこにポタポタ落ちるのは何?」ときいた。子供たちは「多分、雨どいから水がたれているんでしょう、母さん」と答えた。
ポットリ・トンドンは「来ておくれ、わたしはもう一度髪を洗うよ」と言った。そしてもう一度髪を洗い、子供たちが髪をさっぱりと結い上げた。母さんの頭に傷跡があるのを見ると、子供たちはまた泣いてしまった。ポットリ・トンドンが「まったくなんの水がここに落ちるのだろうね」ときいたので、子供たちはもう一度答えた「多分、雨どいから水がたれているんでしょう、母さん」。
ポットリ・トンドンは信じなかった。そして急いで上を見上げると、子供たちの泣いているのが見えた。「おまえたち、なぜ泣くの」ときくと、大きいほうの娘が「わたしたちの父さんの伐採刀で傷つけられた母さんの頭のことを思っているの」と言った。ポットリ・トンドンは、このふたりが自分のいとしい子供であることがわかった。彼女は子供たちにキスをした。子供たちは泣いていた。
母さんは下の娘の口に入っていたタロの葉っぱを取り出してやった。それは豚のえさだったから。そしてふたりに米を食べさせた。「わたしたちはここ、母さんのところに住みたい。もう父さんの家には帰らない」とふたりは言った。
「おまえたち、わたしといっしょにここに住んでもいいよ。でも、ひとつ困ったことがあるんだよ。実は母さんは田んぼのへびと結婚しているのさ。へびは間もなく帰ってくるだろう。だからといって、決してこわがるんじゃないよ。ここにココやしの実が四つある。おまえはそれをふたつ持って天井の前のほうに隠れなさい、そして妹はふたつ持って天井の後のほうに隠れなさい。田んぼのへびが帰ってきて寝入ってしまったら、つぎつぎにその実を床に投げつけるんだよ」。
日が暮れるとへびが帰ってきた。へびは戸口に入ったとたんに言った「おい、ここは人間のにおいがするな」。ポットリ・トンドンは返事した「どこから人間が来るというのさ。おまえさんは毎日毎日獲物を捜しているんだろう。それでさえ人間なんかひとりだって捕まえたことがないじゃないか。わたしは、いつだってここの家にいるんだよ」。
へびは寝に行った。そこで、ふたりの子供たちは、ココやしの実を一個、床に投げた。へびが「なんの音だ?」ときいたので、ポットリ・トンドンは「あそこに一匹どぶねずみがいるのさ」と答えた。またココやしの実が落ちてきた。へびは目をさましてきいた「あれはいったい何の音だ?」 ポットリ・トンドンは「あそこに一匹どぶねずみがいるのさ」と言った。へびは三つめのココやしの実が落ちてきたときにも、何かときいた。
そのうちにぐっすり寝入ってしまったので、四つめの音は聞こえなかった。ポットリ・トンドンはわざと床板をはずして、へびを家の下へ突き落とすことにした。へびは地面に落っこちた。そしてポットリ・トンドンはへびを床下の柵の中へぎゅうぎゅう押しこめて、水牛に熱湯をそそぎかけた。水牛はやけどを負い、あちこちとんだりはねたりしている間に、へびを踏みつけた。踏みつけられたり、熱湯でやけどをしたりして、ポットリ・トンドンの夫は死んでしまった。
この日から、ふたりの娘は母さんと幸せに暮らしましたとさ。娘たちと父さんとの間に起こったそのほかのできごとは、語られていないのさ。