<インドネシアの民話> 次のお話

ヤシの木パンジ・ケラスス

テキスト提供:小澤俊夫さん

 


 昔むかし、とても権力のある王さまが生んでいました。その王さまには、ひとりの息子がいました。王さまはその子供が大きくなったらどうしても王にしたいと思っていました。でも王さまはあてがはずれてしまいました。というのは、その王子はとてもわがままで、だれの忠告も聞こうとしなかったし、だれからも教えられることを好まなかったからです。

王子のただひとつの楽しみといえば、闘鶏を見ることでした。王子は闘鶏を見ている時はいつでもほかのことを忘れてしまいます。闘鶏を見たいという王子の楽しみを、ほかのものに向けさせるなんてだれにもできないことでした。それで王さまはひどく腹をたて、ついに王子を追い出してしまいました。王子を宮殿から追い出す時に、王さまは、わしの国に住んではならぬ、と命じました。

 王子は旅の支度をととのえ、父の宮殿をあとにしました。昼も夜も歩きまわり、深い森から出てきたかと思うと、また深い森へと入っていきました。そうするうちに、王子はある森に入りこみ、そこで、なんともいえない美しい娘に出会いました。娘はその森にたったひとりで暮らしていました。その美しい娘は自分はお百姓の子供で、両親は遠いむかしに亡くなってしまいました、と言いました。それで森にたったひとりで住まなければならなかったのです。娘はひとりで竹の小屋を建て、やしの葉を編んで壁や屋根を作りました。宮殿を追われた王子はその森の娘と結婚し、夫婦となって、その森でいっしょに暮らすことになりました。やがて森の娘はおなかに子供をやどしました。

 王子の妻が子供をやどして、かれこれ七か月にもなろうかというとき、王子は父が死んだという知らせを受け取りました。そこで王子は国へ帰ろうと思いました。王子は自分ひとりしかいなかったので、父のあとを継いで王さまになろうと心に決めました。けれども、妻は森の中においていくことにしました。

 もうすぐ赤ちゃんが生まれる妻は、夫といっしょに行きたがり、悲しみのあまり地面を転がりまわって泣きました。けれども無情な王子は、どうしても妻を連れて行こうとはしませんでした。王子はただひとりで行こうとしました。そればかりか、妻がどうしてもとせがんだら殺してやろう、とさえ思いました。とうとう王子は妻を連れずに出かけました。

 しばらく時がたちました。王子の妻のおなかばだんだん大きくなり、それにつれてますます気が沈んできました。ある朝早く、太陽が木の高さまでのぼったときに、この不幸な妻は小屋の前にすわって、自分の運命を思い悩んでいました。そうやって考えていると、一羽の恐ろしい鳥がにわとりのひなをつかんで、この不幸な女の頭の上を飛んでいきました。突然、そのひなはおそろしい鳥のつめからのがれて、思い悩んでしゃがみこんでいる妻の足もとに、ちょうど落ちてきました。ひなはまだ生きていたので妻は拾いあげて育てました。このできごとがあって数日後に、王子から見捨てられた妻はきれいな男の子を生みました。

 その男の子は九歳になったとき、おかあさんにおとうさんのことを尋ねました。おかあさんは答えて言いました「坊や、あなたにはおとうさんはいないのですよ」。おかあさんはほんとうのことを話そうとしませんでしたので、少年もそれ以上尋ねようとはしませんでした。

 そうするうちに、あのおそろしい鳥が運んできたひなは大きなおんどりになりました。昼も夜も、そのふしぎなおんどりは少年といっしょにいました。おんどりがときをつくるといつでも、その鳴き声はほんとうに奇妙で、人間が何かを言っているのか、あるいはまるで詩でも朗読しているように聞こえました。

そのふしぎなおんどりの鳴き声は、こんなふうなのです。「ブレック ブレック クケルルク。われこそはパンジ・ケララスのにわとりである。パンジ・ケララスの母は朽ちかけた小屋に住み、父は宮殿でただいたずらに過ごしている」。こうして、このふしぎなおんどりが最初に子供に名前をつけたので、少年はやがてバンジ・ケララスと呼ばれるようになりました。

 ところで話はこうなっていきます。王子は自分の国に帰り、父親の後を継いで王座につきましたが、相変わらずおんどりを互いに戦わせ競わせるのが大好きでした。闘鶏用のおんどりを見かけるたびに、王さまはほかのすべでのことを忘れてしまいました。ほとんど毎日宮殿の中庭におんどりを集めました。それで宮殿の中庭はいつもにぎやかで、闘鶏場になり、賭けが行われていました。

 そのころパンジ・ケララスは、王さまが闘鶏を大変好み、いつも賭け試合を催していると伝え聞きました。そこである朝早くその宮殿に出かけて行きました。もちろん、自分のかわいがっているおんどりを連れて。パンジ・ケララスは自分のふしぎなおんどりを王さまのおんどりと戦わせたかったのです。

パンジ・ケララスがその風変わりなおんどりを持って宮殿に着いたとき、宮殿の中庭は賭けをする人でいっぱいでした。パンジ・ケララスは闘鶏場のまん中へ歩いていって、王さまに、自分が腕にかかえているこのおんどりを王さまのおんどりと戦わせてくだざい、と挑戦しました。王さまはパンジ・ケララスの挑戦を受けました。

群集はパンジ・ケララスの大胆さに驚き、驚異の念をもってパンジ・ケララスが腕にかかえているおんどりを見つめました。パンジ・ケララスのおんどりと王さまのおんどりを互いに戦わせました。おおぜいの人が賭けました。王さまの側に賭けた者もあり、パンジ・ケララスについた者もありました。しかし王さまのおんどりは一撃でやられてしまい、パンジ・ケララスのおんどりは歓声をあげてした「ブレック ブレツク クケルルク。われこそはパンジ・ケララスのにわとりである。パンジ・ケララスの母は朽ちかけた小屋に住み、父は宮殿でただいたずらに過ごしている」。

王さまと闘鶏場に集まっていた人びとはみんな、そのふしぎなにわとりの鳴き声を聞いて大変驚きました。パンジ・ケララスはそれから自分のかわいがっているおんどりを腕にかかえ、お金のいっぱいはいった袋を持って家へ帰りました。そして家に着くと、母親は息子がお金をたくさん持って帰ってきたのでびっくりしてあやしんで尋ねました「坊や、どこからこんなにたくさんのお金を持ってきたの?」

 パンジ・ケララスは落ち着いて答えました「ぼくのおんどりを王さまのおんどりと戦わせたんだ。そして賭けをしてぼくが勝ったんだよ。だからこんなにたくさんお金をもらってきたのさ。心配しなくていいよ、おかあさん。あしたか、あさってもう一度行ってくるよ。またぼくが絶対に勝つと思うんだ」

 パンジ・ケララスは闘鶏をさせるために、にわとりを連れてまた宮殿へ行きました。もう一度王さまに戦いをいどみたかったのです。宮殿の中庭では、すでにたくさんのひとがひしめきあっていました。闘鶏の持ち主や賭け事師たちがおおぜい来ていました。みんなはその少年が持っているふしぎなにわとりが、王さまのえり抜きのにわとりとどんなふうに戦うのか、自分の目で確かめてみたいと思っていました。

パンジ・ケララスが宮殿の中庭に着くと、みんなはいっせいに彼のほうへ目を向けました。そうして王さまは少年がそのかわいがっているにわとりを腕にかかえて入ってくるのを見るなり、すぐ少年に闘鶏をいどみました。二、三日前、その少年に負けたことを王さまは忘れられなかったからです。王さまはパンジ・ケララスに言いました「これがわしの賭け分だ。黄金のいっぱいつまった袋だよ。ところでパンジ・ケララス、おまえは何を賭けるんだね」。

「ぼくの首をかけます」。パンジ・ケララスはきっぱりと答えました「もしぼくのにわとりが負けたら、ぼくは首を切られる覚悟ができています」。見物人たちは、パンジ・ケララスの勇敢な答えに驚き、感心しました。王さまでさえこの少年の勇気には驚き、ひそかにこう思いました「この子の顔はむかし知っていただれかに似ているな。だがだれにだろう。この子はほんとうにすごい子だ」。そして王さまは自分で選んだにわとりを持ってくるよう命令しました。そのおんどりは右に出るもののない闘鶏として有名でした。

 二羽のおんどりは、闘鶏場のまん中で放されました。ところが王さまえり抜きのおんどりはたった一度突つかれただけでぐにゃりと倒れ、もう二度と動けなくなりました。王さまと見物人は、この予想もしなかったできごとを目の前に見てとても驚き、そして意外に思いました。なにしろたった一度突つかれただけで負けてしまったこのおんどりは、国じゅうで無敵の闘鶏として有名で、王さまえりぬきだったのですから。

 ふしぎなおんどりは、鮮やかな勝利をおさめるとこう鳴きました「ブレツク ブレツク クケルルク。われこそはパンジ・ケララスのにわとりである。パンジ・ケララスの母は朽ちかけた小屋に住み、父は宮殿でただいたずらに過ごしている」。この奇妙な鳴き声を聞いて、見物人たち、とくに王さまはどんなに驚いたことでしょう。

こうしてパンジ・ケララスは、黄金のいっぱいつまった袋を持って家に帰りました。家に着くやいなや、母は息子を抱きしめました。息子が無事にもどってきたのを見て、母は大変喜びました。母は息子が首をかけたことを知っていたのです。長いこと心配で心を痛めながら待ち続けた母は、今やっと愛する息子が元気に帰ってきたのを見て、とてもとてもうれしかったのでした。

 王さまは初めて自分のおんどりがやられて以来、パンジ・ケララスがどこに住んでいて、両親は何をしている人なのかをぜひ知りたいものだと思っていました。それほどこの子供は王さまを驚かせ、注意を強くひいていたのでした。パンジ・ケララスに尋ねると、わが家を持たず、また両親もいないという答しか得られなかったので、王さまはこの子の居所と両親のことをますます知りたいと思うようになりました。それだから、パンジ・ケララスが家に向かって歩き始めてしばらく行ったところで、王さまはそのあとをひそかにつけていきました。

やがて行きついた森は、自分が以前住んでいた森で、そこには自分がむかし見捨ててきた妻がいるではありませんか。王さまはまた、その妻が、あれ以来たびたび驚かされている子供、パンジ・ケララススをやさしく抱いているのを見ました。そこで王さまは、かつて悲しませた妻のところに行きました。王さまは真心のある、従順な妻を抱きしめて、宮殿に来るようにとすすめました。長い間別れわかれになっていた夫婦の出会いは非常に感動的だったので、パンジ・ケララスはそれを見てとても心を打たれました。そのとき王さまはこの子洪を指しながら妻に尋ねました「君が今抱きしめていたこの子は、いったいだれなんだ?」

 パンジ・ケララスの母は「あれはあなたの子供ですよ。あなたが去っていったとき、わたしのお腹の中にいたのです」と答えました。あれ以来たびたび驚かされていた子供が、ほかでもない自分の子供であったということを知ったときの王さまの喜びは、ことばでは言い尽くせないほどでした。それから王さまは、パンジ・ケララスとその母を宮殿に連れて帰り、真心のある妻を自分の王妃の位につけました。

 この物語りの語り手は、バンジ・ケララスが、王さまの死後、父親の後をついで王位についたことをつけ加えて語っています。


前のお話  ▲トップ▲   次のお話