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ヤシの木半かけ男が神さまを捜しにいった話

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかし、あるところにひとりのひとがいた、いや失礼、半人間がいた。その男はからだが半分しかなかったので、半かけ男と呼ばれていた。そして手は一本、足も一本、目はひとつだった。顔は半分しかなく、そればかりか心臓も完全ではなかった。そんなふうだったから、半かけ男はとても悲しかった。ほかの人たちとは違うのを感じていた。

半かけ男はいったいだれに自分の不幸な運命を訴え、だれに運命の公平さを求めたらいいか、と長い間考えた。そしてついに太陽の昇る東の方へ向かって行くことに決心した。この半かけ男の考えでは太陽はこの世でいちばん強い者だった。世界じゅうを照らしているのは太陽じゃないか。もし太陽がなかったら世界じゅうまっ暗で、あらゆる生物はずっと暗闇の中で生活しなければならないではないか。それで半かけ男は一度もとまらずに太陽めざして東の方へ歩いていった。

そして太陽の前へ行くと太陽はすぐ半かけ男にこう言った「半かけ男よ、わたしのところへ来て何をお望みだね?」 半かけ男はただ一本の手で太陽の前にひれ伏してこう答えた「尊いおかた、わたしが陛下の御前に現れましたのは、世界でいちばん強いのはあなただ、とあなたのしもべであるわたしが考えたからなのでございまず。あなたはすべての生き物が生きることのできるように光をお与えになります。あなたは世界に光を与え、暗闇を除いてくださいます。それで陛下、あなたにわたしの宿命を訴えたいのでございます。どうかわたしにも運命を公平にお与えください。ほかの人たちはみんな完全なからだを持っているのにわたしだけはそうではないので、ひとに会うと恥ずかしいのです。わたしの願いはただひとつ、あなたのお恵みをいただきたいのです。どうかほかの人たちと同じになれるようにわたしのからだを完全にしてください」

 太陽は答えた「それじゃあ、あなたはまちがったひとに頼みにきましたね、半かけ男! わたしは世界でいちばん強い者ではありません。わたしが輝く光で地上を照らしていると、ときどき雲が来てわたしの顔を隠してしまいます。すると地上はまっ暗になります。だからあなたは雲の所へ行ったほうがいいでしょう。雪はわたしより強いのです」。

別れを告げると半かけ男は雲を捜しに出かけた。雲に出会うとすぐ、雲は半かけ男に尋ねた「半かけ男よ、なぜわたしを捜してやってきたのか?」 半かけ男はうやうやしくあいさつをし、そしてこう答えた「わたしのからだがほかの人たちと同じになるように、運命を公平にしてもらおうと思って太陽に会いに行きました。でも太陽は気高い雲に会いに行けといいました。あなたのほうが強いというのです。それでわたしは尊いあなたがかしこくも、ほかのひとと違うわたしのからだを完全にしてくださるだろうという望みをもって、あなたの前にやってきました」。

「おまえは来る所をまちがえたよ、半かけ男。わたしより強い者がいるんだ」。「その方はどなたです? 気高いおかた」。「風だよ。なるほどわたしは太陽の光をさえぎることはできるが、風が吹くと散り散りに吹きとばされてしまうんだ。風を訪ねて行きなさい。風に運命を公平にしてくれるよう頼みなさい」。

さっそく半かけ男は別れを告げて風を捜しに出かけた。しかし風にも断られてしまった。というのは風によれば山のほうが強いからだった。風は雲を散り散りに吹きとばすことはできるけれども、山にぶつかればもうそれ以上は何もできない。

そこで半かけ男は運命の公平を願うために風の勧めに従って、今度は山へ向かっていった。しかし山もまた自分より強い者がいると言って、半かけ男な助けてくれようとしなかった。「それはどなたです? 気高いおかた」と半かけ男は尋ねた。 「それはやまあらしだ。やまあらしはわたしの背に穴を掘るんだが、わたしには防ぎようがないんだよ。だからやまあらしの所へ行って運命を公平にしてくれるように頼みなさい。あれはわたしより強いのだ」。

しかしやまあらしも半かけ男の運命を公平にするのを断った。やまあらしも世界でいちばん強い者ではないというのだった。世界でいちばん強い者はこわさを知らないものなんだが自分は、つまりやまあらしはいつも犬のことがこわい。戦うと自分は犬にかなわない。それでやまあらしは半かけ男に犬を捜しに行くように勧めた。

半かけ男はさらに歩いていって犬を捜した。しかし犬は答えた「確かにやまあらしはぼくのことをこわがるが、ぼくよりも強い者がいるんだ。どうしてぼくがおまえの運命を公平にしてやるなんていうずうずうしいことができるだろうか」。「それではいったいだれがあなたよりも強いのですか? 犬さん」。「ぼくより強いのはぼくのご主人だよ」。「そのご主人というのはいったいだれですか?」 犬は答えた「人間だよ」。そこで半かけ男はひとりごとを言った「ああ、人間より強い者はどうもいないらしいなあ」。

そしてとても恥ずかしかったが、しかたなくひとりの人間を捜しだして自分の悩みを打ち明けた。その人間は答えた「もしどうしてもからだをほかの人たちと同じようにしてもらいたいなら、神さまにそのことを訴えなければならないよ。神さまに運命の公平をお願いしなさい。なぜって神さまより強い者はいないんだから。神さまは全能でまったく公平だ。神さまはわれわれや、動物や、山や、そのほかの自然をみんなお創りになったんだよ」。「それでわたしは神さまを捜さなくてはならないのですか?」 「そうだ、神さまに運命の公平をお願いしなくてはいけない」。

半かけ男は出かけて、一度も止まることなく昼も夜も進んだ。そしてものすごい密林を通り、高い山によじ登り、深い谷に降りていった。半かけ男の目的は神さまを捜しだし、からだをほかの人たちと同じようにしてもらうことだった。

 旅の途中で半かけ男は平らな石にすわって祈りをささげているハジ(注)を見かけ、祈りの終わるまでじっと見ていた。ハジはだれかに見られているのに気がつくと、すぐ半かけ男に話しかけてきた「どこへ行くんだね? 半かけ男」。「神さまを捜しだして、ほかの人たちのように完全なからだにしてくれるよう運命の公平をお願いするのです。もうずいぶん旅をしましたが、まだ会えません。ハジ、どこへ行ったらよいのかご存じですか?」 「神さまを捜そうとしているなら大変けっこうなことだ。だがおまえが行くべき道のことはわしは何も知らんのだよ」とハジは言った

。それからさらにこう続けた「わしは生まれてこのかた、祈ることしかしてこなかった。神さまの偉大さをたたえ、その気高さの前にひれ伏すことしかしてこなかった。このわしがすわって祈っている石を見てごらん、もうすっかり平らですべすべになっている。だからおまえがうまく神さまに会えたら、忠実なしもべであるわしのためにどのくらい天国の場所を用意してくださっているか、神さまに尋ねてくれ。それからわしに何人の天国の乙女をほうびとしてくださるのかも尋ねておくれ」。「わかりました、ハジ」と半かけ男は答えた。

 またしばらくの間歩いていくと、たくましいからだつきをした男に出会った。その男はまるで病気のように、嘆き悲しんで泣いていた。半かけ男はこの男の様子を見て、大変いぶかしく思った。「なぜあなたは泣いているんですか? だんなさん」と半かけ男は尋ねた。

その男は半かけ男を見つめた。そして泣くのをやめて聞き返した「あなたはどなたです? だんなさん。こんな所にいらっしてどこへ行きなさるんですか?」 「わたしは半かけ男で、神さまを捜しに行くところなんです。わたしのからだが完全ではないので、運命を公平にしていただこうと思っているんですよ。神さまに、ほかの人たちと同じようなからだにしていただくよう、お願いしたいのです」。

半かけ男からの返事を聞くと、その男の、涙をいっぱいたたえた目がキラキラと光りはじめた。絶望したひとが希望の光を見たように、その男は半かけ男の一本しかない手をしっかり握り、いっきにこうしゃべった「聞いてください、半かけ男さん! ほかの人たちからなんと呼ばれているか知りませんが、わたしは盗人なんです。生まれてこのかた、悪いことばかりしてきました。わたしは盗みもしたし、だましもしたし、そう、そればかりか人殺しさえしたことがあります。今になってわたしは後悔し、足の裏まで罪で汚れているような気がします。あなたが神さまの所へ行かれるとはありがたいことです。神さまに出会ったら、わたしが悔いていることを伝えてください。どこの地獄で暮らさなければならないかはもう決まっているのです。なにしろわたしはほんとうにのろわれた人間ですから」。半かけ男はこの盗賊に、頼まれたことを伝える約束をして旅を続けた。

 しばらく行くと森の中で半かけ男はひとりの男がいっしょうけんめいに竹を切り倒し、小さく割っているのを見かけた。その男は一度も手を休めなかった。一目見ればこの男がそれをもう何年もしていることがわかった。切り倒された竹のうち、もうひからびたものもあったし、腐ってすでに土になってしまったものもあった。ところが切られた竹のうちには葉が枯れたばかりのものもあった。そしてまだあおあおとしているものもあった。竹を大地に切り倒してしまうと、きこりはもうその竹のことを気にしなかった。

半かけ男はすっかりたまげてしまった。それでしばらくの間、気にふれたようなその男の仕事ぶりをあっけにとられて見ていた。その男は見られているのに気がつくと怒りだした。そして山刀を半かけ男につきつけておどかした「てめえ、何してんだ? おれの仕事がどれほどきついかわからねえのか?さあ行け!さもないと、てめえの半分の頭をたたき落としてやるぞ」。おどかされて半かけ男はそこを急いで逃げ出した。この変わった男と話をしたってどうしようもないのだから。自分の半分しかないからだをもっと不完全にされるなんてまっぴらだった。

昼になって太陽が焼けつくように照り、大気が暑くなったころ、半かけ男はざくろの木を見つけた。その木には枝もたわわによくうれた赤い実がなっていた。のどがかわいていたし暑かったので、半かけ男はその木のところへ行って実をとろうと思った。しかし手をのばさないうちに、ざくろの実がこう言うのが聞こえた「もしのどがかわいているのなら、わたしをおあがりなさい!」

 一瞬、半かけ男はざくろがしゃべれることにびっくりした。ところが自分が食べようとした実をまだとらないうちに、別のざくろが話しかけてきた「わたしのほうがいいわよ、わたしのほうがおいしいわ!」 すると今度はほかのざくろがいっせいにしゃべり始めて、それぞれが自分をほめたたえ、食べてくださいと頼んだ。半かけ男はすっかり困ってしまって、ひとつもざくろをとれないまま旅を続けていった。

 またしばらく歩いているうちに半かけ男は池が三つ、一列に並んでいる所に出た。両端の池は水がいっぱいで、たくさんの魚がいた。しかしまん中の池は乾いていて一滴の水もなく、まして一匹の魚もいなかった。左の池から魚と水が右の池に飛んでいって、そして逆にも飛んでいった。それなのにまん中の池はまったくかわいたままだった。これを見て半かけ男は驚いて足を止めた。このふしぎな光景をしばらく見てから、半かけ男はまだ目的を果たしていないので歩き続けた。

 半かけ男は信心深くて一心に祈願したのでついに神さまのところに着いた。神さまは半かけ男がやってくるのをご覧になると、こうお尋ねになった「わたしのところへやってきて、何を望んでいるのかね、半かけ男よ?」

 「そんなことはあなたさまのほうがご存じでしょう、神さま。けれどもいくつかお尋ねすることをお許しください」。「何を尋ねたいのだね、半かけ男よ」。「旅の途中で、わたしは三つの池が一列に並んでいるのを見ました。まん中のは乾いていました。両側のは水がいっぱいで、魚がたくさんいました。魚が両端の池の間を飛んで行ったり来たりしていました。しかしなんともふしぎなことに、水と魚が両端の池を行ったり来たりしているのに、まん中の池はまったく乾いたままなのです」。

「それはひとの世の象徴なのだよ」と神さまはお答えになった「金持ちはいつも自分たちの間だけで富を分かち合っている、金持ちは金持ち同志でなあ。ところが貧しい人たちはいつまでたっても貧しいままだ。貧しい人たちのすみ家は金持ちたちの目の前にあるのに、決して金持ちには注意を払われないのだ」。

神さまからこの説明を聞くと、半かけ男はこう言った「失礼ですが、神さま、まだお尋ねしたいことがございます」。「なんだね?」 それで半かけ男はざくろを摘み取ろうとしたときのことについて話して聞かせ、その意味を尋ねた。すると神さまはお答えになった「それもまたひとの世の象徴なのだ。主人や君主にとりいりたい者は、ためらいもなく自画自賛し、仲間をけなすものだ」。そ

れから半かけ男は休みなく木を倒していた森の男のことを話して聞かせた。そして同じようにその光景の意味を尋ねた。「それは、無益なことをするひとの象徴なのだよ。目的のことを考えないで、ただ自分の満足のためだけに働いているひとと同じだ。しかし一方では仲間に、おまえのより自分の仕事のほうがずっとむずかしい、というのだ」。

わかったというしるしに半かけ男はうなずいた。そしてていねいに話を続けた「わたしはまた、自分の犯した非を悔いて泣いているひとりの盗人に出会ったのでございまず。その男は後悔し、自分の運命に甘んじているのでございます。いかなる地獄が定められておりましょうと、その男は運命を受け入れるつもりでおります。その男は生涯やってきたことは罪の繰り返しにすぎないことを知っているのでございまず」。

その話をお聞きになると、神さまは半かけ男を夢のように美しいところへ連れていってくださった。そこはとても壮麗で、おおぜいの天国の乙女が召し使いとしてそこにいた。みな優美な娘だった。「ここは悔いたる者の場所だ」と神さまはおっしゃった。そこで半かけ男はあの盗人もここに自分の場所を見つけるだろうということがわかった。「ああ、あの男はきっと喜ぶだろうなあ」と半かけ男は思った。

それからていねいに話を続けた「わたしはまた、あるハジに出会ったのでございます。その男は平らな石の上で祈っておりました。長い生涯ただ祈り、あなたさまの偉大さと崇高さをたたえてまいったのでございます。わたしが気高いあなたさまをお訪ねしようとしていると申しますと、天国にどのくらいの広さの場所が自分のために用意されているかなあなたさまにおうかがいするように、とそのハジに頼まれたのでございます」。

「そのような偽善者のためには地獄が用意されているのだ」と神さまはおっしゃって、半かけ男を地獄へ連れていかれた。そのとびらにはひどく大きなはさみが掛けてあった。ひとがここを通り過ぎると、このはさみが動き始め、完全に切り刻んでしまうまで止まらないのだった。それからそのひとはメラメラと燃える火で煮られ、溶けて煙となってしまうのだった。これで半かけ男は神さまを捜す旅の途中で出会った人びとのすべでの頼みを伝えた。あとは自分の望みを述べるだけになった。

しかし半かけ男が話し始める前に、神さまがおっしゃった「完全なからだをもった人間になりたいというおまえの望みはかなえてあげよう。だが今は、人間の世界へ通じているこの小さな道を通って帰りなさい。そのうちに橋が見えるだろう。そうしたらそれを渡って行きなさい。それが地上へもどる唯一の道だ。どんな場合にも決して左や右を見てはいけない。もしこの禁令を犯すと、もう決しておまえは地上へもどれなくなるのだ」

 許しを得て半かけ男はいとまごいをした。神さまがからだをまだ完全にしてくれなかったので少し変に思ったが、そのことは何も尋ねずに、神さまがお示しになった細い道を歩き始めた。神さまが教えてくれた橋は狭く、ひどく長かった。その終わりは見えなかった。しかし勇敢な半かけ男はためらわずにすぐさま渡り始めた。いろいろな誘惑があったけれども、半かけ男はただの一度も左右を見なかった。

そのうちにどちらからともなく奇妙な声が聞こえてきた。しかし半かけ男は振り向きもしないでさらに歩き続けた。行けども行けども橋は続くように思われた。橋の終わりはいつまでたっても見えなかった。そのうちにどのくらい長く歩いたかわからなくなったが、突然足がもう橋にさわっていないことに気づいた。気がついてみると足の下に橋はもうなかった! 半かけ男は底なしの奈落へと落ちていった。そして意識を失った。

意識をとりもどしたとき、半かけ男は地上にいて、自分のからだがほかの人たちと同じように完全であることに気がついた。感謝と喜びの気持ちでいっぱいになって、半かけ男は新しいからだの部分をさわった。手、足、胴体、目、鼻、そのほかすべてのからだの部分を。そこで半かけ男は公正で慈悲深い神に祈りをささげた。

 家に帰る前に、半かけ男は先に会った盗人をぜひとも捜さなければならないと思った。盗人は半かけ男が自分のところへ来るのを見ても始めはだれたかわからなかった。だがその声を聞くと、そこに立っている男がだれだかわかった。「もどっていらしたな。神さまはあなたの望みをかなえてくださいましたね。神さまにきっと会われてきたのでしょう。わたしの頼みを伝えることをお忘れにはならなかったでしょうね?」

 「もちろんですとも。それどころか、わたしはこの目で神さまがあなたのために用意してくださった場所を見てきましたよ」。「ああ、きっと恐ろしいところに違いない!」と盗人は両手で顔をおおって叫んだ。「きっと地獄のえじきになると決められているんだ!」 「あなたは勘違いしていますよ。わたしが見てきた神さまがあなたに用意なさったという場所は、美しくて非のうちどころのない楽しい天国でしたよ」。「それはほんとうですか?」 「ほんとうですとも! わたしが見てきたことですから!」

 すると盗人は後悔の気持ちがいっぱいでこう言った「神さまはほんとうに寛大で慈悲深くていらっしゃる。神さま、あなたが幸せをもたない者たちに与えたまう恵みはほんとうに限りがないのですね」。それから盗人は半かけ男にもっと話してくれるように頼んだ。半かけ男がすべてを話し終わっても、盗人は感謝するのをやめようとせず、これから信心深くなり、もう決して罪を犯さないことを約束した。

それから半かけ男は家路をたどった。前に来た道を行くと、再びハジが平らな石の上で休みなく祈っている場所に出た。ハジは完全なからだをした半かけ男を見ると、すぐに尋ねた「これはいったいまあ! きっと神さまはおまえの望みをかなえてくださったんだろう。わしの頼みを伝えることも忘れなかったろうな? 神さまが、終生忠実な、献身的なしもべへの報いとして用意なさっている天国の場所が、どのくらい広いか見てきたろうな? わしがもらえる天国の乙女たちもきれいだったかね?」

 「わたしが見てきたことを聞きなさい!」 と半かけ男は、その男の絶え間ない質問に直接に答えたらハジを傷つけることになりはしないか、と恐れながら答えた。そして神さまのところで見聞きしたことを順じゅんに話した。神さまが、自分の期待したような天国ではなく地獄を用意していることを聞くとハジは憤慨し、神をのろった。そしてこう言った「もしそうなら、わしは天国と天国の乙女たちを得るために盗人になったほうがましだった。まあ見てもごらん、わしは生涯信心深かったんだ、なのに神は地獄を用意なさった。神が正しいという証拠はどこにあるんだ? 盗人は盗みと人殺しばかりしていたというのに、あの世では天国を得る。神が賢いという証拠がどこにあるんだ?」

 それからハジは頭からターバンを巻きとり、自分が絶えずすわって祈っていたために平らでつるつるになった石から離れた。ハジは明らかに自分のことばを実行しようとしていた。半かけ男はただのひとことも言わなかった。そしてすぐに家へ帰っていった。今はもう半かけ男のからだはほかの人びとのように完全だったので、ひとに出会うことも恥ずかしくなかった。

 もちろんもう半かけ男という名は事実に合わなくなっていた。しかし人びとはこの珍しいできごとの記念に、その後もこの男のことをそう呼んだ。

 注 「ハジ」 メッカの巡礼を終えた回教徒の称号。


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