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ヤシの木アチャ王とねずみの女王

    〜ねずみから産まれた女の子〜 

ササク語テキスト提供:Lomok & Sumbawa Research Project (The University of Melbourne、Department of Linguistics & Applied Linguistics)
主査Peter Austin教授

 

これは、アチャ王と言われる王様のお話です。王は、西ララン地方にあるスカダネ村の東の、トゥンダンというところに住んでいました。

アチャ王はスカダネ村のサウィエ山に畑を持っていて、そこを耕すのが好きでした。畑では、かぼちゃやひょうたん、とうもろこしやさつまいもを育てていました。

その野菜が大きく育ち、実をつけるようになったころ、アチャ王は畑にとどまってを世話をしようと思い、サウィエ山に立派な小屋を建てました。

ある夜、真夜中に目をさましたアチャ王は、トイレにいきたくなりました。
王が用を足していると、その尿がココナッツの殻の中に入ってしまいました。

アチャ王の尿はねずみの女王に飲まれました。これは神の意志によるものでした。

ねずみの女王は、アチャ王の尿を飲むと急に身籠り、まもなく子どもが産まれました。
その子どもは、かわいらしい人間の女の子でした。これも神の意志によるものでした。

その子が母親に育てられたのは、サウィエ山の、かぼちゃやひょうたん、とうもろこしの茂みの中でした。そう、アチャ王の畑の中だったのです。

夜になると、子どもは母親と一緒にかぼちゃの茂みの中から出て、食べ物を探しに行きました。
昼間は、母親と一緒にかぼちゃの茂みの中にいました。

だれもこのことは知りませんでした。

その子が6歳の時、偶然アチャ王はかぼちゃの茂みの中を歩いていました。かぼちゃの実を採ろうと思っていたからです。
王は子どもとねずみを見つけました。王は子どもを捕まえました。母ねずみは走って逃げました。
ねずみの子である少女は、アチャ王の小屋に連れて行かれました。

小屋に着いてから、王は彼女のためにいろいろと世話を焼いてくれました。服を着せられ、食べ物や飲み物も与えられました。

母ねずみは、小屋にいる娘に毎晩会いに来ました。しかしアチャ王は、この少女の母がねずみだなんてことは知りもしませんでした。

しばらくすると、この少女も大きくなり、年頃の女性になりました。彼女はアチャ王と結婚しました。
結婚してまもなく、彼女は待ち望んでいた子どもを授かりました。

出産の時が来ました。赤ん坊は女の子でした。

アチャ王はゆりかごをつくりました。もちろん、赤ん坊のためです。

夜があけると、王は眠っている赤ん坊を残して、畑にでていかなければなりませんでした。

赤ん坊のおばあさんであるねずみは、昼夜の別なく眠っている孫のもとに、毎日やってきました。
母親は黙っていました。赤ん坊に会いに来ているのは、自分の母親だと知っていたからです。

しかし、アチャ王は、自分の義母がねずみだなんてことは知りません。

しばらくして、母親が水汲みと洗濯をしに川に行く時がありました。
アチャ王は小屋に残って、ゆりかごの中の赤ん坊を見ていました。

まもなく、ねずみが赤ん坊のゆりかごのところにやってきました。
ゆりかごの中にねずみがいるのを見たアチャ王は、そのねずみを木で叩いて殺してしまいました。

川から帰ってきた母親は、殺されたねずみを見ても何も言いませんでした。自分の母親がねずみだと人に知れたら恥ずかしいと思ったからです。
だから彼女は黙って、何も言いませんでした。

アチャ王はねずみを殺したあと、死体をスカダネ村の東の、モントン・トゥンダン峡谷へ捨てました。

その後、彼女は以前よりも足繁く川へ通うようになりました。自分の母親の亡骸に会うためでした。
彼女は母ねずみのもとへ来ると、いつも泣いてしまいました。
「ああ!人間の母親が死んだのなら、(お葬式の儀式で)お米を粉にするゴロゴロという音や、ドンドンという音がするのに。けれど私の母親が死んでも、大海に針を落としたように静かなままだなんて」

彼女は川へ行くと、しばらく戻ってきませんでした。そして、泣き腫らした顔で戻ってくるのでした。

アチャ王はそれを見て考え始めました。
「一体どうしたことだろう。彼女が川に行くと、当分戻ってこない。やっと戻って来たかと思えば、今度はまるで今まで泣いていたような顔をしている」

アチャ王は行動に出ました。
次に彼女が川に出かけたとき、後をつけていったのです。

トゥンダン峡谷に着くと、彼女はねずみの死骸のもとに行き、また泣き始めました。
王はこの様子を見ると、彼女に近付いていって、なぜ死んだねずみをなでているのか尋ねました。

彼女はねずみのことで泣いているのを見られてびっくりしましたが、正直にアチャ王に話しました。死んだねずみは私の母親で、それで私は泣いていたのです、と。

するとアチャ王は彼女に言いました。
「心配することはない。それならば、彼女を埋葬しなければ。葬式も行おう。だから心配することはないんだよ」
アチャ王は義母を埋葬し、そのあと義母の葬式の準備をしました。

葬式が終わってからは、特に何ごともなく日々は過ぎていきました。

これが、ササッの島に住む者なら誰でも知っている、アチャ王のお話です。

ねずみに田畑を荒らされ、苗や米を食べられた時は、ジュラン・トゥンダンにあるねずみの墓とアチャ王の墓を訪ねます。そのときは、五色の米粥をもっていきます。煎った米、焼いた米、ココナッツシュガー、お米の包みも持っていきます。それらのかわりに、ねずみの墓から水をもらってきます。その水を、ねずみに食べられた稲の苗に撒くのです。

 


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