<インドネシアの民話> 前のお話 次のお話

ヤシの木ラナウォンギ

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

       
 ある女主人にひとりの娘があって、たいそうかわいがっていた。母親はこの子に、ほんの少しの時間でも働けと命令したことは一度もなかった。その子は、いつも屋根裏の一部屋に大切に閉じこめられていた。

 ある日のこと、女主人に遠いところへ出向いていかなければならない用事ができた。出かける前に、娘が入浴と料理に使うようにと、水を張ったかめ七つとやし油を入れたびん七本を用意して行った。

翌日から七日間、娘は、七つのかめから水をとり、またお風呂に入るときには、七本のびんからやし油をとって、すっかり使い果たした。すると、とてもふしぎなことがおきた。七日めにやし油で体をこすったら、あとで子供が生まれたのである。娘は、子供に、ラナウォンギ、つまりやし油という意味の名前をつけた。

 母親が旅から帰ってきて、娘に子供があるのを見ると、たいそう驚いて、娘にこうきいた「おまえに子供ができただなんて、いったい父親はだれなんだい?」  「お母さん、父親はいないのよ。あの七本のびんのやし油を使ってお風呂に入っただけで、子供が生まれたの」。

母親はことばを返した「どうして、そんなはずがあるかね」。「ほんとうなのよ、お母さん、わたしうそはつかないわ」。すると、母親がこう言った「それなら、たのむから、七本のびんに入った私のやし油を返しておくれ」。「いいわよ、お母さん。やし油を返すわ」と娘が答えた。母親は、心のなかで、この娘のことばを信用していなかった。

 女主人の娘は、子供を抱いて、乳を飲ませた。やがて、じきに子供は歩けるようになった。自分でからだを洗うこともできるほどになった。

 ある日のこと、ラナウォンギが遊んでいると、母が呼んでだきしめ、くちづげした。そうして、その子をたらいに入れて、こう歌った「さあ、ラナウォンギや、足のほうから溶けておしまい」。そして、その子の頭が消える前に、若い母はこう言った「七日たったら、また会えるだろうよ」。若い母がそう言うと、子供の頭はすっかり消えてなくなってしまった。

若い母は、油を全部七本のびんに注いで、母親に渡した。それから、旅のお弁当として七つの包みを用意した。それには、やしの葉にくるんだごはんと卵を七つ入れた。そして、お弁当ができると、若い母は、朝日の方角を目ざして出発した。

 最初に通りがかった国で、若い母は村人にこう尋ねた「きのう、ここで、子供が通っていくのに会いませんでした?」 そのひとは、こう答えた「はい、おくさん、きのうはここで寝ていましただ。だけど、今はもうずっと遠くへ行きなすった」。すでに昼すぎになっていたので、若い母は、子供の泊まったというその国に泊まり、その子がゆうべ寝たというその場所に寝た。こうして、若い母は六日めまで毎日旅をつづけたけれども、子供に会うことはできなかった。

 ついに七日めに、若い母は、イナネーネという名の老人の家にたどりついた。彼女は老人こう尋ねた「ここに、子供がひとり立ち寄りましたか?」  「ああ、泊まった」という老人の答え。「今、その子はどこにいるでしょう、おじさん」と若い母は尋ねて、そしてつづけてこう言った「その子は、実は私の子供なんです、おじさん」。そして、そう言いながら、自分の子のためにもってきたくしと鏡と髪粉を取り出した。老人は、その若い母を見えないところに隠した。

 ラナウォンギはお風呂から出てくると、老人にこう尋ねた「おじいさん、鏡をもってないかしら?」  「ああ、孫娘や、ここにあるよ」と老人が言った。「あら、おじいさん、これ、わたしが人間たちのいるあの世界においてきた鏡にそっくりだわ」とラナウォンギが言った。

「それじゃあ、くしをもっていないかしら、おじいさん」とラナウォンギがまたきいた。「ああ、孫娘や、ここにあるよ」と老人が言った。「これ、わたしが人間たちのいるあの世界においてきたくしにまったく同じだわ」とラナウォンギが言った。

おしまいに、ラナウォンギが、こう尋ねた「おじいさん、髪粉をもっているかしら?」 すると、老人はこう答えた「もっているよ。ここにある」。するとラナウォンギは、またこう言った「これ、わたしが人間たちのいるあの世界においてきた髪粉にそっくりだわ」。

子供はおめかしをしているときに、不意に人間らしい臭いに気がついた。そこで老人に向かってこう言った「おじいさん、この家の中によい人間がいるみたいねえ」。「いいや、ちがうよ、孫娘や」というのが老人の答えだった。

 午後になって、ラナウォンギがふたたびお風呂にはいろうと思い、老人に水くみ用の清潔な桶をたのんだ。そしてイナネーネから清潔な桶をもらうと、こう言った「わたしが人間たちのいるあの世界においてきた桶とそっくりだわ」。「確かにそうだ」とイナネーネは答えた。お風呂のあと、ラナウォンギはおめかしをした。

ラナウォンギがまだおめかしをしているうちに、母親が姿を見せた。ふたりはいつまでも何回も抱き合っていたが、ラナウォンギが母親に向かってこう言った「わたしたち、ほんとうにまためぐりあえたのね、お母さん、あなたは心からわたしとはなれたくないのね、さあ、行きましょう、いっしょに暮らしましょうよ」


前のお話  ▲トップ▲   次のお話