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ヤシの木ママヌアとウランセンドウ

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

     
 カウエン山脈のとある谷間の平地で、ママヌアという名の若い男が畑を耕して、とうもろこしをこしらえていた。いく月か経って、とうもろこしの実がほど良く実ったころ、知り合いの男女を何人か、とうもろこしを食べにいらっしゃいと招待した。

宴席のにぎわいといったら大変なものだった。ところがひとつだけ足りないものがあった。洗い水がなかったのだ。ママヌアはこれをひとからそれとなく言われたので、おもしろくなかった。そこでデワ・ムンツウンツの神に泉をひとつお与えくださいとお願いした。

二目めの夜に若者は夢を見たが、その夢のなかで、もし泉が欲しいなら、自分の畑のすみにある大きな石を汗にまみれて掘り起こさなければいけないと告げられた。これをなしとげれば願いはかなえられるであろう。若者が言われたとおりにすると、ほんとうにそうなった。三日の間掘っていくと、水が勢いよく噴き上げてきた。

時が経つにつれ、水のかさがますます増えて広びろとした谷間に流れ込み、とうとうひとつの湖ができた。これが今のトンダノ湖の始まりである。

ママヌアの畑は豊かな水でうるおされ、ますます肥えていった。湖は夜も昼もさまざまな鳥の遊び場となった。湖にはうなぎや車えび、その他たくさんの魚類が住みついた。

ママヌアは泉のまわりにさとうきびとくだもののなる木をいろいろ植えた。ところがママヌアは、自分の畑から毎日といっていいくらい何かしら盗まれているのに気がついた。泉の近くでくだものの皮と、かみ砕かれたさとうきびが見つかった。ママヌアはどろぼうを待ち伏せした。どろぼうがもどってきたら引っ捕らえて悪事をこらしめてやろうと思ったのだ。

ところが若者が見たのはまるで別なものだった。白鳥が九羽飛んできて泉のほとりに舞い降りた。白烏は羽を脱いでみぎわに腰をおろした。その瞬間白鳥は九羽とも美しい乙女になった。

ママヌアは驚きのあまり口がきけなかった。乙女たちは畑に行ってくだものをもぎ、さとうきびを折ってワイワイはしゃぎながら食べた。それが終わると乙女たちは水にもぐったり、水浴びしたり、遊び戯れたりした。乙女たちは水浴びや、泳ぎや、水もぐりに飽きると泉のほとりに上がって、羽をサッと身につけた。その瞬間乙女たちはふたたび九羽の白鳥にもどって、空高く飛んでいった。ママヌアは口をポカンと開けたまま、白鳥のこのふるまいを見物していた。

毎日若者は、乙女たちが水を浴び畑のものを盗むのをそのまま見逃がしていた。だがしまいに若者は、そのうちのひとりを捕まえてやろうという気になった。そこである朝、乙女たちがちょうど水浴びをしているとき、やぶから出てこっそり近づいていった。じゅうぶん近づいていって、若者は羽衣を一枚盗んだ。

 さて乙女たちは水浴びをたっぷり楽しんだところで、また岸に上がり、めいめい衣を見つけて空へ舞い上がっていった。ただ一羽だけ、自分の羽衣がなくなってしまったので、いっしょに飛んでいくことができなかった。乙女はあちこち捜しまわったが見つからなかった。乙女はがっかりして声を上げて泣いた。

そのとき乙女は、ママヌアの姿が目に入ってびっくりぎょうてんし、どうぞ衣を返してくださいと泣きながら若者の情にすがった。「名前はなんていうの?」と、ママヌアが尋ねた。乙女は答えた「リンカンベネといって、天界の最高神ムンツウンツの娘です」。「答えてくれてありがとう」。若者はそういって、乙女に自分の妻になってくれないかと熱心に頼んだ。

リンカンベネは答えた「こんな境遇になったのでは、あなたさまのお申し出をキッパリお断りすることはできませんでしょう。なにしろ衣をなくしてしまったのですもの。ただひとつだけあなたさまにやっかいなお願いがございます。頭のしらみを取ってくださるとき、髪の毛はただの一本も引き抜かないということを忘れないでください。そうすれば、私どもに不幸は訪れません」。「あなたが幸せになれるよう、いつでも心に留めておきましょう」とママヌアは答えた。

このときからふたりは仲むつまじく暮らした。一年ほどいっしょに暮らすと、神さまから息子を授かった。その子は丈夫でかわいらしかった。両親はその子をウランセンドウと名づけた。母親も父親もとても幸せに思った。

ところがある日のこと、ママヌアが愛する妻のしらみを取っているとき、髪の毛を引っぱったものだから、突然そのうちの一本がリンカンベネの頭から抜けてしまった。どうなっただろう。頭から一条の血が流れ出したのだ。リンカンベネはハラハラと涙を流して夫に言った「わたしどもふたりとも不幸にとりつかれてしまいました。私はあなたのもとを離れなげればならないことになりました。と申しますのは、傷の手当をして血を止めるには、天上界へ帰らなければいけないのです」。

それから妻は子供を夫に渡した。「ウランセンドウをよく見てあげてください。わたしどもはまたお会いできましょう」。ふたりはどんなに心を痛めたことだろう。リンカンベネは羽衣を身にまとい、天に向かって飛んでいった。ママヌアは途方にくれてしまった。ママヌアは身のふしあわせを嘆き悲しみながら、ありとあらゆる所へでかけては、いとしい妻が天上界へ帰っていった道を捜し求めた。子供のウランセンドウをいつもいっしょに連れていた。

こうしていたるところ回り歩いているうちに、一羽の大きな鳥に出会ったので、不幸な身の上を話した。「お子さんといっしょに、しっかりわたしの足につかまってください。おふたりを天までお連れしましょう」。「そいつはありがたい!」とママヌアは言った。鳥はママヌアと子供を連れ、天を目指して舞い上がっていった。ところが荷物が重過ぎて鳥は道のりの半分も行かずにもどってきてしまった。ママヌアの落胆ぶりといったら、とても口では言い表せなかった。

そして、ママヌアはふたたび天国への道を求めてさまよい歩いた。一本の大きな籐の木が深い悲しみに沈んでいるママヌアを見て言った「わたしの花冠にお登りなさい。天へ持ち上げてあげましょう」。ところが天に行く道のりのちょうど半分まで来たとき、一陣の激しい突風が吹いてきて、籐の木を折り曲げ海のまん中に向けてしまった。

こうしてママヌアと子供が海のまん中でユラユラ揺れていると、一匹の大きな魚がふたりを助けてくれた。「どうしてこんなことになったんですか?」と魚が尋ねた。ママヌアは妻が自分のもとを去って、天に舞い上がってしまったこと、妻のあとを追って行きたいのだが、それができないことを話した。「わたしの背中に乗ってください。太陽が姿を現す場所へ連れていってあげましょう」と魚が言った。「そこから、つまり天国の底から一匹の犬があなたをムンツウンツの宮殿へ連れていってくれるでしょう」。

ママヌアとその子が魚の背に乗っかると、魚は泳いでいった。数日間、魚は波をかきわけあらしの中を泳いでいったが、とうとう天国の底、太陽が姿を現す場所にたどりついた。そこで魚は友だちの犬にママヌアとウランセンドウを助けて、デワ・ムンツウンツの国まで付き添っていってやってほしいと頼み込んだ。

一行がしばらくよじ登っていくと、町の正門に着いた。ママヌアは門番に言った「もし、門番さん。私はデワ・ムンツウンツさまをお訪ねしたいんですが。というのはお嬢さまの方のひとりがわたしの妻なんです。ここにいるのがわたしどもの子供です」。そしてママヌアは妻の身の上話をした。

 デワ・ムンツウンツはママヌアがやってきた知らせを受けた。「よかろう。宮殿にいる九人の王女たちめ中から妻を見つけ出させよう」とデワ・ムンツウンツが言った。ママヌアはこれしきの命令でうろたえるようなことはなかった。

ママヌアは家から持ってきた妻の衣を取り出し、おともにしてきた犬にかがせた。犬はすぐにママヌアの妻を見つけ、リンカンベネの椅子の下に、しっぽを振りながらすわり込んだ。ママヌアはどんなに喜んだことか。もし犬が助けてくれなかったら、九人の王女たちのなかから、だれがリンカンベネを見つけ出せただろう。というのは九人の王女たちは、姿かたちといい、顔つきといい、着ているものといい、背の高さといい、どこにも寸分の違いもなかったからである。

ママヌアはためらわずにウランセンドウを妻の膝に乗せて言った「わたしたちの子供に乳を飲ませてやっておくれ! この子はなんと長いことあなたを求めてきたことか。わたしのしたことを許しておくれ」。リンカンベネの喜びはとても口では言い表せなかった。母親はわが子を抱きしめ、あふれるばかりの愛情をこめて乳を飲ませた。

 ママヌアはリンカンベネといっしょに天にとどまった。成長したウランセンドウは、もう一度地上にもどりたいと思った。というのもこの子は半分だけ人間だったからである。子供が地上に降りる前に、おじいさんのデワ・ムンツウンツは小さな秘密の包みをひとつ与えた。そして、この包みは下界にもどってからでなくては開いてみてはいけない、と言いわたした。

子供は一本の綱で地上に降ろしてもらったが、降り立ったとき、おじいさんがくれた秘密の包みを誤ってはね上げてしまった。包みの中には割れた卵が入っていて、破片の間から、小さなとてもかわいらしい王女が出てきた。「名前はなんていうの?」とウランセンドウが尋ねた。

「マチネンプン」と王女はにっこり笑って答えた。「おじいさまは、いったいどんなつもりで君をここへ送りこんだんだろう」。「地上であなたのおそばにいるためですわ」。「そいつはすてき、すてき」。ウランセンドウは大喜びで言った。

マチネンプンは手の中に小箱を握っていたが、その小箱には米、とうもろこし、ドリアン、マンゴウ、ドゥク、レモン、その他いろいろな穀物やくだものの種がいっぱい詰まっていた。ウランセンドウとマチネンプンは畑を丹精こめて耕し、そこに天界から持ってきた穀物の種をまいた。また隣り近所のひとには種を分けてあげたので、ふたりは村人からたいそう愛された。ふたりはその土地をツメテンデンと名づけた。そしてくだもののなる木はこの土地からミナハサ全土に広がったのである。


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