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ヤシの木ダロンバワンとサカナ

テキスト提供:美野幸枝さん

 

ダロンバワンとサカナは仲のよい兄弟でしたが、性格は全く違っていました。

兄のダロンバワンはがっしりとしたノッポで、お化け、怪物、巨人などよりずっと、ずっと強く、本当にしゃべらなければならない時以外はしゃべらないという無口な男です。大嫌いなものは、うぬ ぼれ屋。彼の前でちょっと大ぶろしきを広げてごらんなさい。たちまち切りきざまれてしまいますよ。頑丈でたくましい体、それは正に正直一徹な英雄の姿です。まちがいのない行動、強い心、清い魂、他人と己の立場をよくわきまえています。「家の柱にするだがね。斧を二降りか三振りで一抱えもある大きな木を伐り倒すだ。槍の柄ときたら、太さはすねほど、長さといったら七ヒロもあるだ。恐ろしく正直で強いだで、まぶしくて、膝まづいておがんでしまうだ。」と彼のことをお年寄たちはいいます。

弟のサカナはチビでヤセッポ。すばしっこく陽気で親切。気さくで、腰が低く、礼儀正しい。彼の大勢の仲間や友だちは、サカナの頭のよさ、折り目正しさに一目も二目もおいています。親切で武人ふうで、頭が切れるのが兄よりすぐれている点です。どんな難問でも手ぎわよくさばき、進んで人助けをし、間違いは間違いと素直に認め、正しいと思ったことは一歩たりとも譲らず、他人の正しい言動には耳をかす。だからサカナは、いつでも他人から尊敬され、一目おかれるわけです。

ある晴れた日、つり道具一式を舟にのせて、サカナはお化けの出る危険なラウン川につりに行きました。ラウン川というのはその両岸のいたるところにお墓があり、そのお墓からお化けたちが出没して、獲物を探しさまよう場所なのです。

サカナがラウン川に入り、網をはるのによい場所をさがして川を下っていると、人の呼ぶ声がします。日は落ちはじめていました。

「サカナ!サカナ!サカナ!夜中に遊びに行ってもいいでしょう?」

サカナは怖れ気もなく平気で答えます。

「ええ、いいですとも!どうぞいらっしゃって下さい。僕たちはお客様をもてなすのが大好きなんです。」

サカナは、嬉しくて鼻歌を歌って、どこに網をはろうかなと注意深く川面 を見ながら、小舟を川下へこいで行きました。適当な場所が見つかると、すばやく網をなげ、どうか魚がたくさんかかりますようにと、じっと待っています。魚が網にたくさん入ると、それを小舟にひきあげ、再び網をかけじっと待っている時でした。カエルが一ぴき現れて彼に忠告するのです。

「サカナ!俺は君が大好きだ。こんな晩はここはとても危いんだ。今すぐ、あの大きな木の上に隠れたまえ。その魚を持って。俺がここで待っている。」

サカナはとった魚を持って隠れました。

さあま夜中になりました。お墓から出たお化けたちがゾロゾロ、ゾロゾロとサカナの小舟に来てサカナを呼びます。「サカナ!どこにいるの?」

「ここです!」サカナが答えると

「ああ、向こうだ。川上に奴は隠れているよ。」とカエルがいいます。

お化けたちは大急ぎで川上に行きましたが、サカナは見つかりません。「サカナ!サカナ!隠れているのはどこ?出てらっしゃい!遊びましょう!」とお化けたちは口ぐちに叫びます。カエルが答えます。

「サカナの隠れているとこはあそこだよ。川下の。」お化けたちは先を争って川下へ。そこにもサカナはいません。お化けたちはヤケクソです。

「全く、あのヤセッポ。一体どこにいるんだ!」

「おこるな!おこるな!見つけ出すまで辛棒強く探したまえ。さっきはウソいったりしてゴメンよ。君たちをだますつもりじゃなかったんだ。ちょっとからかってみただけなんだ。だからあきらめるのは早計さ。本当はサカナは川下でも川上でもなかったのさ。いまサカナは川上に隠れている。」とカエルが教えました。

これを聞くとお化けたちは先を争って川上に。そこをくまなく探しましたがサカナは見あたりません。とうとう朝です。お化けたちは手ぶらで帰って行きました。

隠れていた大きな木から降りて、サカナが小舟にもどってみると、小舟の中は水びたし、こわれていないのがもっけの幸い。あちこちの雑草はお化けたちに踏みつけられて倒れています。小舟をなおすと、サカナは獲物を持って家に帰って行きました。途中、お化けたちから声をかけられました。「おい、サカナ!ゆうべ、お前どこにいたんだい!憶病者の恥知らず。どこに隠れていたのさ。ずいぶん探しまわったけど見つからずじまいだ。」

「それ本当なの!君たち盲だね。知らなかったのかい。ぼくは君たちの来るのを黙って待っていたんだ。寒かったよ。」サカナはかいをこぎながら返事をしました。

無事に家に着くとサカナは兄のダロンバワンに、お化けたちが彼を殺そうとしたこと、カエルに助けられたことを話しました。ツワモノのダロンバワンは、自分の目でこれを確かめたくなりました。

翌朝、ダロンバワンはつり道具を小舟に積んで、つりに出ました。途中、お化けたちが全員彼にあいさつです。

「ねえ、ダロンバワン、どこへお出かけ?」

「つり。」ダロンバワンの答えは簡単です。

「夜、一緒に遊ばないこと?」と化け物たち。

「夜より今どう?」

「だめですよ。夜だよ。今は眠るのが一番。」

「遊びたいなら今だって構わないじゃないか!」

「ダメなの、夜になったらまた来ますね。」お化けたちが口ぐちに答えます。

「ああ、待ってる!」ダロンバワンは魚のたくさんいそうな場所を目で追いながら答えました。よさそうな場所を見つけると網をはって魚のかかるのを待っている時でした。例のカエルが言葉をかけて来ました。

「ダロンバワン。ちょっとおじゃましますよ。イタズラしに来たんじゃないんですよ。僕はこのへんがいいつもよいことでみちみちていることを願うものなんです。だから僕はここに来たというわけです。君を救おうと思ってね。君に火の粉がかからないように。」

「火の粉がかかるって一体どういうことさ。」

「夜になると、化け物どもが君を殺しに来るということさ。よかったら、あの大きな木の上に隠れていなさい。僕がここにいるから。」

「何をいうのだ!俺は臆病じゃない。その化け物どもの相手になる。ここでだ。お前に助けてもらいらくない!」ダロンバワンはおこってしまいました。

「ダメだよ。僕はここを動かない。君を助けるんだ!」カエルは心からいいます。

「分からず屋!お前を飲んでしまうぞ!」おこったダロンバワンは本当にそのカエルを丸のみにしてしまいました。

ま夜中です。お化けたちが岸辺をさまよいながら口ぐちにいいます。「ダロンバワン!君はどこにいるの?」

「ここだ」とダロンバワンのお腹の中のカエルが答えました。さあ小さなお化けたちはワッとダロンバワンの体へとびつきます。ダロンバワンはびくつくどころか、まるで体をさすられているようで、くすぐったくて、その小さな化け物たちを次から次へと斧でたたいて行きます。お化けたちは次から次へとたたき落され死んでゆきます。孫のお化けが死んでゆくのをみたお年寄のお化けたちはカッと頭に血がのぼり、一団となって彼にかみつきました。さあ大変。ダロンバワンは斧で次から次へと化け物をたたき、化け物は次から次と息絶えてゆきます。仲間のお化けたちが死んでゆくのを見ていたお化けたちは大急ぎでラウン川全流域の化け物界に召集をかけダロンバワンに一勢にとびかかりました。ダロンバワンの膝がなぐられたひょうしにはずれました。彼は膝をつがえ直すや、前にも増してお化けたちを、斧でたたきつけます。一時間もたちません。敵は全滅、生き残ってるお化けは、なんと一匹もおりません。

このダロンバワンの偉業を記念して、バランか・ラヤには、ダロンバワン通 りという通りがあります。

 


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