<ロンボクの民話> 前のお話

ヤシの木スラナディ泉の由来

テキスト提供:山川るみさん

 

昔、それもロンボク島に数多くのバリ人が移り住むよりよほど以前のこと−−−−一人の名高い上人さまがおりました。上人さまは、智徳にすぐれ、不思議な力をそなえておいでになり、病人を治す術に長じ、どこかの地方にはやり病が広がれば、それを鎮めることさえおできになるのでした。

上人さまは、もともと東ジャワのモジョパイト王国の出で、ブラーマンという階級に属しておられ、「バタラ・ドウィジュンドラ」という別 名を持っておいでになりました。

ある時、隣のロンボク島で、いろいろな悪い病気がはやっているといううわさが、バリ島に流れてきました。上人さまも、そのうわさを耳にされ、島の人びとを助けるために、ロンボクへ渡ることを思いたたれました。上人さまは、四十人ばかりの弟子を従えて、海峡を渡り、隣の島へ上がられました。弟子たちは、みなスードラという階級のものたちでした。

上人さまは、ロンボクの王、メダインに拝謁されました。サングパティ王族のものと名のられましたので、メダイン王も、上人さまには、王族にふさわしい待遇を与えたのでした。

そのころ、ロンボク島の住民は、イスラム教を信仰しており、宗教上、一番高い地位 にいるのはハジの称号を持つ人びとでした。ロンボクにイスラム教が入ってくるまでは、別 の宗教が盛んな信仰を集めておりました。それは仏教でした。

イスラムの時代が来て、人びとの信仰が変ってからは、むかし栄えていた仏教は忘れ去られ、それまで行われていた習俗も、かえりみられなくなったのです。上人さまは、すぐに神さまからのお告げを受けて、住民が仏教を忘れ、むかしの習俗を捨てたことが、この原因であることをお知りになりました。

そこで、上人さまは、はやり病を鎮めるためと、新しい教えを広めるために、弟子たちを連れて、島中をめぐり歩かれました。新しい教えは、仏教とイスラム教をあわせ、忘れかけられている風習を、再び蘇らせたものでした。

たとえば、むかしどうりに、住民の中から選び出された神官を通 じて、神がみを礼拝すること。一方、マホメットへの信仰も、いままでどうり行うこと。イスラムの教えに携わるものたちは、今まで通 り祭日を祝い、寺院を大切にすること。

一般の人びとは毎日礼拝する必要はないが、イスラムを信じるものたちだけは、金曜日ごとと、三十七日間の断食月のあいだ、それに死者を葬るまでのあいだ、礼拝を欠かさないこと。

そして、ハジの称号や、施し物、豚肉を食べることを禁止するなど細かいイスラムの教えは、ぜんぶ廃止されました。島の住民の多くは、新しい教えに従い、イスラム教を信じる人びとと対立するようになりました。ハジたちは、もう住民から尊敬されなくなりましたので、東へ去り、「ハジの泊り」と呼ばれる浜から、舟に乗り、スンバワ島へ渡って行きました。

神さまのご加護もあってか、猛威をふるっていたはやり病はすっかり鎮まり、島には再び平和と繁栄が蘇ってきて、サングパティ王族の上人さまは、人びとの尊敬を一身に集めるようにおなりでした。上人さまは、島内をめぐって、やがて今のスラナディという所にお着きになりました。ところが、スンバワ島で、大変はやり病が広がっているといううわさを、そこでお耳にされたのです。今度のはやり病のもとは、誰の目にも明らかでした。スンバワ島の暴虐な王は、好色が過ぎて、娘であれ、人の女房であれ、女という女をひとり残らずそばに召し寄せ、罪深いことに、生みの親や、自分の姫さえ例外ではなかったということでした。

上人さまは、島の人びとを哀れに思われ、悪疫を鎮めるためにも、一人でスンバワ島に渡ることを思い立たれたのです。あまりに荒々しい王なので、伴のものは連れぬ ほうがよいと考えられたのです。弟子たちは驚いて、同行を申し出て、それぞれお願いしたのですが無駄 なことでした。弟子たちの心配はもうひとつありました。上人さまが行ってしまわれると、身を清めるための聖水をつくってくださる方が誰もいなくなってしまうことでした。

弟子たちの心配そうな顔をみて、上人さまは、一心こめて神さまに祈りを上げられました。そして、不思議な力のある杖を手にして森に入られ、ある場所に来ると、祈りながら、四度、杖を地面 に突き立てられたのです。

すると、たちまち地の中から、清らかな水がわきあがり、四つの穴をみたしてあふれ出ました。泉のわき出た所を、今はスラナディといいます。それは、上人さまが、天の国に流れる聖なる川、スラナディから水をいただきたいと神さまに願って祈られたからでした。

上人さまは、こんこんとわき出る泉の水を弟子たちに示し、自分が行ったあとは、これを聖水として用いるよう、お教えになりました。それから、上人さまは、弟子たちをロンボクに残したまま、たったひとり、舟に乗り、スンバワ島へ渡ってゆかれました。

スンバワでも上人さまのお働きについては、またにいたしましょう。悪疫を鎮め、島民の平和を取りもどすお仕事を終えられると、上人さまは、やがてバリ島へお帰りになり、バリとロンボクのブラーマンの祖とおなりになりました。メダインと、サウエタの村の住民は上人さまの弟子の子孫だということです。今でも澄んだ水のあふれるスラナディの泉は、ロンボクに住むバリ人たちに、貴い聖水として祭礼のときに用いられ、また、ロンボクの人びとにとっても聖地として尊ばれているといいます。

 


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