<インドネシアの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木リンキタンとクソイ

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

       
 昔むかし、海辺のある村に九人の子供を持つ夫婦がいた。九人の子供はみんな娘で、まだ結婚していなかった。九人の子供の末娘はとてもかわいらしくて姉たちよりずっと美しかった。この娘はリンキタンという名前だった。

 その村人は海で魚を取って暮らしをたてていた。つまりみんな漁師だったのだが、九人の娘の父親も近所の人びとと同じように漁師だった。この九人の娘の美しさはとても有名で、村じゅうそれを知っていた。そればかりか、はるか遠くの村の人びとさえもこの娘たちをほめたたえた。かわいい娘たちに求婚してくる若者たちの数は少なくなかった。けれどもひとりとして娘たちの望みをかなえられる者はいなかったので、だれも婚約することはできなかった。

 さてある日、一匹のクスクス(注1)が娘たちの両親の家へ客に来た。クスクスが訪ねてきたほんとうの目的は漁師の九人の娘のひとりに求婚するためだった。

ところで、娘の両親は娘たちがそれぞれの夫を持つことをずっと長いこと望んでいた。まだ結婚していない成人した娘たちを持っていることは、どんなに恥ずかしかっただろう。九人も娘があるというのに、そのうちのひとりも結婚していないのである。すでにおおぜいの若者が娘たちに申し込んだのだが、来る者来る者みんな断られてしまった。そしてもう長い間、ほかの若者たちは断られるだろうとおそれて結婚の申し込みをしなかった。

今度結婚を申し込んできたのはこれまでのような若者ではなく、クスクスなのだった。両親はそのような結婚の申し込みを拒むべきか受けるべきかを、いつものように自分だけで決めはしなかった。娘たちの母親はクスクスの申し込みを長女のところへ持っていったが、長女は受けたがらなかった。

それどころかこう言った「何? クスクスが、あのいやらしいけだものがわたしに結婚を申し込んだのですって? けがらわしいけだものの妻になるぐらいなら死んだほうがよっぽどましだわ。いやだいやだ、早く消え失せるように言って!」 そう言いながら、娘は軽蔑するような態度でペッとつばを吐いた。

長女が申し込みを受けたがらなかったので母親は次女のところへ行き、クスクスの妻になるかと尋ねた。次女の答は長女と同じだった。とても軽蔑したように彼女はクスクスの申し込みを断った。三女も四女も、そして八番めの娘まで答はみな同じだった。クスクスの求婚を断ったのである。

とうとう母親は末娘のリンキタンのところまで来て、クスクスの妻になるかと尋ねた。リンキタンは答えた「あれはけだものだけれど、そのしきたりや習慣は良いし隣人を愛しているから、わたしはクスクスの申し込みを受けようと思います。もしおかあさんが賛成してくださるならば」。「わたしは決められませんよ」と母親は言った「それを決めるのはあなた自身よ。もしあなたが申し込みを受けるというなら、ふたりとも賛成しますよ」

 とうとうリンキタンはその申し込みを受け、クスクスと結婚した。それ以来、リンキタンとクスクスは仲の良い夫婦になった。しかしクスクスと結婚したために受ける姉たちや近所からの中傷やののしり、さげすみをリンキタンは毎日感じていた。そのようなののしりや非難を聞いても、リンキタンは悲しくもならなかったし、気がふさぐわけでもなかった。とにかく彼女は、夫であるクスクスをたいそう愛していた。

 クスクスの毎日の暮らしはずっと秘密に包まれていた。彼が、生計と妻とを確保しておくために、昼間何をしているのかを知る者はだれもいなかった。それどころか彼の妻でさえ、クスクスが日中家に決していなかったので、夫の仕事を知らなかった。クスクスがどこに行くのかだれも知らなかった。奥さんなのに自分の夫の仕事をなぜ知らないの、と言って姉たちから毎日ばかにされていた。

そこでリンキタンは、夫が毎日どんなことをして働いているのかを知ろうと思い始めた。そしてある朝、クスクスが仕事に行くと言うと、リンキタンはこっそり彼の後をつけて行った。クスクスは人目を忍んで、森のよく繁ったやぶに入っていった。リンキタンは遠くから後を追った。絶え間なく夫の行動を彼女は観察した。

だれも気がついていないとクスクスは感じたので、茂みまでやってくるとクスクスの毛皮を脱ぎ、それをやぶの中に隠した。リンキタンの夫がクスクスの毛皮を脱ぐと、彼は若い、とてもりっぱな男になった。これを見てリンキタンはあ然としてしまった。夫が人間に、しかもとてもりっぱなふうさいに姿を変えた様子を見て自分の目を疑った。

あふれる喜びをおさえることができなかったので、もう少しで大声をあげ、その辺を飛びまわるところだった。幸いに、リンキタンはどうやら自分をおさえることができた。それからその若者は茂みを離れ、さっそうと岸辺へ向かい、前もって用意しておいたらしいヨットに乗った。やがてヨットはすべり出し、ほかの漁師の一団の中に消えた。

 人間に姿を変えるという夫の秘密を、リンキタンは胸にしまっておいた。だれにもそれをもらさなかった。そしてあくる日もこっそり探った。それはしばらく続いた。リンキタンは、毎朝夫が一匹のクスクスからひとりのとてもりっぱな若者に姿を変え、午後にはふたたびクスクスに姿を変えて家に帰ってくるのを見守った。

クスクスの毛皮はもともとただの変装で、夫がそのりっぱさと勇敢さを隠すために使っているのだということが、リンキタンにはだんだんわかってきた。しかし、どうして夫がクスクスの毛皮で変装するのかはわからなかった。だが、夫がほんとうは人間なのだということにはっきりと気づいてから、リンキタンは、夫がクスクスにもどらずにずっと人間の姿でいられて、毎晩そのままの姿で家へ帰れる方法はないものかと考えた。

 ある朝リンキタンは、毎朝しているように森の繁みまで夫の後をつけて行った。彼がクスクスの毛皮を脱いで海へ行ってから、リンキタンはゆっくりとその繁みに近づいた。だんだん近づいていくにしたがって、リンキタンの心臓は高鳴った。彼女は計画を実行するのをためらった。けれどとうとう、姉たちやそのほかの人びとに、夫はいやなクスクスなどではなく、ほんとうはひとりの勇敢でりっぱな若者だということを見せてやりたいという望みと、夫への愛とにかられて、思い切ってやる決心をした。

いつも彼女は姉たちや知り合いにばかにされていたのだ。いつも、夫を愛すれば愛するほどのけ者にされたり、追い払われたりするのが彼女には不満たった。夫がそのクスクスの姿を捨て、永久に勇敢でりっぱな男でいてくれたら良いと願った。胸をドキドキさせながらリンキタンはそのクスクスの毛皮をつかみ、そして隠した。

昼下がりに、リンキタンは繁みの中で夫の帰りを待った。夫が、クスクスの毛皮で変装するため繁みに帰ってくることをリンキタンは知っていたのである。夫がりっぱな若者の姿で帰ってきた時、リンキタンはやさしくほほえんで迎えた。クスクスはこんなことを予想もしていなかったので、ほんとうにギョッとした。そして隠れようとして逃げ出したが間に合わなかった。

リンキタンは夫の手をつかんで言った「逃げ隠れすることはないのよ、カカンダ。そんなことをしてもだめよ」。「なんのつもりなんだ」とその若者はリンキタンに尋ねた。「ごめんなさい、力力ンダ。もし、わたしのしたことがあなたを傷つけたなら。でも、わたしはあなたにずっとこの姿のままでいてほしいの。みんながいやがるクスクスの毛皮の中に隠れなくてもいいのよ」とリンキタンは答えた。

「でも、どうしてきみはそうしたいんだ?」と若者は尋ねた。「あなたはわたしに愛情を感じないの? あなたの妻に」 と今度はリンキタンが言った「毎日わたしは、お姉さんたちや知り合いにけなされているんです。クスクスを夫に持っているから」。「でもクスクスを夫に持って、きみ自身は恥ずかしいわけではないだろう?」と若者は尋ねた。

「ええ」とリンキタンはきっぱり答えた「少しも恥ずかしくなんかないわ、クスクスと結婚していたって。だから初めからなんのためらいもなしにあなたを夫に選んだのよ、クスクスの姿をしていたのにね」。「それなら、なぜ今さらこんなことをするんだい?」 ふたたび若者が尋ねた「なぜ、今になってぼくにクスクスの姿をやめろと言うんだい?」

 「それはね、クスクスを夫に持っているからといって、前まえから、みんなにばかにされたりいやしめられたりしていたんです。今はもう、わたしの夫が実は勇敢でりっぱな若者だとわかったのだから、みんなにあなたを見せたいの。わたしは信じているんです。わたしの夫がいやなクスクスなどではなくて、実は若くて勇敢でりっぱな男だということを知ったら、これまでわたしをばかにしたりいやしめたりした人たちが、しまいには後悔してうらやましがるようになるだろうっていうことを。だからカカンダ、もしわたしを愛してくださっているなら、ずっとその姿のままでいて、その姿をみんなに見せてください。そして二度とふたたびクスクスにならないで」。

「いいよ、きみがそれを望むならね」と若者は言った。リンキタンは喜んで笑った。手に手をとって、ふたりはいっしょに家へ帰った。ふたりがおよそ半分ほどの道のりを来た時、リンキタンは夫に尋ねた「だれでも名前を持っているわ。だからあなたにもあるでしょ。ほんとうはなんていうの?」

 「クソイだよ」とだけ若者は答えた。リンキタンは続けて「クソイ! クソイ!カカンダ・クソイ! なんてきれいな名前なんでしょう。結婚してからずい分たつけれど、今やっとあなたの名前を知ったんだわ」。彼らはふたりしてほほえんだ。

 それからというもの、リンキタンとクソイはますます幸せな夫婦になった。リンキタンは目に見えて陽気になった。一方、姉たちはリンキタンの夫が以前はいやなクスクスの姿をしていたのに、今は勇敢でりっぱな若者になったと知ってからは、うらやむようになった。姉たちはリンキタンからクソイを奪いたくなった。八人のだれもがクソイの妻になりたいと思った。

 さてある日、クソイは、はるか遠い国へ船出してもよいかとリンキタンに許しを求めた。この旅は二日や三日ですむものではなかった。それどころか一週間、いや多分一か月ぐらいはかかるものだった。夫と離れるのは気が重かったが、リンキタンは心に固く決めたクソイの願いを拒むことはできなかった。だからリンキタンは、いやいやながらではあったが、夫を船出させることにした。そして、異国に留まっている間ずっと健康であるように、また夫が輝かしい成功をおさめて無事家に帰り、ふたたび自分といっしょになれるように祈った。

ある晴れた朝、クソイは望んでいた国へ向けて進路をとり、船を進めた。クソイはそこでひともうけしたかった。そして莫大な利益を妻のところへ持って帰り、それで彼女ともっと幸せに暮らそうと思ったのである。

 リンキタンは重い心で夫を旅立たせた。ところが彼女の八人の姉は反対にクソイの出発を聞いて喜んだ。まず姉たちは、クソイをリンキタンから引きはなすための策略を考えた。そしてとうとう九人(注2)はリンキタンを殺すことに決めた。クソイを彼女から引きはなすにはこの手しかないようだった。そして姉たちはみんな本気でこの願いを実現しようとした。

 数か月後、クソイがかなりの財産を持って間もなく異国から帰ってくる、という知らせが村じゅうに広まった。これを聞いてリンキタンはたいそう喜んだ。とても恋しかった夫が間もなく帰ってくるというのだ。そして、クソイがかなりの財産を持って帰ってくるという知らせだったので、なおさらうれしかった。彼女はできるだけ早く夫と会いたいと願った。そして出迎えるために、急いで海辺へ行った。

八人の姉もやはり家を出てクソイを迎えるために岸辺へ行った。姉たちの目当ては同じように見えたし、いっしょに出かけはしたが、リンキタンの目的とはまるで異なっていた。リンキタンは最愛の夫を出迎えるために岸辺におもむいたのだが、姉たちは妹を殺し、彼女からクソイを奪おうという卑劣な悪だくみを抱いて出かけたのである。

リンキタンは姉さんたちの卑劣な悪だくみを知らなかった。それは、姉たちが持っているような疑いの念を、リンキタンは心に抱いていなかったからである。九人の娘は岸辺に着くとうれしくなって、みんなではしゃぎまわった。そこの海岸ではたくさんの木々が陰をつくっていて、子供たちはいつもその木々の下で遊んでいた。よくその木の枝でぶらんこをする子供がいた。

九人の娘もまたその木々の下で遊んだ。長女から末娘まで代わるがわるぶらんこをした。ひとりの番が来ると、ほかの八人はその人をおしてあげた。とうとうリンキタンの番がきて、姉たちにおしてもらった。これこそ姉たちが待っていたチャンスだったのだ。リンキタンは姉たちの悪だくみに少しも気づいていなかったので、みんなにおしてもらうことにした。

そのうちに姉たちは、だんだん激しく妹を揺さぶった。けれど、リンキタンは姉さんたちがふざけて強く揺らしているのだと思って、疑わしいと思っていなかった。しかし揺れがとても激しかったため、リンキタンはとうとう海につき出ている大きな枝にひっかかってしまった。この木から逃れようといろいろやってみたがむだだった。彼女の豊かな長い髪はますますもつれ、大きな枝にしばりつけられてしまった。

リンキタンはすすり泣きながら、枝から降ろしてくださいと頼んだが、だれも助けてくれなかった。リンキタンはぶらさがったまま身動きがとれなくなっていたので、姉たちは満足した。リンキタンを殺したのは彼女たちだなどとだれにも疑いをかけられないように急いで家へ向かった。

リンキタンは大きな枝から逃れようといっしょうけんめいに努力したが、髪が枝にからみついてうまくいかなかった。逃れたいという望みは消え失せ、助けてもらいたいという望みもまたなくなった。姉たちを除いては、このできごとを知る者はひとりとしていなかったのだ。

 そうこうしているうちに、遠くのほうにひとつの船団が姿を現し、しだいに岸へ近づいてきた。何隻もからなる船団はとうとう海岸に着き、リンキタンがからまっている大きな枝の下をゆっくりと入ってきた。先頭の船がリンキタンの下を滑るように通り抜けていった時、リンキタンは嘆き悲しんで歌った「ああ、木の船をお持ちのあなた、かわいそうなわたしに同情してください。ふしあわせなわたしに同情してください。わたしの夫のクソイはどこにいるのでしょう」。

するとその船から答えが聞こえてきた「クソイはずっとうしろにいるよ」。二番めの船がリンキタンの下を滑るように通り抜けていった時、リンキタンはふたたび嘆き悲しんで歌った。その船はやはり木製だったが、最初の船より美しく、豪華な彫刻で飾られていた。「ああ、彫刻した木の船をお持ちのあなた、かわいそうなわたしに同情してください。ふしあわせなわたしに同情してください。私の夫のクソイはどこにいるのでしょう」。

すると、その船から答えが聞こえてきた「クソイはずっとうしろにいるよ」。次の船がリンキタンの下を滑るように通り抜けていった。この船は銅でできていた。リンキタンは嘆き悲しんで歌った「ああ、銅の船をお持ちのあなた、かわいそうなわたしに同情してください。ふしあわせなわたしに同情してください。わたしの夫のクソイはどこにいるのでしょう」。

するとその銅の船から答えが聞こえてきた「クソイはずっとうしろだよ」。その次の船がリンキタンの下を滑るように通り抜けていった。その船は錫でできていた。リンキタンは嘆き悲しんで歌った「ああ、錫の船をお持ちのあなた、かわいそうなわたしに同情してください。ふしあわせなわたしに同情してください。わたしの夫のクソイはどこにいるのでしょう」。

すると錫の船から答えが聞こえてきた「クソイはずっとうしろだよ」。これはずっと続いた。不細工な船からとても美しいものへと、船はつぎつぎにリンキタンの下を滑るように通り抜けていった。次の船は銀でできていた。リンキタンがクソイのことを尋ねると、クソイはずっとうしろだという答えが返ってきたので彼女は待ち続けた。

 船団のいちばんうしろのとても美しい船は黄金でできており、みごとな飾りでいっぱいだった。この船が彼女の下を滑って通り抜けていく時、リンキタンはまた歌った「ああ、黄金の船をお持ちのあなた、かわいそうなわたしに同情してください。ふしあわせなわたしに同情してください。わたしの夫のクソイはどこにいるのでしょう」。

その黄金の船はスピードを落とした。ひとりの若者が船の外へ出てきて尋ねた「きみはだれ?」  「わたしはリンキタンです」とその若い妻は答えた「わたしは夫のクソイを出迎えたいのです。あのひとがどこにいるか知りませんか」。その男は上を見上げ、声のする方をながめた。彼は勇敢でりっぱだった。その衣服はこのうえなくみごとだった。男は大きな枝のところに女のひとを見つけると、じっくり彼女を見た。

その女のひとがリンキタンであるとはっきりわかると、男は言った「ぼくはクソイだ。きみの夫だ。なぜ木の上になんかいるんだ?」  「お姉さんたちにぶらんこをさせられたの。そして枝にぶらさがったままになったらみんな行ってしまったのよ。助けて!わたしの髪を木の枝からほどいてちょうだい。そうしたら下に降りられるから」。

クソイは急いで木によじ登り、枝にからまっているリンキタンの髪をほどいた。それからリンキタンを引き降ろし、どんなふうにしてこうなってしまったのか話すように言った。リンキタンは夫に一部始終を話して聞かせた。「きみの姉さんたちの心はなんて悪いんだろう」と事情を聞いてクソイは言った「けれどきみは何も心配しなくていいよ。ぼくがこれのけりをつけるからね」。それからクソイは召し使いに大きな箱を持ってくるように言いつけ、リンキタンをその中に入れた。妻が自分によって助けられたのを姉たちに気づかれないためにだった。

 村人たちは異国から帰ってきたばかりの漁師にあいさつをしようと、彼のまわりに群がった。彼らは、ついさっき異国から着いたばかりの数かずの財宝を見てびっくりした。いちばんぎょうてんしたのはクソイを見つけた時だった。クソイが異国から持ち込んだ財宝は莫大だった。今やクソイは大金持ちだった。たくさんの人びとが彼から金の支払いを受けた。村人たちはクソイのまわりに群がり、家までついていった。

家に着くと、クソイの到着をすでに待ちうけていた八人の姉が歩み出てきた。姉たちの服はこの上なく見事だった。クソイをひきつけるために苦心したのである。「ぼくの妻はどこだ? なぜ出てこないんだ?」とクソイは、まるで何も知らないかのように尋ねた。リンキタンの姉たちは答えた「さっきあなたを出迎えるために海岸に行くのを見たわ。でも、今はどこへ行ったか知りません。岸であの子に会いませんでしたか?」

 クソイは彼女たちからこの答えを聞いてほんとうに悲しくなった。リンキタンの姉たちは彼を慰めようとしたし、それぞれが彼に喜んでもらいたいと願った。彼女たちの苦心はさまざまだった。ある者は彼においしい食事を出したし、また冷えた酒などを出す者もいた。それから、とても盛大な祝宴がクソイの家で催され、彼は話をした。異国への旅から帰国までの出来事を説明した。人びとはクソイの物語を聞いてとても喜んだ。

そして最後にクソイは言った「ぼくは岸辺で女のひとが苦しんでいるのを見ました。大きな枝にぶらさがっていたのです。ぼくはその女のひとを助けました」。「そのひとは今どこにいるんですか?」とリンキタンの姉たちは驚いて尋ねた。心の底ではとても不安だった。自分たちがリンキタンの命をねらったことがばれてしまうのではないかと心配になった。

「ちょっと待て!」とそこでクソイはきっぱりと言った「まだ話し終わっていない。話が終わるまで途中でさえぎられたくないんだ。すぐ召し使いがそのひとをここに連れてくるだろう。ぼくの隣りの椅子をひとつあけてくれ。そのひとが来たらそこにすわれるように」。

少ししてから、ひとりのとても美しい女のひとがクソイの召し使いに付き添われて入ってきた。その女のひとは、すばらしい服と目がくらむようにきらめく装飾品で申し分ないほど美しくなっていた。妖精のように美しく優雅なこの女のひとを見た時、人びとはみな驚いた。リンキタンの姉たちも驚いた。その女のひとはクソイの隣りに腰かけた。そんなふうにクソイの隣りに腰かけていると、ふたりはとてもお似合いだった。その女のひとはとても優雅だったし、クソイはりっぱで勇敢そうに見えた。

祝宴に出席していた人たちはみんな、クソイの隣りの優雅な女のひとをよく見ているうちに、それが実はリンキタンだということに気づいた。「ぼくが岸辺で助けたのはこのひとなのだ。まがいもなく妻のリンキタンだ。ぼくは妻の命がねらわれたことはわかっているぞ。海辺の大きな枝にぶらさがっていたんだ。妻をひどい目に会わせたのはだれだかもちゃんと聞いて知っているぞ。お前たちみんなにそれを話すこともないだろう。この卑劣な仕業を犯した者たちは、きっとそのあやまちに気づくだろう。ぼくはその女たちに卑劣な仕業の仕返しはしない」。するとリンキタンの姉たちは、クソイとリンキタンにあやまちを告白して許しを請うた。

 それからというもの、クソイとリンキタンは限りなく幸せに暮らし、姉たちももう妹を中傷しようともしなかったし、夫を奪い取ろうともしなかった。

 

 注(1) 「クスクス」 カスカスともいう有袋目の獣。頭が丸く尾は長くて物に巻きつく。樹上に住み夜行性で、動作は鈍い。
  (2) 「九人」 八人のあやまりだが、原文どおりにしておいた。


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